モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-7

5-7

 

店の外には、不満げな表情でたむろする若者の姿が男女交えて幾人か見て取れた。中の様子を気にしながらも、誰も入口へ近づくものはいない。

彼らのことは構わず、足を進める。

 

「高瀬!」

 

あと3歩も歩けばアークの扉にたどり着けるというところで、左手の手首を掴まれる。気配も足音も分からなかった。

近いところからの大声と知らない人の手に鳥肌が立つ。

一瞬体が硬直した隙に、アークと隣の建物の間に引きずり込まれた。そのままアークの裏側へと連れていかれる。

 

「……なんですか?」

 

手を掴む人の顔を見て気は抜けたものの、警戒は解かない。

見下ろしてくる男――日暮先輩は肩で息をしながらあっさりとわたしを自由にした。どこから追いかけて来たんだろう。全く気付かなかったよ。

日暮先輩の右目の下には青紫のあざができていた。

誰に殴られたのかはこちらの知るところではないが、男前な顔つきをしているだけに見ていて痛々しい。

 

「今は、アークに入るな」

 

感情を見せない声で端的に用件だけを告げられる。

反論は認めない。そんな口調だったけど、わたしだってそれで分かりましたと素直に引き下がるわけにはいかない。

 

「モノトーンが皇龍に所属する男の恋人を攫った。みたいな情報でも掴まされましたか?」

「……何を知ってる?」

 

唸るような声。一気に剣呑な顔つきになった日暮先輩に内心安堵した。心を揺さぶれるなら、勝機はある。

 

「今日わたしの身にあったことと、水口凍牙がモノトーンの人間から聞いた話を合わせて推測しただけです。まさかあなたもモノトーンが皇龍を敵にしようとしているなんて思ってないでしょうね?」

「それは、ない」

 

歯切れが悪いのは、モノトーンを疑っているからではないんだろうね。リーダーを務めるというのは大変なことだねと、冷ややかに日暮先輩をねぎらっておく。

 

「アークの中にいるやつには、疑念を捨てきれない者もいるはずだ。そんな状態でお前が身を出せば、敵意を一身に受けることになるぞ」

 

それはいらない心配だ。100人の赤の他人の怒りより、仲間の悲しみのほうがわたしにはつらい。

なにより今は日暮先輩や皇龍の人間たちに気を使っている場合ではないのだ。

どうでもいい悪感情など笑って受け流せる。

 

「日暮先輩は、この街が特殊な世界だってこと、自覚しているんですか?」

 

問いかけると、目の前の男は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

過去にこのことで嫌な経験でもしたか。それはそれはいい教訓になっただろうに。

 

「……一輝は、お前や水口と同じ外から来た人間だ」

 

その事実には納得しかない。

そして櫻庭先輩は街の異常性を知りながらも皇龍に甘んじているということか。全くもって、先輩らしい。

 

「分かっているなら問題ないでしょう。ちょっとそこら辺をつついて、皇龍の人たちが抱いているモノトーンの疑いを完全に取り払うだけです。こういうことは関係者のあなたよりも、全くの部外者であるわたしの言葉のほうが効果はあると思いませんか?」

 

身内だからこそ説得が難しいなんてよくあることだ。近い関係になると言葉の真意を見逃したり、意味を取り違えたりしやすくなってしまう。警戒された第3者は信用こそされなくても、反論の余地をなくすまで言いくる場合時の説得力は絶大だ。

これから仲良くしていきたいとか、そういうわけじゃないしからなおさらに。わたしなら皇龍との関係にしこりが残るのも気にする必要はない。

 

「さすがに、これ以上お前に手を出すやつはいないだろうが、味方になるやつもいないぞ」

「望むところです」

 

殴り合いの喧嘩をして、勝ったほうが正しい。なんてことにならなければ問題ない。

 

「皇龍の皆様のねじ曲がった正義感と、皇龍であることの優越感と。それらも含めて何から何までひっくり返してみせますよ」

 

口をつぐんだ日暮先輩はそっと体を避けた。

先輩の横を通ってわたしはアークの入口まで歩き出す。

建物の隙間から出ると、見知らぬ男が3人立っていた。

全員わたしを見ているだけで止めようとする者はひとりもいないので、気にせず彼らの間を通り過ぎる。

 

「いいのか?」

 

後ろから聞こえた声は、わたしに向けられたものじゃない。

 

「行かせてやれ。いい機会だ」

 

