モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-5

5-5

 

  ☆  ☆  ☆

わたしとハイエナを乗せて走り出した車は、街中から市内を東へと移動していく。

商業施設の密集する地域を抜けた途端、道を走る車の量が格段に減った。

 

「どちらへ向かうのかしら」

「もうすぐだよ」

 

そうはぐらかされて目的地は教えてもらえないままたどり着いたのは、もう何年も前に廃業した古いホテルだった。

解体するための資金もなく、そのままの状態で放置された建物は「お化けホテル」と称した心霊スポットとなっている。

それぐらい地元の人間なら誰もが知っている有名な場所。認知度はあるけど、気味悪がって誰も近付こうとはしないところだけど。

こじ開けられたフェンスの隙間を通り、ホテルの敷地へと車は踏み入れた。

完全に外からは見えない建物の陰でわたしたちは車から降りる。

正面入り口前のロータリー状になっているホテルの玄関まで、男2人と共に歩く。

ほどなくして、彼らの仲間が見えた。

車道と玄関の低い段差に腰かけていた男3人が、わたしたちに気付いて立ち上がる。

 

「その女が?」

「ああ。武藤の元カノだと」

 

見下してくる5人の目線に少しだけ怯んだふりをする。こちらが隠していることは、悟られてはいかない。

 

「わたしは一体、何をすればいいのかしら」

「まあもう少しだけ待ってよ。もうすぐ人も揃うからさ」

 

ハイエナ男が気安く肩に触れる。なだめるように背中をさすられると鳥肌が立った。

それから数分もたたないうちに、わたしたちの来たところとは別の道から男2人がやってきた。

 

「どうだった?」

 

期待を込めた眼差しで待っていた男たちが彼らに聞いた。

 

「駄目だ。一番いい駒になると思ったが、人違いだった。くそっ、あの女。紛らわし情報教えやがって」

 

悪態をついた男が建物の柱を蹴る。

 

「……あの女?」

「ああ、ちょっとした情報提供者のひとりだよ。そこにいる女たちを邪魔に思っているやつらだから、綾音ちゃんのライバルでも何でもないよ」

 

男が指し示したのは、ホテルの内部。

ガラス越しに見える薄暗い建物内、受け付け用のカウンター前には2人の男が立っていた。

さらに中の男たちの足元には、数人の女の子が座らされている。

はっきり見えないけど、みんな手を縛られているのかもしれない。全員が両手を背中にまわした状態で、恐怖に顔を引きつらせて怯えている様子だった。

 

「受付の前にいる、彼女たちは誰なの? 5人ほどいるみたいだけど」

 

怪しまれない程度に、出来るだけ詳しく見たことを口にする。

ハイエナ男は得意気に顎で彼女たちを示した。

 

「全員モノトーンと敵対しているチームに恋人を持つ女だよ。使いようによっては、武藤の駒に成り得ると思わないかい?」

 

にやにやと笑ってわたしを囲う男たちを前に、こめかみに汗がつたう。

これは暑さから来る汗じゃない。

 

「確かにそうかもしれないわね。それで、わたしは一体何をすればいいのかしら?」

「簡単なことだよ。君はここに武藤を呼んでくれたらいい。武藤が来るころには俺たちは消えるし、あの女たちを捕らえた手柄は全部君にプレゼントするよ」

 

男の言葉に、再びホテルの内部を見る。

ガラスに隔てられた上に距離もあるため、わたしたちの会話があそこに聞こえているとは思えない。

彼らの思惑を予想する。

春樹たちが来る前に自分たちがここからいなくなる。――つまりは彼女たちをさらった事実そのものをモノトーンの仕業にしたいのでしょうね。

ひょっとすると、ガラスの向こうにいる男たちは自らをモノトーンと名乗って彼女たちをさらったのかもしれない。

彼女たちが誰かの恋人であるという真偽はともかく、彼らの目的は春樹たちに濡れ衣を着せること。

 

「あなたたちが、わたしに手柄を譲ってくださる理由は何なのかしら」

 

不思議そうに首をかしげて男たちに上目使いをする。

 

「ここまであの人たちを連れてくるのも大変だったでしょうに。わたしなんかに渡さずにご自分で春樹たちに引き渡せば、モノトーンのあなたたちに対する評価も上がるはずよ」

 

ゴッと、スカートのポケットから低く歯切れのいい音がした。

 

「今なんか聞こえなかったか?」

 

不審にわたしを見る男は素知らぬ顔で受け流す。

分かってる。余計なことはせずに話に乗ったふりをして時間を稼げと言いたいのでしょう?

