モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下6-3

6-3

 

☆  ☆  ☆

 

モノトーンが拠点を置いている倉庫街に到着した俺たちは、その現場を見て思わず言葉を失った。

武藤がいると示された倉庫の中、バスケットコートが余裕で収まる広さの空間は、あまりにもとげとげしい空気に支配されていた。この空気を作っているのが奥にたたずむ武藤だというのは一目瞭然だ。

入口付近にいても分かる。武藤の発する、コンクリートにに転がされた連中に向けられた明らかな殺意にぞっとした。

彼女を拉致られて憤り、「殺してやる」と呟いていた徹の言葉とはわけが違う。冗談や脅しでもない。武藤は本気であいつらを殺すつもりなのだと思い知らされる。

それと同時に、何があったのかという疑問も浮かんだ。武藤があれほど怒る理由はどこにある。

手足を縛られている連中は皇龍の女に手を出しただけじゃないのか。この状況を理解できないのは総長たちも同じだったようで、倉庫の入り口で皇龍のメンバーは足を止めた。

武藤を止めるべきか。それは皇龍がしていいことなのかと迷っているうちに――、あの子はやらかした。

いや、もうね。水浸しになった武藤の姿に俺は結衣ちゃんの死も予想したよ。

火に油を注がれた武藤が怒りの矛先を向けてきても、結衣ちゃんは全くひるまない。そりゃそうか。皇龍にひとりで直談判に来るような子だもんね。

武藤と結衣ちゃんの会話の流れから、あの連中が皇龍の女だけでなく鈴宮綾音に手を出したことを知った。

怒りをあらわにする武藤には納得した。そんな武藤をその口ひとつで止めにかかる結衣ちゃんにはドン引きした。君って親しい人とか関係なしで容赦しないんだね。

モノトーン側の話がまとまったらしく、武藤がこの場を立ち去るために俺たちのほうへと歩いてくる。

写真でなく、本物を見るのは初めてだ。威圧感がうちの総長と通じるところがある。天性で人の上に立つ気質をそなえたやつなのだと悟った。

あと20メートルほどで俺たちの横を通るという時に、武藤は思い出したかのように後ろを向いた。

 

「おい馬鹿猫。ここまでやらかしておきながら、また逃亡なんざふざけたまねはするんじゃねえぞ」

「特に何もやらかしてないだろ、今回は」

 

何事もなかったかのように言い放つ結衣ちゃんに、武藤の剣呑さが増す。

 

「バケツの水ふっかけたのはてめえにとってやらかしたことじゃないのか」

 

こ、この期に及んでまだ言い合うのかこいつらは。

おののく俺たちに構うことなく、武藤と結衣ちゃんは次第に白熱していく。

 

「寒い時期でもあるまいし。用意されたのが雑巾の絞り水じゃなくてよかったね」

「てめえまじで覚悟しやがれ」

「早く行け――!」

 

お前らいい加減にしろと思っていたのは俺だけじゃなかったようだ。武藤に出口を指差したモノトーンのメンバーが叫ぶ。あの顔は、岩井洋人だったはず。

 

「結衣もいちいち突っかかるな」

 

なだめるような口調で言ったのは、蔵元有希か。

結衣ちゃんは不服そうにしながらも素直に口を閉じた。珍しい光景だ。

数日前にアークに現れ、一輝さんと舌戦を繰り広げた男――市宇成見が結衣ちゃんの背中にのしかかる。

 

「まあ、じゃれついて遊ぶのは今度でもできるしね。誰かさんがへそを曲げて逃げなければだけど」

「もう逃げないよ。そして暑い重いさっさと離れろ」

 

拗ねたように呟きながら、結衣ちゃんは肘で市宇を小突く。

市宇は結衣ちゃんの髪をくしゃくしゃにしながら武藤を見て確信的に笑った。

 

「逃げない、か」

 

小さな武藤の声はこちらにはしっかり聞こえていた。

出口に向かう武藤に総長が歩み寄る。

 

「女たちなら手前の倉庫の2階だ。邪魔だからもって帰ってもらえれば助かる。あとのことは市宇に聞いてくれ」

「……承知した」

 

端的に告げた武藤が俺たちの横を通り過ぎてゆく。皇龍など全く眼中にない。そんな態度だった。

倉庫の外でひとり事態を傍観していた水口と2、3言話して、武藤は行ってしまった。

 

