モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下『末路』

末路

 

  ☆  ☆  ☆

日が暮れたところで、まだ一日は終わらない。

アークにほど近い3階建てのビル。バーやスナックがテナントとして入っている建物の地下へと俺たちは向かっていた。

その場所の正式な名義はアークのオーナーとなっているが、現在は主に皇龍が使わせてもらっている。

ビル全体の持ち主が初代皇龍の柳さんだということは、最近知ったばかりだ。俺も含めた皇龍の人間は、この建物の地下を使用するに際し、金銭についてこれまで考えたこともなかった。

土地や建物は持っているだけで金がかかる。改めて考えたら当たり前のことのはずなのに。

皇龍が使っていいとされる場所はこの街にいくつも点在しているが、これもまた普通ではあり得ない話なのだろう。

俺たち皇龍が街で優遇されるのは、この街という特殊な環境があるからこそ。

容赦なく俺たちにその事実を突き付けた彼女は、この街に来てからずっと、どんな思いで皇龍を見つめてきたのか――。

 

「どうとも思ってないだろ。あいつは」

 

皇龍に同行した岩井と市宇にそれとなくこぼしたら、気にするまでもないとばかりに言われたしまった。

 

「結衣にとって皇龍とこの街の特色は、そういうものだという認識しかないはずですよ。目的達成のための攻撃材料に使えるかなってぐらいじゃないですか? そこに皇龍が哀れだとかそういった情なんてありませんよ、きっと」

 

ましてや皇龍を羨むなど論外だと、一見親切心に溢れたいい人そうな顔をしながら、市宇は現実を突き付ける。

 

「まあ、結衣にいたっては喧嘩腰で向かってくるうちが華ですよ。全力で敵とみなした相手には外堀から徹底的に崩していきますから、あれは。気が付いたころにはもう手遅れ、というのはよくあることです」

「てめえも大概変わらないけどな」

 

うん。俺もそこは岩井に賛同。

 

「嫌だなあ。俺ってそこまで分かりやすく喧嘩吹っ掛けたりはしてないつもりなんだけど」

 

その分嫌みは結衣ちゃんの7割増しな気がするけどな。

回りくどく分かり辛い敵意を遠まわしに寄こしてくる市宇という男と比べると、結衣ちゃんがとても誠意的に見えてしまうのだから不思議なものだ。

アークに隣接するバイク置き場から目的のビルまで、そんな会話をしながら歩く。

友好的とまではいかなくとも、モノトーンの2人には皇龍に対する敵愾心や張り合いはみられなかった。言い方を変えれば、俺たち皇龍は全く眼中にないということなのだろう。

ビルの裏口から薄暗い階段を下りる。地下の部屋は自然の光が一切はいらない、閑散としたホールのようになっている。むき出しになったコードが天井を這い、垂れ下った無数の電球が今回の主役を照らしていた。

 

「遅いよー。君たち」

 

奥に設置された舞台の足元に集められたのは西の連中。やつらの前には先に到着した一輝さんと総長が立つ。あと6人ほどこの場にいる皇龍のメンバーはドア付近に控えている。

 

「すみません。完全に遅刻ですね」

 

市宇が先陣を切って連中に歩み寄る。一瞬かいま見た、モノトーン2名の横顔に、思わず息をのんだ。

百人が見て百人ともが作り笑いだと言い切るだろう、そんな張り付いた表情をする市宇と、口を結んで何も喋らなくなった岩井。さっきまで気軽に話していたやつらとは別人のように、空気を変えてきやがった。

スマホを操作していた総長が無言でそれを市宇に渡す。紺色のケースに入ったスマホだ。総長のものとはデザインが違う。

 

「……へえ」

 

画面を見た市宇の目がぎらつく。岩井がスマホの覗き込むと、市宇は画面をタッチした。

ガサガサと雑音がスマホから漏れる。次に聞こえたのは、男のはやし立てる声。大きな笑い。そして鈍い衝撃音。――女の苦しそうなうめき。

スマホの画面を見ていない俺にも、音と市宇、岩井の表情から何の動画が流れているのか察することができた。

 

