モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-4

5-4

 

ショッピングセンターのインフォメーションがある一番大きな入口で、わたしとマヤは彼らの到着を待った。ここならば警備の人も常駐しているため安全だろう。店内で起きたもめ事ならば警備員の仕事の圏内だ。おかしな連中が来たとしても、大きな声で騒ぎ立てれば対処してくれるはず。

三國翔吾たちはマヤが連絡を入れてから30分もしないうちに駆けつけた。

 

「マヤ!」

 

姿を見つけるなり走ってマヤに近付く三國翔吾の後ろ、野田先輩と大原先輩がわたしたちに歩み寄る。

皇龍の男3人、全員頬にあざができていてなんとも痛々しい面持ちだった。

 

「マヤちゃんも結衣ちゃんも、無事でよかった」

 

野田先輩が胸を撫で下ろす。

 

「……喧嘩中でしたか?」

 

どうしても頬のあざが気になって聞いてみると、野田先輩は困った顔で苦笑した。

 

「一昨日の夜に、ちょっとね」

 

言われて出てきたのは、一昨日の朝に会った吉澤先生の言葉だ。

確かあの日、夕方からアークで祭りがあると言っていたはず。

 

「喧嘩は祭りの花、ということですか」

「結衣ちゃんそれ、どういうこと? というか誰に聞いたの?」

「吉澤先生です。その日、夕方から皇龍の祭りがあるからアークには絶対近付くなと」

 

吉澤先生に告げられた通りに伝えると、皇龍男たちは遠い目をしてしまった。

 

「………祭り、か」

 

三國翔吾が疲れた声で呟いた。

 

「ああ、確かに祭りだった。花火の代わりに汗と血しぶきが宙に舞う、激しい祭りだったなあ」

 

どんよりと振り返っている大原先輩に、ここにきて吉澤先生の「祭り」という単語が正し意味で使われたのではないとようやく気付いた。

その頬のあざは、「祭り」の準備をはりきった柳さんか。はたまたあのお調子者に追従した誰かの仕業か。

 

「根性腐っている人に根性叩き直されるのは、精神的にくるでしょうね」

 

3人の男は目を泳がせただけで、肯定はしなかった。

腐っても皇龍OBの偉大な人間。柳さんの悪口は言えないようだ。

 

「悪かった。詫びて済まされるとは思っていないが、怪我の謝罪はさせてくれ。二度とお前に手出しさせないよう徹底させると誓う」

 

大原先輩がわたしに頭を下げる。

周囲を歩く人たちは何事かと視線をよこすものの、足を止めたりはしなかった。

 

「いいですよ。わたしも言い方を間違えたところがありますので。次があるなら手が出てこないように気をつけます」

「……次なんざあってたまるか」

 

苦々しい顔で大原先輩は自戒するように言い切った。この人の責任感は半端なものじゃない。皇龍幹部としての誇りと責任に、わたしと生きている世界の違いを見せつけられているようだ。

 

「この街が特殊だということを、皇龍全体は自覚しているのでしょうか?」

 

素朴な疑問だったのだが、マヤを含めた全員がわたしを見返す。

きょとんとするマヤと三國翔吾、野田先輩と反対に、大原先輩は眉間のしわを深くする。

この差が答えだ。

大原先輩が少数派なだけで、他の3人は何を言っているのか分かっていない。

皇龍の取り仕切る街で育ってきたなら、マヤたちのほうが普通の反応なんだろう。

 

「今のは忘れてください。郷に入っても郷に従いきれないよそ者の見解ですから」

 

地域独特の取り決めに付いていけないのは、わたしの頭が固いからだ。

凍牙のようにほどほどの協力体制が取れるようなら、見知らぬところで敵意を受けることもなかったはず。

結局のところ、どこへ行っても馴染めない。わたしが異質な存在だとはとうの昔に自覚している。

 

「今日は楽しかったよ。次があるならもう少し落ち着いたところで遊びたいな」

 

迎えが来たのでマヤはもう大丈夫だ。床に置いていた紙袋を持ち上げる。

 

「じゃあまた。何かあったら柳さんの店のドアにでも伝言張り付けておいて。気が向いたら見に行くから」

「おいこらちょっと待て」

 

皇龍の人に失礼しますと言おうとしたら、大原先輩に止められた。

 

「こんな状況でもひとりで帰ろうとするんだね、君は」

 

野田先輩は呆れているが今回はわたしが危ないわけじゃなさそうだし、ひとりになったところで問題はないはずだ。

 

「接触してきた男たちが求めたのは、三國翔吾の女としてのマヤでした。どういうわけかわたしの顔も知っているようでしたけど、関わりを持ちたくないといった態度で去って行きました」

 

不安を隠しきれないマヤの肩を三國翔吾が抱く。

 