返したのは日暮先輩だ。

溜め口で会話するところから、彼らも皇龍の中で上の立場にいるひとたちなのだろう。

ここにいるということは、さっきまで日暮先輩と行動を共にしていたのかもしれない。

いつからわたしたちの話を聞いていたかは定かでないが、彼らに敵意は感じなかった。

アークの入り口。アンティーク調の古い両開きの扉に手をかける。

ドアノブをひねって店に入ると、外の静けさが嘘のように建物内は人で溢れていた。

薄暗い店内には重苦しい空気が充満している。

入口付近にいた男たちが、わたしに気付き目を見開く。

 

「悪いけど、今日は営業してないんだよ」

 

声をかけきたウェイターに苦笑して返す。

 

「客として来たんじゃないのでお構いなく」

「は?」

 

きょとんとするウェイターに構わず後ろ手で扉を閉める。

がちゃん、と重い木と金属がぶつかる音は予想以上に大きく店内に響いた。

 

「皇龍の人たちに用事があるだけですから」

「へ、いやちょっと!」

 

ウェイターが止めるのも聞かず前へと足を動かす。

2階へと続く階段の前で、上階の吹き抜けを見上げた。

 

「好きにさせておけ」

 

わたしを店から出そうと後を追ってきたウェイターを諦めさせたのは、酒の並ぶカウンターから顔を出した壮年の男の人だった。

 

「オーナー、ですが」

「そいつは柳の秘蔵っ子だ。下手に手を出すと2日前の二の舞になるぞ」

 

それだけ言ってオーナーと呼ばれた男は奥に引っ込む。

ウェイターは息をのんでわたしから数歩後ずさった。

失礼な。わたしは化け物でもない、普通の女子高生だっての。そして柳さん、2日前にあんたはここで何をやらかしたんだ。

まあ邪魔されることもなくなったので今のところはよしとしよう。

 

「……何しに来た」

 

ウェイターが離れてすぐに2階から下りてきたのは、千里先輩だった。怒りを抑える声。余裕のない顔つき。これは相当焦っているな。

 

「彼女が行方不明にでもなりましたか」

「なんでお前がそれを知ってやがる」

 

かまをかけてみたら当たったよ。わっかりやすくてなによりだ。

 

「それで、どこからか出所不明な情報でモノトーンが皇龍の女を攫ったみたいなことを知って、すぐにでも助けに行きたい。だけど上からストップがかかったおかげで何もできずにいらいらしているってとこでしょうか」

 

周りで聞いていた男たちがざわつく。

千里先輩は細い目を更に細くした。

 

「ソースは確かなんでしょうね。モノトーンが女を攫ったという情報が流れた時間と、彼女さんがいなくなったタイミングに不審なところはなかったんですか? 短絡的にひとつの情報を信じてしまうと後で痛い目にあいますよ」

「……まるでモノトーンの仕業じゃないと言いたげな話し方だな」

「そう言ってるんです。あいつらはこんな真似しませんよ」

 

千里先輩が黙ってわたしを睨みつける。近場にいる男たちのこちらを見る目も同じく、疑いを持ったわたしを敵とみなした目をしている。

迂闊に手が出ないのは、わたしと柳さんの関係を知ったからか。

そういや皇龍のみなさん顔がぼろぼろだね。2日前の祭りはさぞかし激しいものだったのだろう。

 

「疑いようがないんですよ。こんなのあいつらに確認するまでもない」

「……言い切っていいのかよ。調子乗って皇龍に勝てると思ってんじゃねえのか」

 

どこからか聞こえた声に、口の端をあげた。

この人たちは皇龍に勝って、なにが得られると思っているのか。モノトーンをはじめ、凍牙やわたしたちにとって、皇龍はそんなに価値のあるものじゃないんだよ。

あんたたちのその過度な自信と誇り、今ここで叩き潰してやろうじゃないか。

2階の吹き抜けを見上げると、知った顔が並んでいた。

 

「知っての通り、わたしはモノトーンのトップにいるやつと少なからず面識があります」

 

三國翔吾や野田先輩も戻っているようだ。

その中には面白そうに笑ってわたしを見下ろす櫻庭先輩の姿もあった。

 

「以前お話ししましたよね。小学校時代のわたしの反抗期のこと。あの話に出て来た男の子、あれが武藤春樹です」

 

驚きを見せる野田先輩とは違い、櫻庭先輩は笑ったまま顔色を変えることもない。

 

「地に足が付いた金持ちの息子が、自分の将来を棒に振るようなことするわけないでしょう」

 

春樹がそこまで愚かでないことぐらい、わたしが一番よく知っている。……綾音の状況次第では、少し危ういことになるかもしれないけど。

 