 

「こっちは手柄とかどうでもいいんだ。武藤にはそれなりの恩があるし。だから彼の役に立ちたくて動いただけだしね。ただ……」

 

その場で思いついたであろう理由を、ハイエナ男は名案だとばかりに続ける。

 

「俺たちは武藤のことはすごいと思っているけど、あいつの周りにいる取り巻きどもが気にくわないんだ」

「……そうなの?」

「ああ。だからここで武藤の元カノの君が成果をあげて、やつらの鼻を明かしてくれれば俺たちはそれで満足なんだ」

 

周りの男たちも賛同して頷き合う。

彼らの思い描く武藤の彼女という人物像はどういうものなのかしら。

わたしは春樹以外のみんなに対しては、なんの情も持たない女だと思われているの?

男たちは口々にみんなをけなす。

にこにこ笑って女のケツ追いかけまわしているキモい男。

綾音ちゃんを差し置いて、ひとりお姫様気取りでモノトーンに入り浸る高飛車女。

武藤の腰ぎんちゃくの根暗男。

周りの金持ちどもにいいように使われている間抜けな貧乏人。

寄せ集めの、愚かな連中――。

彼らが吐き出す、みんなを罵る言葉たちを前に、少しずつ不安になっていく。

騙すため。この場をしのぐため。わたしは今、ちゃんと笑えているのかしら。

正直者であろうとは思わない。

大切な人のためになら、自分を偽ることもいとわない。そんな女になろうって決めたのは、つい最近のいことなのに。

本当にこれでいいのかと、心の中で問いかけ続ける。笑っていていいの? みんなを嗤った後で、わたしは自信をもって、あの子と向き合うことができるの?

迷いが生じたときから、きっと答えは決まっていた。スカートの生地の上からスマートフォンをつかむ。

 

「ごめんなさい」

 

電話の向こうに聞こえるようはっきりと口に出し、探り当てた電源ボタンを押した。

唇を噛みしめて、男たちを見上げる。

これだからわたしは、少しの我慢も出来ないような馬鹿だと言われるのでしょうね。

 

「ん、どうしたの?」

 

勝手に盛り上がっていた男たちの中、ハイエナがわたしに目を向ける。

心臓が締め付けられて、足元がおぼつかない。

頭の中が白く塗りつぶされそうで、震えだした口元を力を入れて隠す。

怯えていることを悟らせまいと、意図して口の端を上げて感情と反対の表情を作る。

そう。笑えばいいのよ。

わたしを含めた、ここにいる全ての人間を嘲笑ってやればいい。

 

「やっぱりこのお話、なかったことにさせていただくわ」

「えっ」

 

何をいまさらと言いたげな、男たち全員の視線を集める。

 

「わたし、春樹だけじゃなくて、彼の周りにいる人たちも大好きなの」

 

目を見開いたハイエナ男は、やってしまったとでも言いたげな渋い顔をした。

 

「彼らをおとしいれるような成果なら、わたしには必要ないわ」

「けど……いいのかい? せっかく武藤とよりを戻すチャンスを棒に振ることになるんだよ」

「そうね」

 

それはいらぬ心配よ。だけどあなたたちに真実を告げる必要はない。

とはいえ、彼らの計画を知ってしまったわたしを、そのまま帰そうなんて優しい人たちでもないでしょうね。

 

「そうなっちゃうと、お願いが命令に変わるんだけど、君はどっちのほうが聞いてくれるのかな?」

 

ハイエナ男が低い声ですごむ。

こちらのほうが本性というとこかしら。

そんな態度を取ってしまっては、モノトーンに誘拐の濡れ衣を着せるという当初の目的も達成できないというのを理解しているのかしら。

行き当たりばったりの、浅はかな計画。無駄に行動力があるところがネックになってしまっているけど、彼らの思考回路は大したことがなさそうね。

 

「……あなたたちには分からないわ」

 

大人たちに神童と言われながらも異端と畏怖される、あの武藤春樹のそばに集う人たちが、普通なわけがない。

誰もが腹に一物を抱えているのは当然のこと。それでいて、みんなは優しくて、強い。

一途に菜月を想い続けるナル君の覚悟。そんなナル君の心を受け入れた菜月の愛情も。

春樹を陰で支え続ける有希君の努力。

ヒロ君の優しさだってそう。

何ひとつ、ここにいるひとたちがみんなに敵うものなんてない。

嘘であっても、みんなが愚かだなんてわたしに言えるはずがないの。

 

「あなたたちは、どうあがいてもモノトーンに勝てはしない」

 

男たちの表情が一気に変わる。その表情に少しだけ、溜飲が下がる。

震える手で、服の下にある首からつるされた2つのプレートを握りしめ、わたしは自らの死刑宣告を下した。

 

「こんなやり方で、春樹の風評を傷付けられるとでも思っていたのかしら?」

 

睨みつけてくる男が、わたしに歩み寄る。

小さいはずの足音がうるさいぐらい耳に付く。

心臓が大きく鼓動する。

ごめんなさい。

みんなの顔が思い浮かぶたび、何度も何度も呪文のように唱え続けた。

ごめんなさい――、結衣。

あなたが戻るまでの時間ですら、わたしはあなたの代わりを務められそうにないみたい。

  ☆  ☆  ☆

 

続く


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