「俺らもそろそろ消えるとする。荷物運びはもういいだろ」

「ええ、ありがとうございました」

 

ぼろぼろの繋ぎを着て無精ひげを生やした男に、蔵元が深々と頭を下げる。男は5人ほどの仲間を引きつれて倉庫から出ていった。

 

「喧嘩するなら心してかかれよ。武藤の周りを固めているやつらは曲者しかいねえぞ」

 

小汚い男はすれ違いざま面白そうにそう言ってきた。そんなこと言われなくても十分分かっているつもりだ。

結衣ちゃん然り。

この前アークを訪ねた鈴宮、市宇両者にしても、お前らどうやって育てばそんな性格になるんだと聞きたいぐらいにくえないやつだった。

一輝さんと市宇の腹黒い舌戦は思い出しただけでげっそりしてしまう。

というかさっき皇龍との繋ぎの代表に、武藤は市宇を指名しなかったか?

 

「さて」

 

数人いなくなっただけで、倉庫内はものすごく息がしやすくなった。

緊迫感がなくなり気が抜けたところに声を出したのは結衣ちゃんだった。俺たちに顔を向け、指で拘束されて座りこむ連中を指し示す。

 

「加害者です。煮るなり焼くなり切り刻んで海に捨てるなり、どうぞお好きになさってください」

 

ええええー、今君がそれを言うの?

こっちは恋人がさらわれてぶちぎれていたやつらが、ようやく落ち着いてきたころなのに。余計なことは言わないでほしいんだけど、ものすごく。

 

「結衣ちゃん、さっき武藤を止めたよね」

 

その口でどうぞやっちゃってくださいとはよく言えたものだ。まあそれが結衣ちゃんなんだろうけど。

 

「わたしが止めたのは春樹だからであって、別にあなたたちがこいつらに何をしても口出しするつもりはありませんよ?」

 

だよね。君は武藤を人殺しにしたくなかっただけで、そこのあほどもを助けようとしたわけじゃないもんね。

 

「殺すならここでは止めてくださいね。モノトーンが殺人の証人になるのは避けたいですし」

 

蔵元の付け足しはフォローでも何でもなかった。こいつも殺人推奨者なのか。

 

「あ、奥にいるサル顔とパグみたいなの、昼間マヤに声かけてきたやつですよ」

「頼むからこっちを煽るようなこと言わないで!」

 

隣にいた翔吾の顔がみるみる険しくなる。こいつの暴走止める役目って、毎回俺なんだぞ。

 

「ていうかさー、結衣ちゃんがここに来なかったら君ら武藤君をどーしてたの?」

 

一輝さんの問いかけに、結衣ちゃんと市宇が目を見合わせた。

 

「最悪は力づくで止めてましたよ。俺たちが結衣と同じことを言ったところで、うちのボスが手を出さずに聞いてくれるとは思えませんし」

 

そうかそうか。倉庫の壁に立てかけてある鉄パイプが凶器に見えてきた俺は、きっと間違っていないんだな。

 

「ま、その時は怪我人が出るのも覚悟の上ですよ。春樹を俺らで押さえつけてぼこぼこにして、綾音を助けようとしてそこの連中にやられたとでもでっちあげれば美談になるでしょうし」

 

なんてことのないように言ってくる市宇。岩井と蔵元からも反対意見はでないということは、本当にそれを実行するつもりだったらしい。

随分と吹っ飛んだ友情があったものだな。

 

皇龍とモノトーンが話し合った結果、捕らえた連中の始末は共同で行うこととなった。

場所は皇龍の治める街に移され、モノトーンからは市宇と岩井が同行する。

市宇、岩井、蔵元に頭を小突かれた結衣ちゃんは、口をへの字に曲げながらもひとこと「ごめんなさい」と呟いた。

それを聞いた3人が更に結衣ちゃんをもみくちゃにする。

じゃれ合っているこいつらの姿に、ここが結衣ちゃんの帰る場所なんだと思い知る。

ふと気になって、倉庫の外にいる水口に顔を向けた。

変わらぬ無表情で結衣ちゃんたちを見つめるその顔は、どこかほっとしているように感じた。

そして心なしか、嬉しさに紛れて水口が少し寂しそうに見えたのは、俺の思い違いだろうか。

 

 

  ☆  ☆  ☆

続く


BACK  TOP  NEXT

Loadingこのページに「しおり」をはさむ