モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下5-1

5-1

 

人を泊める予定がなかったひとり暮らしの部屋に、寝具がひとつしかないのは当然だ。

真夏に2人密着してベッドで寝るなんて暑くてとてもできそうにないので、敷布団を床に横向けに敷いた。

足のつく部分にリビングのマットを持ってきて、頭から腰にかけてを敷布団に乗るようなかたちをりわたしとマヤは並んで眠った。

明朝はゆっくり起きて、わたしとマヤはすっかり日が昇りきった時間にマンションを出る。

行き先は駅の反対側にあるショッピングセンター。目的地が徒歩圏内とはいえ真夏の日中に歩いてたどり着くのは至難の業だ。よって移動手段にはバスを使う。買い物の目的は茶碗をはじめとした食器類を購入すること。

昨日の夕飯の際、ひとり分しか揃っていなかった食器セットについてマヤに怒られたのがそもそもの始まりだ。

 

――なんでも器に入ればいいというわけではないのよ。

 

どんぶりに小さく盛られたご飯を見て、マヤは頭を抱えていた。

ちぐはぐな食器で食べるのはわたしだからと言ったものの、そういう問題ではないと反撃されてしまった。

最終的には次の日に必ず来客用のものを購入する、という約束をさせられて今に至る。マヤは屁理屈では諦めてくれなかった。

今日の夕方、凍牙に会ってわたしの答えを報告しようと決めていた。春樹たちに会いに行く前に打ち明けるのは、いろいろと巻き込んでしまったわたしなりのけじめだ。

今夜、凍牙と別れた後は、電車に乗って実家のある街へ行こうと思う。

春樹と綾音がどこにいるかは見当もつかないが、ひとまずは家を訪ねようと計画している。

今晩会えなくても、春樹の家の人に伝言を頼めば近いうちに顔を合わせられるはずだ。

怖くなって逃げ出す前に、行動を起こそうと覚悟は決めた。

到着したショッピングセンター内の大手の雑貨量販店で、シンプルな食器セットを購入する。

セットの中に含まれていなかったみそ汁用のお椀を単品で買い終えると、マヤといろいろな店を見て回った。

 

「結衣もこういう服を着たら可愛いのに」

 

マヤがハンガーにかかったベージュのチュニックをわたしにあてて呟いた。

 

「がらじゃないよ」

 

裾にレースをあしらったフェミニンな衣類なんて、似合うはずがない。

買い物におけるマヤのはしゃぎかたは、どことなく綾音を彷彿させる。

マヤと綾音。もしもそろったら恐ろしく長い買い物になりそうだ。

 

「あ、少し待って」

 

通り過ぎようとした雑貨店で、棚にディスプレイされた花瓶が目に入った。

乳白色の陶器でできた一輪挿し用で、水色と透明の角ばったガラスの粒が螺旋状にはめ込まれている。

 

「どうしたの?」

「静さんに、いつもよくしてもらっているお礼にと思って」

 

花瓶を見た時、なんとなく静さんのイメージと重なった。

値段はまあ、手痛い出費になるが払えない額でもない。

思い立ったときじゃないとそうそう買える物でもないので、すぐさまレジで精算しラッピングしてもらう。

ショッピングセンターには12時を少し過ぎたぐらいに入ったが、約一時間見て回っただけでわたしの疲労は極地に達した。

慣れ親しんだ人と出歩くのは楽しいが、どうも人が多いところを歩くのは気力と体力が続かない。

3階にある混み合ったフードコートでなんとか空いている席を見つけ腰を落ち着ける。

そのままテーブルにへばりついてしまったわたしの分まで、マヤはセルフサービスの水を取りに行ってくれた。

2人で1人前のたこ焼きを半分ずつ食べ終えて、早々にフードコートを後にする。

そろそろ建物を出ようとエスカレーターを下っていると、降り口の近くに2人組の男が立っていた。彼らの視線からして、明らかにこちらを意識している。

嫌な感覚だ。気にせず流していいレベルのものじゃない。

エスカレーターで2階から1階にわたしたちが乗り継ぐのを待って、男たちも後ろに続く。

何を企んでいるのか定かでないが、害意の有無もはっきりしないうちにショッピングセンターから出るのは危険すぎる。

 

「1階で少し休んでいいかな?」

「大丈夫? 帰るのにタクシー使ったほうがいいかしら?」

「そこまではしなくていいよ」

 

エスカレーターを降りてすぐのところにあった、休憩スペースのソファに腰掛ける。

案の定、すぐ後ろにいた男たちは通り過ぎてゆくこともなく、わたしたちの前に立った。

 

「お前、三國の女か?」

「えっ」

 

いきなりのことに動揺するマヤの手をさりげなく握る。

 

「あの女がどうかしたのですか?」

 

言ってやると、男たちは驚いて互いの顔を見合わせた。

 

「なんだよ、人違いかよ」

 

大きく舌打ちした片方の男が忌々しげにわたしとマヤを睨みつける。

 

「なあおい。こいつ、確かモノトーンの」

「……ああ」

 

わたしを見て不機嫌な顔を更にしかめた男たち。小声で話された内容は、ばっちりわたしにも届いていた。

 

「わたしに何か心当たりでも?」

 

次第に表情を引きつらせる2人組に目を細めて尋ねる。

 

「関わんな。行こうぜ」

 

人をまるで疫病神のように見てきやがって。

そそくさと退散した男たちに多少の怒りは覚えたものの、冷静さが欠けるほどでもない。

さりげなく隣のベンチや後ろを見て、普通に会話して盗み聞きされる距離に人が留まっていないことを確認する。

 

「アークに行ったほうがいいかしら?」

 

不安を隠しきれないマヤに首を振って、ここにいるよう落ち着かせた。

 

「下手に外に出るのは危険だよ。ショッピングセンター内とは違って外は防災警備の人もいないんだから。人が途切れたところで小路に連れ込まれでもしたら対処できなくなる。マヤはまず彼氏さんに連絡。事情を伝えて迎えに来てもらえるようお願いして」

「分かったわ」

「出来たら電話じゃなくてメールで。どこで誰が聞いてるか、分からないからね」

 

おかしな人間が近寄って来たと同時に電話を切る動作だけでも、怪しまれる可能性がある。

電話をするために人気のないところに行くのも、逆に危険だ。

しばらくたっても三國翔吾から返信が来ないようなら次の手を考えよう。

 

「ついでにわたしからの伝言で、もし襲撃にあったとしてマヤを守りながら戦いきれる保証がないなら、絶対ひとりで来るなってメールに付け足しておいて」

 

釈迦に説法かもしれないが、伝えておけばひとりで焦って飛び出してくることもないだろう。

返信は早かった。

すぐに行くという短いメールを受けて、三國翔吾がマヤを迎えに来るのを待つ。

時間にはまだ余裕がある。

マヤが三國翔吾に送られるのを見届けてからでも、凍牙との約束には間に合うはずだ。

知らないところで、何かが動いている。

他人にはわたしの事情なんて知ったことではないというのは当然だが、こうもタイミングが悪いと苛立ちを隠せない。

やつらの目的がなんにせよ、三國翔吾の女としてマヤに話しかけた時点で皇龍の敵は決定だろう。

西の連中の悪あがきか。大人しく春樹たちに叩き潰されていればいいものを。

引き時を誤ったやつらの未来は、決して楽しいものにはならない。

 

 

続く


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