モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下4-7

4-7

 

 

カウンターに肘をついてうなだれる。

顔を隠して、息を止めた。

ずっと昔から、わたしは春樹に甘えていたんだ。そのつけが今出てきているだけ。

答えだって、本当はすぐに見つかるはずだった。

それを綾音と衝突したくないという理由で、ただ逃げていたのにすぎない。

 

「……前から少しだけ、不思議に思っていたの」

 

俯くわたしの背にマヤが手を置いた。泣いていることは、ばれているのだろう。

 

「結衣はわたしの前では翔吾のこと、苗字や名前で呼ばないでしょ? あまりに自然だから、そこまで気にはならなかったけど」

「そうかもね」

 

三國翔吾を意識して避けている自覚はあった。

 

「4月に初めて会ってから、結衣を見てきて。今日話を聞いて考えてみると、わたしも鈴宮さんと同じだって気付いたわ。もしも結衣が翔吾と2人で気さくに話しているところを見てしまったら、わたしは結衣に嫉妬したと思う」

「……うん」

「でも、わたしをそんな気持ちにさせなかったのは結衣よ。結衣はわたしの知らないところで、わたしの気持ちも守ってくれていた」

 

違う、マヤを守りたかったんじゃない。わたしはただ、自分が傷つきたくなかっただけだ。

 

「でもね、結衣。人の欲は果てしないわ。結衣が翔吾のことを、彼氏さんとか恋人さんって呼び方しかしていないって気付いたとき、思ってしまったの。ちゃんとわたしの前でも翔吾を普通に呼んでほしい。避けないで、翔吾のことを認めてほしい――って」

「……矛盾してる」

「ええ、分かってるわ。所詮はわたしの我儘よ。嫌なものなんて考えもせず、欲しいものだけを手にしたいって願った、私の我儘」

 

隣の席に移動したマヤは、わたしに肩を寄せる。

 

「結衣の隣って、我慢する必要がないの。無理に話を合わせたり、好きでもないものを好きだって言って共感しなくてもいい。下手な嘘をついて笑わなくても、終始顔色をうかがうこともいらない。素でいていいんだって思えて、不思議と安心してしまうの。だから、とても心地がいいわ」

 

軽くもたれかかったマヤの重みと体温に、目頭がまたあつくなる。

 

「わたしは、結衣がそこまで大切に思うモノトーンの人たちと、鈴宮さんがうらやましいわ。仲直りしてほしいって願っている自分もいるけど、それで結衣が離れていくなら、少し寂しいのも本音よ」

「……高校は3年間こっちだから」

「ええ。だからすごくほっとしてるわ」

 

マヤが笑っているのが、触れている肩を通し微かな振動で伝わった。

 

「結衣の感情は醜くないわ。人が絶対持っていて、普通なら辻褄が合わなくても素通りするところに引っかかってしまっただけよ。だから、大丈夫よ」

 

マヤの言う通り、大丈夫なのかは疑問が残るし、心は相変わらず重いままだけど。

どんな思い出あっても、正直に春樹と綾音に伝えなければいけない。

待っていてくれるふたりのためにも、自分のためにも。絶対に。

 

その日の夜、初めて友達をわたしの住むマンションに招いた。

傷心したわたしを最初、マヤは自分の家へと誘ってくれたが、それは全力で断った。しぶるマヤに最終的にはわたしのマンションへ来てもらうことで落ち着いたのだ。

ひとりにしたらどこかに行ってしまいそうだとマヤに言われたが、わたしはそこまで重症に見えるのか。

一度自宅に着替えを取りに帰ったマヤを待って、わたしたちはマンションへと向かう。

 

「彼氏さんはいいの?」

「大丈夫よ。今日の朝、昨夜の片付けに数日かかりそうでしばらく会えないって電話があったから」

 

……どれだけ激しい祭りだったんだろう。

祭りの次の日にヨーロッパとか、柳さんの体力は計り知れない。

夕飯は静さんの作ってくれたスープと、鮭のムニエルを温めた。

お米はマヤが洗ってくれて、いつも以上に豪勢な食卓となった。

食事が終わったらマヤが先にシャワーを浴びて、その後わたしが風呂場へ行く。

シャワーを済ませてリビングに戻ると、マヤはローテーブルに肘をついてぼおっとしていた。

 

「暑い?」

 

久しぶりにかけたエアコンは29度に設定してある。

風呂上がりだから、もう少し下げたほうがいいのかもしれない。

声をかけるまでわたしがいることに気付かなかったマヤは、慌てて首を横に振った。

 

「ううん。そうじゃないの。ちょっと疑問に思ったことがあるのだけど、聞いてもいいかしら?」

「……どんな?」

 

冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注いでマヤの前に置く。

自分の分は早々に飲み終えてしまった。

楕円形のテーブルの向かいにわたしが座ったところで、マヤは口を開いた。

 

「結衣は武藤君が好き、なのよね?」

「……好きだよ。大好きだ」

 

役に立ちたい。頼ってほしい。

側にいたい。離れたくない。

そんな欲求は常にある。

違う高校に通うようになって、思いはますます強くなっていった。

これが恋というならば、わたしは春樹に恋しているのだろう。

綾音と同じで。

気持ちが沈んでいくわたしを、マヤはじっと見つめていた。

真剣な目には、同情も侮蔑もない。ただ少しだけ、マヤは不思議そうだった。

 

「結衣は、武藤君に抱きしめてほしいって思ったこと、あるのかしら?」

「……………は?」

 

急降下していた気分にブレーキがかかる。

……今、マヤはなんて言った?

 

「えっと……、武藤くんに抱きしめてほしいとか、手を繋いで一緒に街を歩きたいとか。後は……、キスしたい、とか……」

 

わたしと、春樹が――?

マヤが言う通りのことを思い浮かべると、頭の中の映像はモザイクによって埋め尽くされた。

 

「…………………………無理」

 

それはない。絶対ない。あり得ない。

 

「いや、好きと入ったけど、感情を置いてけぼりにしてそういうことを考えるのはちょっと……」

 

まずいわたし動揺しまくってる。

そんな方向で春樹との関係を考えたことなんて一度もなかった。

 

「でも、この前水口君と街で抱き合ってたんでしょ? うわさになっているの、わたしの耳にもとどいてるわよ」

「やめて! 人が全身全霊を尽くして流しきったことを今ごろ話題にしないで!」

 

頭に血が上って、耳が熱い。

わたしの顔、リンゴみたいになってるよ。

 

「……どうしたの?」

 

きょとんとするマヤに、いろんな意味で泣きたくなった。

焦りながらもなんとか言葉を選んでいく。

 

「春樹とは、そういうことがしたいわけじゃなくて。隣にいたいって言ったのも、精神的な意味合いが強いし。春樹のために動くなら別に地球の裏側くらい離れていても問題じゃないし……」

 

しどろもどろと何を言ってるんだわたしは。

必死になって弁明するも、なかなか上手く伝えられない。

 

「意外な弱点を見つけてしまったわ」

 

関心するマヤの余裕がうらやましい。

 

「確認だけど、結衣は鈴宮さんと武藤君が手を繋いだり密着していても、嫌な感覚になったりするの?」

「それはない」

 

迷うことなく言い切れる。

楽しそうな2人を見ているとこっちまで幸せな気分になるくらいだ。

 

「……どうしてもっと早く思い付かなかったのかしら」

 

呆れ返って額を手で押さえたマヤが、気を取り直してわたしに向き合う。

 

「今から言うこと、結衣と武藤君で想像してみて。2人が交際して、入籍して、式を挙げて、家庭を持って子どもが生まれて――」

「ストップ! わたしと春樹だと考えただけで気持ちが悪い!」

 

いや別に春樹が気持ち悪いんじゃなくて、男女の組み合わせに問題があるわけで……。

ああもうわたしは一体どこの何に向かってフォローを入れてるんだ。

パニック気味のわたしにマヤがため息を漏らす。

 

「恋愛の延長線上に結婚があるってわたしに言ったのは、結衣よ」

 

……確かに言った。覚えてるけどさ。

 

「恋の形は人それぞれだし一概には言えないけど、わたしは翔吾に触って欲しいって思うわ。手も繋ぎたいし、キスしたいって欲求も持ってる」

 

そんなもの、わたしと春樹の間には全くない。

 

「……そうじゃない」

 

自分に確認をとりながら、言葉を紡ぐ。

 

「そういうのじゃ、ないんだ」

 

綾音に嫉妬したのは、自分の役目をとられたからだ。

わたしのいるべき立ち位置に誰かが代わりにいて、プライドが刺激された。

どう考えても、この気持ちは恋じゃない。つまりはそういうことだ。

 

「恋愛じゃなくても、春樹との関係で譲れないものがあるんだ」

 

たとえそれが、春樹の恋人である綾音だったとしても。

 

「……痛いなあ」

 

出てきた答えは、結局綾音を不安にさせるものだった。

しかしこれ以上の変動はきっと見込めないだろう。

また綾音を傷つけて、春樹と喧嘩になるかもしれない。

考えただけで気分はどんよりしてしまうのに、諦めがあってか、心は憑き物が落ちたようにとても軽くなっていた。

 

 

続く


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