モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-2

5-2

 

  ☆  ☆  ☆

『8月20日、14時にC館の入口に集合だって』

 

わたしが現在お邪魔しているグループの子からそんなメールが来たのは4日前のこと。

ちょうどアークからタクシーで母方の実家に戻る途中だった。

市内にある大型娯楽施設は、立体駐車場が完備されたかなりの規模のもの。

大きな建物が隣あって2つ、道を挟んで更に3つと同じ経営者の施設があり、それぞれにパチンコ、ボーリング場、ゲームセンター、カラオケにバッティングセンターなどが設備されている。

カラオケで遊ぼうとのことだったのでひとまず春樹に報告し、その日のうちに了承のメールを返信した。

そして今日、約束の時間に足を運んでみたのはいいものの、どうやら聞いていた遊びの内容と少し様子が違うみたい。

そこにいたのはわたしにメールをしてくれた女の子と、グループのリーダー格が2人、そして見知らぬ男子が4人。

みんな入り混じって楽しそうにおしゃべりを繰り広げているところからして、偶然待ち合わせ場所が重なったというわけではなさそうね。

 

「綾音、遅いよー」

 

わたしに気付いた女の子が手を振る。彼女の口調が普段以上に甘ったるくなっているのは気のせいではないはず。

 

「ごめんなさい。道が混雑していて」

「またタクシー? 綾音ってホントにお嬢だよね」

 

どことなくさげすむ言葉にははにかんで返す。謙遜して否定しようものなら話が長引いてしまうのは経験済みだから。

 

「そちらの方たちは?」

「あれ? 綾音に言ってなかったっけ。今日のカラオケ、ミサちゃんのお友達も一緒なんだよ」

「ほら、綾音もついこの前彼に振られたところだし、そろそろ新しい出会い求めてるところかなーって思って」

 

つまりは合コンってことかしら。

 

「え、その子振られちゃったの? こんなに可愛いのに」

「そうなんですよー。だからただ今絶賛彼氏募集中でーす」

「でも理想高すぎてなかなか見つからないのよねえ。まあ元カレがあの人じゃ分からなくもないけど」

 

わたしが何かを言う前に、彼女たちが代わりにわたしの説明をしてくれる。

にこにこ笑って話を合わせながら、移動中にこっそり春樹にメールを送った。

表向きの付き合いを断った時から、電話帳に登録された春樹の名前は「佐倉」に変更してある。

隙を見せれば勝手に人のスマートフォンを見るような人がグループにいることは知っているけど、今のところ彼との繋がりはばれていない。

 

『ごめんなさい。合コンだったみたい』

『ほどほどで切り上げて帰れ。もうそいつらに付き合う必要はないだろう』

 

カバンの中でスマホをこっそり覗き見て、送信メールと受信メールはすぐに削除した。

取捨選択は生きていく上でとても重要なこと。

何を大切にして、誰に重きを置いて生きるかを明確にしないまま、自分の立ち位置が定まることなんてない。

全てが大事だという八方美人は、大切なものを持っていないのと同じ。人は何かを選択し、手につかむと同時に必ず何かを捨てている。

あの時、わたしは選択を間違えた。

結衣かその他の人間か。どちらが大切かなんて、よく考えるまでもなく答えは出るはずなのに。

わたしが感情に任せて言った言葉を、あの子が真に受ける必要なんてどこにもなかった。

あんなものはわたしの弱さと、弱いわたしでも受け入れてくれる結衣たちの優しさに甘えた、単なるわがままにすぎない。

間違えた代償は大きく、それでも傷を抱えて前に進もうというのなら、相応の覚悟が強いられる。

わたしの望むものはひとつだけ。もう迷ってはいられない。

わたしはあの子のためになることならなんでもする。たとえ、あの子が望まなくても。

評価はいらない。知らないところからこっそりと手を貸すだけでもいい。

それがわたしの弱さと短絡的な感情で結衣から大切なものを奪ってしまった、わたしの償いよ。

カラオケボックスの室内では、男子4人と女子4人がそれぞれ向かい合わせで座っていた。

簡単な自己紹介の後、雑談で盛り上がる様子を眺めつつ、いつ抜け出して帰ろうかと思案する。

結衣の居場所が分かって、あの子の状況が把握できた今、わたしがこうしてモノトーンと関係のないところで動く必要はなくなった。きっと彼女たちと行動するのも今日が最後になる。