「コピー頼む。こいつらの顔も映っているしいい証拠になる」

「おう。元のデータは消しとくぞ」

 

市宇からスマホを預かった岩井は後ろに下がる。一輝さんの足元に転がるいくつものスマホや携帯は、加害者連中のものか。その中のひとつを手に取り、操作しながら市宇はわざとらしく肩をすくめた。

 

「武勇伝のつもりか。自分でこんな証拠残して、いつか墓穴を掘ることになるなんて思わないのかな。あ、見ます?」

 

市宇が俺に触っていた携帯を渡す。画面いっぱいに映し出されたのは、女の裸体だった。カメラフォルダと画面上部に表記されているところからして、サイトからダウンロードしたというわけではないのだろう。恐怖にひきつった顔で涙を流す女。明らかに強姦の一場面だ。

 

「……騙されたんだ」

 

後ろ手に縛られ座りこんでいる男のひとりが唸るように言った。

 

「そいつら、モノトーンのやつらは俺たちを排除するために、トップの元カノを利用しやがった。俺たちはあの女におびき出されて、モノトーンに罪をなすりつけられたんだ」

「……そ、そうだ。確かに女はぼこったけどよ。それは俺らを捕らえる大義名分を作るためで、最初から最後まで全部そいつらの策略だったんだ」

 

連中は必死に総長に訴えてくるが、これはちょっと待て。お前ら自分たちが皇龍の女を攫った事実をなかったことにしてないか。

 

「へえー、そうなんだー」

 

一輝さんが面白がって話しに乗る。

 

「そうだ! でなきゃでなきゃあんなに早くモノトーンの連中があそこに来れるはずがないだろ!」

「適度に女殴ったタイミングで登場して、そいつらは俺らを悪者に仕立て上げたんだ!!」

「仕立て上げるまでもなく、君らは悪者でしょ?」

 

市宇は笑みを崩さない。

 

「そして俺たちモノトーンも善人じゃない」

 

ズボンのポケットから取り出したスマホを市宇がやつらに向ける。

 

『……あの女?』

『ああ、ちょっとした情報提供者のひとりだよ。そこにいる女たちを邪魔に思っているやつらだから、綾音ちゃんのライバルでも何でもないよ』

『受付の前にいる、彼女たちは誰なの? 5人ほどいるみたいだけど』

『全員モノトーンと敵対しているチームに恋人を持つ女だよ。使いようによっては、武藤の駒に成り得ると思わないかい?』

 

音声はくぐもっていた。しかし内容が聞き取れないほどではない。

 

「主要な個所を切り抜いてさっき仲間が送ってくれたけど、編集を疑うようなら最初から最後までも流せるよ?」

「さっすが」

 

スマホから聞こえる会話の内容に、一輝さんが唇を吹く。

連中の顔はみるみる青ざめていった。

 

「正直なところ、君らの言ったこと、少しは正解してるんだよ。鈴宮綾音は君たちを排除するために、自分から君たちに付いて行ったのだから」

「……そんな、鈴宮綾音は武藤の元カノで、振られてよりを戻したがっていると……」

 

動揺を隠しきれない男たちを市宇は嘲笑う。

 

「残念。ぶっちゃけてしまえば別れたって情報はフェイクで、綾音は今も変わらずうちのボスの大事な人だし」

「――っ、卑怯だ!」

 

あまりにも滑稽な叫びに、その場にいた皇龍メンバーが白い目を向ける。

 

「君たちさー。自分のやったこと棚にあげてそれはないでしょー。女攫ったことはひょっとして頭の中から吹っ飛んでるとか?」

 

失笑する一輝さんが市宇の隣に並ぶ。

ひょっとして一番あってほしくない凶悪なコンビができてしまったんじゃないのか。まじでお前らのせいだぞ。

 