「何かが起ころうとしているにしても、敵にとってわたしは餌でもターゲットでも何でもない、部外者です。わたしなんか気にかけるよりも、マヤと同じ共通点を持つ人――、皇龍に所属する人の彼女さんたちの安否を片っ端から確認するほうが優先事項なんじゃないですか?」

「……どうしてそう思う?」

 

大原先輩が鋭い視線を向けてくる。

 

「声をかけて来たやつらの、諦めが早すぎたんですよ。マヤが三國翔吾の恋人だという絶対的な自信がなかったのか、もしくは時間が限られていたというのも理由としては考えられますが。やつらにとってターゲットはマヤひとりじゃなかった。だからそこまで重要視せず見逃したというのも可能性として出てくるだけです」

 

一度企てに失敗すると、警戒されてしまい今後が動きづらくなる。それを思えばターゲットをマヤだけに絞っていた場合、やつらはもっと慎重になったはずだ。

おかげでいらない騒ぎを起こさずに済んだものの、敵の目論みはまだ続いている気がしてならない。

 

「心配なさらなくてもバスで帰りますよ。こんな暑い中荷物を抱えて家まで歩くなんてとてもじゃないけどできません」

 

商店街のバス停から柳さんの店までもそう遠くない。

多少の小路は通るけれど、そんなところまでびくびくしてしまうと外出そのものができなくなってしまう。

 

「失礼します」

「あ、結衣!」

 

背を向けた途端マヤが焦った声をあげた。

 

「ありがとう。一緒にいてもらえて本当によかったわ」

 

マヤが言ったのは引きとめる言葉じゃなくて、感謝の意を表すものだった。

 

「気をつけなよ。どこに何が潜んでいるか分かったものじゃないんだから」

「それ、結衣もだから!」

 

慌てたマヤの切り返しに笑いながら手を振って、バス停へと移動する。

マヤの安全は確保され、ひとまずの心配事はなくなった。

わたし自身、ひとりでいても絶対に大丈夫だと確信しているわけではない。

来るなら来いという心づもりができてしまっているだけだ。

成見には気にする必要はないと言われたが、向うから仕掛けて来たものを叩きのめす分には誰も文句を言わないだろう。

などと人が身構えた時には、大概何も起こらないものだ。

定刻通りに運行していたバスに乗り、商店街の中ほどで下りる。

そこから小路を進んで、最終的に平和なまま柳さんの店までたどり着いてしまった。つまらないと思ってしまうのは不謹慎だろうか。

鍵を開けて店に入り、カウンターの上に今日購入した荷物を置いた。

壁の時計は14時50分をさしている。約束の時間まで余裕があるので冷房を入れてからカウンターに腰かけた。

 

――三國の女か。

 

そう言ったあの男は何を狙ってマヤに声をかけたのだろう。

やつらにとって、マヤはどんな価値があるのか。

人質、罠を張るための餌、マヤを傷つけることによって間接的に皇龍を攻撃する材料。

女もまともに守れないチームと言いふらすための、つまりはネガティブキャンペーンの道具としての利用。

皇龍幹部の彼女となると使い道はいくらでもあるな。

考える角度を少し変えてみる。

やつらはなぜわたしを知っていて、顔を見るなりモノトーンと結び付けたのか。

情報の出所の最有力はあのチェーンメールで、2番手は卒業アルバムだな。

チェーンメールの場合、内容を見ただけでわたしと結びつくのは皇龍のはずだけど、地元の連中があれを見てここまで会いに来た事例がある。

凍牙が聞き出したことだから、これは確かな情報なはずだ。

地元の連中に探されていた過程で、西のやつらにわたしとモノトーンの繋がりを知られている確率は低くない。

マヤに声をかけた男はわたしを見て、関わるなと言った。

なぜか。

企みをモノトーンに知られては困るのと、警戒されたくないからか。

もしくは皇龍とモノトーンを同時に敵に回すのはまずいとした。あるいは皇龍とモノトーンを同時に潰そうと目論んでいる。

……現段階で考え付くのはこれぐらいか。

思考の整理がついたところで、背中を反らせて伸びをする。

今日春樹に会えるようならこのことを伝えておこうとは思うが、向こうにわたしと顔を合わせる余裕があるのかが不安だ。

春樹の片腕という立ち位置を欲しがるわたしを、綾音はどう思うのだろう。

また不安にさせて苦しめてしまうのではないか。

春樹はわたしに、なんて返してくるのだろうか。

綾音と春樹、2人の答えとわたしの答え。

向き合うことにしり込みしていても時間は過ぎていく。

成見が会いに来てくれてよかった。

じゃないと今ごろ、春樹と綾音のことだけじゃなくて仲間内のことでも延々と悩んでしまってたはずだ。

「モノトーン」という名前が安心材料になっていても、みんなの思いを知るのはやはり勇気がいる。

 

 

続く


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