わたしがまた春樹と付き合いだしたと知ったら、彼女たちはどんな反応をするのかしら。

身の程をわきまえろ。

せっかくグループに入れてあげたのに。

恩知らずな裏切り者……。

きっとこんな感じに罵られるのでしょうね。

実際彼女たちは自分のことを「武藤君に振られてひとりぼっちになった子をグループに入れてあげた優しい人」だと思っているようだし。

ここでわたしがグループから離れるのは、裏切り行為とされる予想は付いている。

春樹とよりが戻ったと言っても誰ひとり喜んでくれはしない。そんなことは分かりきっている。

左隣の女の子を隔てて座るこのグループのリーダー格2人は、わたしと中学が同じ。

彼女たちが春樹と別れたわたしに近付いて恩を売り、哀れな人間に手を差し伸べて優越感に浸っていることだって知っている。

忘れたのように振る舞っているけど、リーダー格の女子たち中学時代にわたしを呼び出してさげすんだことだってある。

わたしの体操着に足跡を付けて笑っていたのだって、ちゃんと覚えているわ。たとえあなたたちが「その程度」の過去として忘れてしまっても、わたしは忘れない。

わたしの過ちも含め、過去は絶対に消えはしない。

会話の輪に入れずただ笑っているだけのわたしのスマートフォンが振動する。

 

『悪いがそっち行けそうにない。くれぐれも気をつけて帰れ』

 

端的だけど心配してくれていることにが伝わる文面に、思わず顔がほころぶ。

 

「さっきからスマホで誰と話してるの?」

「弟よ。今日家にひとりで置いて来たから」

 

横から画面を覗かれる前に、スマートフォンをポケットに戻した。

隣の子はすぐに興味をなくして、みんなの会話に戻っていく。

 

「本当に綾音ちゃんって、武藤の元カノなの?」

「今じゃ街で有名だもんな、武藤って」

 

男の人たちの好奇の視線に苦笑する。

 

「そうなんです。でも振られちゃったのよねえ。あの時街がごたついて、武藤君も忙しそうだったし」

 

やたらとわたしが振られたことを、わたしから一番離れた奥に座る彼女は強調する。

 

「でも、その前から結構ごたごたしてたわよねえ。中3の終わりごろとか」

 

隣の奥から2番目に座る女子も頷いて応える。

まるで関係者だったかのように、彼女たちは話題を盛り上げていく。わたしが何も言わなくても、話は勝手に進んだ。

彼女たちにとって今日の男子は粒揃いなのかもしれない。いつになく口が軽い。

ねえ。

それだけさくさくと話が進むなら、漏らしてくれるかしら?

ずっと知りたかったことがある。

ひょっとしてとは思っていた。だけど確証がなくて疑念だけで断定はできず、ずっとずっと機会を待っていた。

最後になるなら、大きな荒波を起こすのもいいでしょう。

 

「あなたたちがわたしの中学時代を語って大丈夫なの? なんならご自分がわたしとどう関わっていたのかも教えて差し上げてはいかがかしら」

 

少しだけ、つついてみる。

今日まで当時のことを言及しなかったわたしの反撃に、奥にいる女子2人は目を泳がせた。

わたしの隣に座る子は中学が違うため、何を言っているのか理解できず首をかしげている。

 

「……綾音って、やっぱあの時のこと怒ってるのよねえ?」

 

計算された上目遣いと寂しげな口調。

向かい側の男たちに、自分はかわいそうな女なのだと認識させようとしているのが分からないとでも思っているのかしら。

わたしたちの友達ごっこを終わらせる前に、はっきりさせないといけない。

「あら、中学時代わたしを何度も呼び出しては武藤君と別れろと訴えてきた、そんなあなたたちを怒っていないとでも? わたしってそんなに優しい人だと思われていたのかしら」

4人の男とわたしの隣の子がぎょっとして奥に座る女子2人を見つめる。

さっきまでの盛りあがった明るい雰囲気はどこにもない。

 

「ご、誤解よ綾音! わたしだって本当はあんなことしたくなかった!」

「そうよっ。あたしら高瀬さんに脅されてて、逆らえなかったの! 綾音もよく知ってるでしょ、高瀬さんのこと」

 

必死に弁明を繰り返す彼女たちに、男子が高瀬さんとは誰なのかと聞いてきた。

彼女たちは口々に結衣について話し出す。

高瀬結衣とは昔から武藤君に付きまとっていた女のこと。

いつも何考えているのか分からなくて、不気味な空気を漂わせているちょっと怖い子。

人の弱みにつけ込むのが上手くて、綾音もずっと高瀬結衣に怯えていた。

綾音が武藤君と付き合っているのが気に食わなくて、わたしたちを使って2人を別れさせようとした。

嘘と誠と推測が入り混じる。呆れるぐらい誇張された結衣の人物像に、思わず失笑してしまう。

わたしからしたら、結衣が春樹に付きまとっていたというよりも、春樹が結衣の首根っこを掴んで放さなかったというほうが正しいと思うのだけど。

結衣も春樹に振り回されることを楽しんでいた。強引な要求にはすねてへそを曲げていたけどそこがまた可愛いの。

結衣を悪者とした言い訳はまだ続いているけど、もういいわ。

やっとはっきりしたから。

中学3年の3学期、あの子をおとしいれるために流されたうわさの出所は、彼女たち。

わたしがここにいる理由は、本当になくなった。

 

 

  ☆  ☆  ☆

続く


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