「……俺たちをどうする気だ?」

「えー、どうしよっかー? モノトーンさん側としてはどーする気だったの?」

「俺らは皇龍さん側に従いますよ。お気になさらず指示して下さい」

「遠慮しなくていいよー。今回だって活躍したのはモノトーンなんだし、やり方ぐらいは決めさせてあげる。別にモノトーンだけに今からすることを押し付けようってわけじゃないし、何なら念書も書くよ。総長が」

「必要ありませんよそんなもの。この街で場所をお借りできるだけでも満足ですし。まあそう言ってくださるなら遠慮なく行かせていただきましょうか」

 

2歩、3歩と市宇は連中に近付くと、しゃがみ込んで目線を合わせた。

 

「そうだねえ……。選択肢は2つ、好きなほうを選んでいいよ」

 

人差し指を立てた手を、市宇は自分に顔の横に持っていく。

 

「ひとつはここにいる俺たちによる、憂さ晴らしも含めたけじめを受け入れるやり方。もうひとつは、君たちがくだらないと見下しているだろう大人と社会から裁きを受ける方法」

 

2つ目の選択肢にやつらは一縷の望みを見つけたのだろう。分かりやすいぐらい目に生気が戻った。

 

「俺たちによるけじめは、予想通り容赦なくぼっこぼこにするよ。少なくとも、俺の仲間が負った痛みは知ってもらわないとね。社会による裁きってのは、ひとまず君たちを警察に突き出す」

 

それで済むならその方がいいと考えた者もいるようだ。市宇に向けて無意識に頷くやつが何人かいた。

口裏を合わせれば罪は軽くなる。ちょろいものだと市宇を食い入る連中の顔が物語っていた。

甘い。

短い付き合いの俺でも知ってる。市宇はそんな優しい男じゃない。

案の定、安心させたところから市宇はやつらを突き落とした。

 

「あとそれから、君たちの通う学校、親の勤め先、親族云々関わりのある人間全てにこれまでしてきた行為は報告させてもらうよ。君たちが自分で証拠を残しておいてくれて、本当に助かったよ。赤の他人の言葉以上に写真や動画は説得力があるからね」

 

地面に転がる電子機器を市宇が示すと、連中は唖然とした。

 

「借家住まいのやつがいたら大家さんにも一報入れないとねー。あなたは犯罪者に家を貸してますって」

「あ、そこも外せませんね」

 

一輝さんの捕捉に市宇は楽しそうに同意した。

 

「出来心とはいえ、君たちが敵に回したのは『武藤』だということも忘れてはいけないよ。そして手を出したのは、未来の武藤の嫁だ」

 

――武藤。この国だけでなく、世界的に有名な名前だ。企業としても、家柄も。

 

「君たちの想像力どこまで働くかは知ったとこじゃないけど、お金も権力も、社会に対する影響力だってあるところには密集している。この先世の中を笑って生きられるなんて思わないほうがいい」

 

市宇の言う大人の裁きとは、連中を社会的に殺すものだ。立ち上がった市宇は思いっきりいい笑顔で首を傾ける。

 

「自分の家にどんなに財と力があっても、上には上がいる。日本の格差社会をなめちゃ駄目だよ」

「そ―ゆーことなら俺からもねー」

 

ぴんと手を挙げた一輝さんが市宇の話に上乗せする。

 

「表で生きられないからって裏の社会に希望を持つのは止めとこーね。皇龍にはそっち系の家柄の坊が何人かいるから。アングラに逃げてきたらそれなりの使い方をしてやるよ」

 

舌なめずりをする一輝さん。少しだけ本性が出たな。

 

「というのがまあ、大人と社会を選んだ結末なんだけど、俺たちにぼこられるのとどっちがいいかな? 好きに選んでくれていいよ」

 

問い掛けるも連中は俯いたまま答えを出さない。

選べるわけがないか。

 

「時間もったいないからカウント取るよー。10、9、6、4、1、ゼロ。タイムアウト―」

 

