モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-3

5-3

 

  ☆  ☆  ☆

 

「確かに、人の弱みにつけ込んでターゲットを動かすのはよくするわね。でも、人の精神的な強みを徹底的に壊してしまうのも、あの子はすごく得意よ。小者を操るより自分で行ったほうがてっとり早いからって、真っ向勝負に出るのが好きな子でもあるわ。視野がすごく広いのに基本無欲で無趣味な子だから、自分で目的を見つけて動くことなんてめったにないわね」

 

いきなり口数が多くなったわたしに、室内にいる全員の視線が集まる。

にっこりと笑って構わず続けた。

 

「みんなで遊園地に行っても絶叫系は機械の故障が不安で怖くて乗れない。だけどお化け屋敷の怖さに対しては最強よ。暗闇関係なですたすた行ってしまうもの」

「えっと……綾音ちゃん。それは一体誰の……?」

 

正面の男が引き気味に問いかけてきた。

 

「誰って、さっき彼女たちの言っていた結衣のことよ。人混みが苦手だから、買い物に連れ出すだけで一苦労する子なの。でも人に酔ってしゅんとなった結衣もすごく可愛いわ。普段は人をはねのけるような言い方しかしないのに、心を許した人には気が緩んで後手に回ってしまうから、いじられてからかわれているのもご愛敬ね。思わず抱きしめたくなるの」

 

思い出すだけで顔がほころぶ。

周囲がおかしなものを見る目でわたしを見ているのは承知している。

でもね、これが本当のわたしなの。

奥にいる女子2人に顔を向け、笑みを消した。

 

「わたしはあなたたちよりも、結衣を知っているわ。大好きなところを挙げたらきりがないぐらいに」

「だから……、それは綾音がすっと高瀬さんに騙されていたから!」

「もういいわ。あの子をけなす言葉なんてこれ以上聞きたくないの」

 

なおも言い訳を続ける彼女たちには見向きもせず、財布から5千円札を取り出す。

呆然とする人たちの中、お金をテーブルの上に置いた。

 

「これ、わたしの分ね。おつりはいらないわ」

 

立ち上がって、ドアへと歩く。

 

「さようなら」

 

いまだに動こうとしない人たちに軽く手を振って部屋を後にする。もう友達なんて呼ぶこともないでしょう。

1か月前のわたしだったら、我慢してでも話に合わせていたかもしれない。

でも結衣の居場所が見つかって、わたしが春樹たちと離れている理由がなくなったのと同時に、彼女たちと行動を共にする必要性も消えた。

 

受付に部屋番号とひとり抜けることを伝えて、カラオケ店を出る。

 

「千円札にすればよかったわ」

 

建物の出口へと向かう中、残してきたお金に5千円札を選んでしまったのを少し後悔した。

菜月あたりにもったいないことをと怒られそうで、そんな場面を想像してまた笑みがこぼれる。

やっとみんなに会える。

新学期になるとわたしは高校中で悪女の裏切り者とさげすまれるのでしょうけど、そんなことの不安より、みんなと直接話ができるのがどうしようもなく嬉しい。

街を荒らしていた東の人たちは、もうやんちゃしている人のほうが少数になっているらしい。

ブームや流行に乗って発生したものは爆発的に広がるけれど、その分廃れるのも早い。

力ではかなわないと悟った者。

人を傷付ける行為に対して将来の不安を覚えた者。

みんなが止めるなら、自分も止めておく。

様々な理由によって離脱者が増え、混乱の規模は徐々に縮小の一途をたどる。

そんな中で先日、止めとばかりにモノトーンと皇龍が手を組んだ。

この事実による戦意喪失者は計り知れず、ふたつのチームは同盟を組んだところで特に共同戦線を張る必要もなく、事態は沈静化しつつある。

モノトーンが役目を終える日も近い。

 

――気をつけろ。後先考えず足掻いている連中ほど、何やらかすか分からないからな。

 

昨日春樹に電話で言われたことを思い出した。

わたしが今みんなに会ってお荷物になるぐらいなら、顔を合わせるのは全てが解決してからのほうがよさそうね。

そのころには、あの子の周りも静かになっているでしょう。

春樹に今から帰るとだけメールをして、タクシーを拾うため大通りへと歩く。

 

「綾音ちゃん!」

 

後ろから大声で呼ばれて振りかえると、男の人が走ってくる。さっきまで一緒にいた人たちのひとりとはすぐに判断できた。

 

「どうしましたの?」

「あ……や、3対4じゃバランス悪いしさ、俺も抜けて来たんだ」

 

必死に追いかけてきた彼は汗だくだった。手で額をぬぐっている。

人懐っこそうな目をした子犬のようなイメージの男の子ね。年は同じかひとつ上といったところかしら。

 