「それとこれとどういう関係がある?」

 

今にも飛びかかって来そうな千里先輩に向き直った。

この人に伝わってないなんてことは承知している。

 

「まさかあなたたち、この街の常識が世間に通用するなんて、思ってませんよね?」

 

質問に対してぽかんと口を開けたまま固まったのは、千里先輩だけじゃなかった。

周りの男たちも瞬きを繰り返したり、互いに顔を見合わせて首をかしげている。

彼らにとって、皇龍の治めるこの街が世界そのものなのだとよく分かる光景だった。

 

「高校生の集まるチームの名前がブランド化して街の人たちに受け入れられるなんて、この街の外ではあり得ないことなんですよ。憧れられるなんてもってのほかだ。あなたたち、いわゆる不良と呼ばれるガキを世間が見る目はどんなものか知ってます?」

 

知らなかったら教えてやるまで。

自分の基準でしか物事を判断できないなら、無理やりにでも世界を広げさせてやる。

 

「社会の恥、脱落者。迷惑な連中だと遠巻きに見てくる人たちに遭遇したことってありますか? 怖れと侮蔑を込めた視線をよこされることもあれば、勝手に人の家庭事情を想像されて同情を向けてくる者もいる。自由や強さに対し憧れをみせててくる人なんてごく少数です。嘘だと思うならこの街から離れた場所でコンビニの前にでもたむろして、周囲の反応をうかがってみたらどうです?」

 

硬直してしまった男たちの中、ひとりしゃがんでうずくまっているひとがいる。櫻庭先輩だ。

笑いをこらえているのは明白だが、邪魔はしてこないようなので放っておく。

 

「高校生のチームがクラブを牛耳っていて、大人たちがそれを容認しているのだって外の街じゃ考えられません。この街じゃなかったら夜の10時過ぎた時点で警察が一斉摘発に乗り出して、18歳以下の学生は補導。高校生と知っていながら客として黙認していた店は営業停止。これが普通です」

 

そうならないのは吉澤先生や柳さんが創り上げた実績が、現在でも大きく影響しているおかげだろう。

大半の大人が好きな子どもは、自分の言うことを聞いてくれる素直で物分かりのいいタイプだ。はっきりとした意思を持って反発してくるガキなんて、可愛げがないし扱い辛いことこの上ない。

そんなガキが大人の介入できないところで街の治安を守っているなんて、本来ならあり得ないことだ。言うことを聞かない子どもが徒党を組んで権力を持つなんて、常識のある大人にとっては脅威以外の何でもないはず。

それを可能にしているのが、吉澤先生という皇龍に対する抑止力の存在。そして吉澤先生のこの街における絶対的な信頼なのだろう。

 

「あなたたちが憧れの対象でいられるのは、この街があるからです。片やモノトーンにはそんな優遇された環境なんてどこにもない」

 

わたしが十数年過ごした街で、皇龍のような存在がいるなんて聞いたこともない。

不良やチームといった集まりの中ではそのようなものがあったかもしれない。しかしそれらが一般の世界に足を出してくることもなかったし、日奈守の市民にはどこまでいっても不良は不良としか認識されていなかった。

 

「日奈守の街がどんなに混乱して治安が悪くなろうが、気にせず放っておいても誰もあいつらを責めません。むしろそのほうが約束されている将来が堅実になる。モノトーンにはそんなやつだっているんです」

 

それでもあ、春樹たちは動いた。守るために、リスクを承知で。

これを馬鹿と言わずにいられるか。

 

「日奈守の混乱を収めるため、街の治安をよくするため。そんな大義名分を掲げられるからこそチームとしてモノトーンを名乗れている連中が、皇龍を倒して名を上げようなんて考えるわけがないでしょう。少しでも私利私欲に走って世間がモノトーンを見る目が変わったら、そこで終わりなんですよ。あいつらは馬鹿だけど愚かでないってことは、何年も一緒にいたわたしが保証します。何なら彼女さんを攫った犯人の引き渡しを約束してもいいぐらいです」

 

何度でも言える。この街は普通じゃない。

皇龍は特殊で特別な存在だからといって、その視点にわたしが合わせる必要もない。

それがたとえこの街に住んでいたとしてもだ。

 

「いい加減、ここの人たちは街を守るという体裁で街に守られているということ、少しは自覚したらどうですか?」

 

冷やかに言って止めを刺す。

見えるところでは憤る者やうろたえる者など様々な顔があったけど、反論は聞こえてこなかった。

 

 

続く


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