一輝さんの秒読みは明らかに数字が歯抜けだった。あんた絶対自由に選ばせる気なんて最初からなかっただろ。

 

「仕方ない。どっちもがいいなんて物好きなやつらがいたもんだねー」

「全く欲張りな。そうと決まれば俺たちも腹をくくるとします」

 

悪魔だ。目の前に悪魔が2人いる。――などと考えたものの、一輝さんと市宇を好きにさせている俺も結局は同類なんだろうと思いなおす。

獲物へと踏み出す2人に、連中は尻もちをついたまま後ずさる。

 

「……お、お前ら、こんなことして許されると思うのか。自分たちだってケーサツ行きになるんだぞ」

「あはっ、君たちもよーく知ってることじゃんか―」

 

一輝さんは床に散らばった携帯のひとつをつかむ。

 

「脅しと口止めのために、こうやって残してるんでしょ? やった女の子たちの写真。同じことだよ」

 

携帯の画面を連中に見せながら、一輝さんは黒い笑みを深くする。

 

「殺人は死体があるから事件になる。傷害は被害者が加害者を告発しない限り、加害者が罰せられるケースは極めて少ない。ここには君らに与する証人もいないし、俺らがどこかに訴える隙を作ったままお前らを帰すとでも思ったか?」

 

一輝さん、とうとう本性丸出しになったよ。

 

「床の携帯のデータ、全て吸い上げといてくれ。本体からデータを消す必要はない」

 

後ろにいる仲間に指示を出し俺も前に出る。

自分たちの携帯にある画像を見るたびに、この日の恐怖を思い出す。そんな夜にしてやろうと心の中で誓う。

市宇の横に立った岩井も、全身から怒りと獰猛さをみなぎらせていた。

 

「……許してくれ」

 

最後の頼みの綱とばかりに、やつらは総長に懇願する。腕を組んで一輝さんたちを見届けていた総長が静かに口を開く。

 

「今が終われば俺たちが貴様らを許すと思っているなら大きな間違いだ。貴様らのしたことを許すことなど一生ない。そして貴様らが俺たちを許す必要もどこにもない」

 

まるで死刑宣告を受けたように、連中の顔から血の気がなくなる。

完全に望みは失せた。

 

「ていうかさあ、君たちって何で許してほしいの? 自分たちがしたことを心の底から悔やんで反省してるから? 違うでしょ。今この状況が怖いからなんて、君たちが許される理由になるとでも?」

 

不気味なまでにテンションを上げた市宇。

あはははは、と声をたてて笑いながら、やつらの中のひとりを見据える。

 

「君も、モノトーンを騙った馬鹿どもをこの街に誘導した時、大人しく凍牙にぼこられていればいいものを。尻尾を巻いて真っ先に逃げたりするから顔を覚えられるんだよ」

「それを言うなら右側にいる君もだよー。なーんであの時からずっとこの街に来てくれなかったのかなー。上手く逃げたようだけど、次に一歩でも街に踏み入れるものなら確実に捕らえてやろうと待ち構えてたのに―」

「……何のことだよ。知らねえよ」

 

一輝さんに指名された男はぎこちなくしらを切る。

 

「あれれー、忘れちゃったのー? 皇龍の下っ端結衣ちゃんのところに誘導したの、顔の特徴からして君でしょ。ほら、黒い髪の女の子が公園の階段から落ちた時のことだよ。何なら君が声かけたうちの下っ端に確認してもらおっか?」

「必要ないでしょう。今からたどる道は同じなんですから」

「まあそれもそうだねー」

 

時間がかかるうえ面倒なので提案したら、一輝さんはあっさり受け入れたみたいだ。

 

「さあ、いい加減始めましょうか」

 

市宇の宣告に、総長が、俺が、そして後ろにいる仲間が連中へと足を進める。

絶望を見せるやつらに同情する者はここにいない。

この場所に善人はいない。ゆえに、やつらに救いは訪れない。

 

狂気の入り混じる歪んだ一方的な暴力が、始まった。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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