「ごめんなさいね。楽しんでいたところを台無しにしてしまって」

「いや、いいよ。綾音ちゃんにも事情があるんだろうし。それよりこれから、どうかな? 抜け出した者同士で遊びに行かない?」

「せっかくですけど、今日はもう家に帰ります」

「そっか……」

 

しゅんとする彼に苦笑しつつも帰路に立とうとする。

申し訳なさそうな態度を見せて、相手に付け込まれる甘さを出さないくらいには成長したつもり。

 

「失礼いたします」

 

次はないでしょうから「また機会があれば」なんて言葉も必要ない。

会釈して彼に背を向ける。

 

「綾音ちゃんてさ、まだ武藤のこと好きなの?」

 

その言葉に立ち止まり再び彼を振り返ったのは、声の雰囲気があまりにも数秒前と違っていたから。

見上げた彼の顔に、一瞬どう答えを返そうか迷ってしまう。欲望と思惑の見え隠れするぎらついた目。子犬じゃなくてハイエナだったのかと、心の中でため息をついた。

 

「好きよ。早々に諦めきれる人じゃないもの」

「……そう」

 

抑えているようだけど、随分と嬉しそうね。口の端が微かにつり上がっているわよ。

振りきって帰るか、そうでなくても春樹に連絡を入れるべきなのは明白。

さっき自己紹介をした時に彼の名前を聞き逃してしまったことを後悔する。

 

「俺さ、実は今日綾音ちゃんが合コンに参加するって聞いて、無理やり友達に変わってもらったんだよね。武藤の元カノだってことも、前から知ってたんだ」

「あら、そこまでしてわたしに会いたかったのかしら?」

 

にたりと、男は笑う。

 

「武藤とよりを戻したくない? 協力するよ、俺」

 

そう来るのかというのが率直な感想だった。

 

「どういうことなの?」

 

興味を示してみると、男は笑みを深める。

 

「君に、武藤のためなるであろう手柄をあげる。武藤はきっと喜んで君を見直すよ。タイミングが重要でね、今日じゃなきゃだめなんだ」

 

それは、わたしとあなたが会うと決まっていたから?

だから今日、あなたたちは何かを仕掛けたというの?

手柄ならばわたしを使わず自分で春樹に報告すればいい。

わたしに接触して来た時点で、この男はモノトーンの敵である可能性が高い。

 

「綾音ちゃんが止めとくって言うのなら、この手柄は他の女の子に譲ることになる。武藤に近付きたいって子は、けっこうたくさんいるからね」

「それはっ」

 

無関係者を巻き込むのかと焦ったけど、彼からすればわたしもモノトーンの関係者ではないのだと気付く。

彼らはそんなことを気にかけるような人たちでないようね。

わたしがここで断ったとしても、春樹を餌に使って街にいる女の子を手当たりしだい釣り上げてくるのなら……。

リスクを承知の上で行っているモノトーンの活動が、より一層春樹たちの首を絞めるものに繋がってしまう。

 

「……本当に、春樹はわたしのところに戻ってきてくれるのかしら?」

「そこは綾音ちゃんの頑張り次第だね。でも、きっかけを俺たちはあげられる」

 

視線を揺らしながら、わたしはゆっくりと男に一歩近づく。

それが承諾の合図となった。

娯楽施設の駐車場に待つ、彼の仲間の元へと移動する。

紺色の軽自動車に促されるも、立ち止まってスマートフォンを取り出した。

 

「ごめんなさい。連絡を取りたい人がいるのだけど、少しだけいいかしら」

「誰に?」

「弟よ。ついさっき、今から帰るって伝えてしまったから、遅くなるってことを言っておきたいの」

 

スマートフォンを操作して、電話帳の名前から「有希君2」を探す。

繋がった電話にわたしは、向こうが用件を聞いてくる間を与えず話し出した。

 

「わたし。ごめんなさい、メールしたのだけど、やっぱりもう少し遊んで帰るわ。……ええ、今日会ったばかりよ。とても優しそうな人だから大丈夫。わたしはこのまま行くけど、ちゃんと静かに待ってなさいね。ご近所さんに迷惑はかけちゃだめよ」

 

一方的に言った後、通話を切るふりをしてスピーカーの文字をタップし、スマートフォンはポケットにしまった。

前線で動くはずの春樹のスマートフォンを使えない状態にするのはどうしても避けたいところ。

だから予備の携帯電話を常に持ち歩いている有希君に連絡を入れた。

有希君なら電話の意味を理解して、臨機応変に動いてくれるはず。

 

「弟って大きいの?」

「中学2年生なんだけど、過保護過ぎて時々困っちゃうのよ」

「まあこんなに可愛いお姉さんがいたなら仕方ないんじゃないかな」

 

話しながら、ハイエナと一緒に車の後部座席に乗り込んだ。

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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