モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下6-4

6-4

 

倉庫内のぎすぎすした雰囲気はなくなったとはいえ、こもった空気は相変わらず息苦しい。一息つくために、わたしたちは揃って外へ出る。

屋外は傾いた太陽が背の高い倉庫によって隠され、長く伸びた影ができていた。海からの風が汗ばんだ肌を冷やし心地良い。

 

「よお」

 

洋人の声に、凍牙が片手を挙げて応じた。

 

「助かった。多分お前が今日一番の功労者だ」

 

「それを言うなら、機転を利かせて凍牙に一報よこした俺も評価されるべきなんじゃないかな」

 

凍牙との間に立った成見に、すかさず洋人が突っ込んだ。

 

「てめえはただ自分が楽したかっただけだろうが」

「結果として楽になったかは分からないよ。俺の仕事はこれからみたいだし」

 

舌なめずりしてにやりと笑う成見から、一同は露骨に視線を外す。

楽かどうかは別として、成見がこの展開を楽しんでいることは一目瞭然だった。

 

「連中の顔だけ確認してもらえないか。中学が同じだったやつらを結衣のところに誘導したやつがいたら、成見に言っておいてほしい」

「ああ、それがあったな」

 

有希の頼みを凍牙は二つ返事で引き受けた。

成見と凍牙が倉庫へ入るのを見届けながら有希に聞いてみる。

 

「どうしてわたしに聞かないの? それ」

「興味がないものに関しては記憶力が働かないお前よりも、水口のほうが人の顔を覚えるのは得意だろうと思っただけだ」

 

当然のごとく言い切られてしまった。外れじゃないのが悔しい。

皇龍が手配したワゴン車が倉庫に乗り入れる。加害者連中を移動させるためだ。洋人も成見と合流し、日暮先輩たちと話をしていた。

倉庫の外ではモノトーンの人に案内された数人の女性が、それぞれの彼氏と再会し抱き合っていた。怖かった、よかったという言葉と泣き声を聞きながら、わたしの隣で有希は密かにその光景を嘲笑う。

有希をたしなめるつもりはない。わたしだって今の気持ちは有希に近い。それを言葉にして彼らに伝えないのは、心の中に抱くものがただのひがみだと自覚しているからだ。

彼女たちは無事でも、綾音は無傷で済まされなかった。

 

「よくもまあこれだけの人数を一度に攫えたものだな」

 

皇龍の人間が近くにいないなら、猫を被る必要がない。有希の口調は、本性が出て冷ややかなものだ。

 

「皇龍の拠点は私営のクラブだからね。チームとしての活動とプライベートにある程度の線を引かないと、いくらでも皇龍所属者の友好関係は外に漏れてしまう」

「拠点となっているところからの情報流出か。皇龍は街ひとつ統率していると聞いていたが、テリトリー内でも敵は多いのか?」

「敵意よりは、嫉妬からきたのだと思うよ。皇龍の彼女ってことで、アークの中で幅を利かせてたんじゃないの。それを面白く思わない人間は、少なからずいただろうし」

 

ただアークで恋人と過ごしていただけ。本人たちにとってはその程度の認識だったとしても、周囲から羨望を集めるには十分だったはずだ。

夏休みのアークで起こる女のいざこざが、こんなところで弊害となってしまったということだ。

 

「情報提供の容疑者はアークの客全員。彼女たちの目撃情報を流した人の特定は難しいだろうね」

「何を言ってんだ。加害者連中の携帯から履歴を吸い取れば一発だろ」

 

なるほど、そういう手もあるのか。

感心するわたしを有希は目を半眼にして見つめてくる。

 

「……いい加減に通信媒体を持たないか?」

「まだなくても大丈夫だよ」

「どこがだ。現に今日俺が走り回るはめになっただろうが」

 

戻ってきた凍牙が話に割り込む。

有希にはほらみろとでも言いたげな顔をされてしまった。

 

「これから有希はどうするの?」

 

追及されると2対1で分が悪いので早急に話題を変える。逃げ方があからさまだった気もするが、有希はわたしの方向転換に乗ってくれた。

 

「俺はここで待機だ。残党がまだいるかもしれないというのもあるが、拠点に人がいなくなるのは避けたいところだからな」

 

春樹に代わる司令塔は、確かに有希が適任だ。

 

「用事が終わったのならこいつ持って行くぞ」

 

凍牙に軽く襟首を引っ張られる。

 

「どこにだ?」

 

問いかけるものの、有希はさして興味を示していないようだった。

 

「鈴宮のいる大学病院だ。武藤いわくここまで来て咲田に会わずに帰るのは不公平だと」

「あー行け行け。さっさと行って怒られてこい」

「……ちょっとそれは適当すぎないか」

 

なぜだ。半年ぶりの有希は人の扱いが雑になった気がするぞ。

その後、モノトーンの所属者だろう男に呼ばれて有希はわたしたちから離れた。人と話して指示を出したと思えば、かかってきた電話に対応している。

一気に忙しそうになった有希が、立ち尽くすわたしにしっしと手だけで追い払う仕草をしてきた。

その間もスマートフォンで通話する有希に手を振ってから、凍牙に市内の大学病院まで送ってもらう。

太陽が傾いて、夕焼けで空が綺麗に染まっている。半袖のTシャツでバイクの後ろに乗っていたが、風は少し肌寒く感じた。

病院の玄関前に到着しても、凍牙はバイクから降りようとしなかった。

 

「あとは自分で帰ってこれるな」

 

確認するように言われたので、頷いて肯定する。

所持金はゼロ円だけど、まあ努力すれば帰れないこともない。最悪の場合は涼くんを頼るとしよう。

 

「だったら俺は行くぞ」

「うん。ありがとう」

 

急ぎ気味の凍牙を止める理由もないので、ここは素直に頭を下げた。

 

「今日の埋め合わせ、いつにする?」

 

本来ならこの時間は2人で街をふらついていたはずだった。

わたしの事情で予定が狂ったのなら、次は凍牙の都合に合わせて決めるべきだ。

質問に軽く目を見開いた凍牙はじっとわたしを凝視してくる。

 

「武藤たちに何も聞かずに決めていいのか?」

 

まるでわたしの全てを春樹が管理しているような言い草だな。

 

「問題ないよ。こういうのは先に決まったものを優先させるから。バイトがなくなったから、今のところ8月中はいつでもあいてる」

 

虚を突かれたように凍牙は固まった。

おかしなことは言ってないはずだが、そんな顔をされると不安になってしまう。

 

「……次の金曜日の夕方6時、雨知らずで」

「了解」

 

ヘルメットをかぶった凍牙はバイクのエンジンをふかす。

 

「あの、ありがとう! ……本当に」

 

体に響く重低音に負けないぐらい大きな声で、もう一度凍牙に言った。

そんなひとことで表しきれないぐらい感謝しているのに伝え方が分からない。代価のいらない、ただ一方的に何かをしてもらうことに対するもどかしさはどうも苦手だ。

言葉が続かないわたしに、凍牙は黒いグローブをしたこぶしを突き出す。

つられたように握りしめた手を前に出すと、2つのこぶしが軽く打ち合う。

わたしが手をひっめても、なおも伸ばされた凍牙の手がノックするようにわたしの額を小突く。

ずるい。と心の中で呟いたが、何がずるいのか具体的な説明はできそうになかった。

 

 

続く


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