モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下4-4

4-4

 

うわさは更なるうわさを呼び、学校中の生徒があることないことを面白がってささやいた。

 

――高瀬結衣は、本当は昔から武藤春樹が好きだった。

だから、鈴宮綾音をずっと邪魔に思っていた。

前から人の知らないところで高瀬は鈴宮をいじめていた。

高瀬は一時期、咲田菜月をいじめていたこともある――。

 

勝手に流れるうわさなんて、所詮は信憑性の高い憶測が飛び交っているにすぎない。

憶測――つまりはそうであったら面白いと思う部外者の願望だ。

人の不幸は蜜の味というけれど、有名な春樹を取り巻くわたしたち仲間の歪みに、学校中が興味を持って食いついた。

他人がとやかく言ってくるのはどうでもいい。そんなことよりも、教室での春樹との冷戦状態がわたしにとって頭痛の種だった。

クラスメイトと親しげに話し、わたしに見向きもしないくせに、弁当はひとりで食べて誰の誘いにも応じない。

そんな春樹の些細な振る舞いにわたしを安心していた。

同時に、気を使わせているというのが申し訳なくて、もうわたしを気にしないでほしいという矛盾した思いに駆られ続ける。

春樹といる教室は、だんだんと息苦しい場所になっていった。

苦しくて、もうすぐテストもあるというのにわたしは授業をよくさぼるようになる。

 

教室の空気は、知らぬうちに毒へと変わっていた。

1月の終盤。

昇降口で靴を履き替えて帰ろうとしたわたしに、数人の女子が近付いてきた。

クラスメイトと、そうじゃない人もいる。

 

「何?」

「あの……、高瀬さん、あのうわさって、本当なの? 高瀬さんが鈴宮さんをいじめたっていう……」

 

ああそのことか。

校内でうわさは相変わらず続いていたが、直接聞きに来た人は始めただ。

緊張しながらも上目遣いで聞いて来た女子に、この時はじめて周囲の声が煩わしいと思った。

わたしと綾音が喧嘩したことで、あんたたちになんの影響がある。

仮にわたしが綾音をいじめていたとしても、それがお前たちとどう関係してくるのだ。

特別、綾音と親しい仲というわけでもないだろうに。綾音のために怒っているようにも全く見えないよ。

自分の興味を満たすために、わたしを使うな。

それならわたしも、軽い気持ちであんたたちを使ってやろうか。

 

「……いじめ、か。どうなんだろうね」

 

教室の重い空気に疲弊していたわたしには、もはや限界だった。

否定も肯定もしていないわたしの答えを、彼女たちは肯定と取った。

それが彼女たちにとって心の奥にある、望んだ答えだったのだろう。

 

「……そんな」

 

悲痛な顔をする集団を、冷めた目で見つめた。

馬鹿馬鹿しい。

わたしがここで違うといったところで、本人はいじめを認めなかったけど……なんて形でうわさが広まるだけだ。

仲間はこんなもの決して信じない。

菜月たちが校内と自分たちの温度差に、くだらないと高をくくっていることはよく知っていた。

みんなはこのいさかいに、当分は首を突っ込んでこないだろうから、ことさら都合がいい。

 

「ひどい……高瀬さんのこと、信じてたのに」

 

名前も知らない同級生が、まるで自信が被害者であるように、悲しげにを顔をゆがめる。

信じていたからなんだ。

わたしはあんたの信じた通りに動かないといけないのか。

 

「あいつらはみんな、優しいからね」

 

話題の的にされる窮屈さ。注目される息苦しさ。

うわさに翻弄される学校の全て壊してやろうと決意した瞬間だった。

目の前の女たちが悲劇のヒロインとなるのにわたしが使われて、校内がさらにぎすぎすとした過ごしにくい場になるようならば。

いっそのことはっきりとした敵意をむき出しにされたほうが何十倍もましだ。

春樹たちとも3月でお別れなら、決意が鈍る前に離れるべきだろう。

仲間にこれからの計画を悟られて、思いとどまるように説得されるのも怖かった。

教室の空気にも、もう疲れた。

思い悩むことに行き詰まり、疲労した頭は手頃で安直な道に、迷わず突き進む。

 

「優しいあいつらのことだ。わたしがそんなことしたって知っても、許してくれるよ」

 

口角を釣り上げて言ったわたしに、彼女たちは目を見開いた。

 

「……許せない」

 

彼女たちは排除すべき共通の敵を見つけたようだ。

使命感に駆られたその目があまりにも滑稽で、思わず笑ってしまう。

その態度が彼女たちにさらなる怒りを与えたのは、当然のことだった。

 

それから3日もたたず、わたしは学校中の悪となった。

 

教室にいる時は同じ室内に春樹がいるので、誰も表だってわたしに手を出さない。

でもひとたび廊下に出れば、周りの生徒が悪口を叩いてくる。

人目のない場所ですれ違った生徒から、腹にこぶしを入れられたこともあった。

そんな周囲の憎悪は、はっきり言ってどうでもよかった。

疑心や興味を満たすために遠巻きに見られていたころと違い、ここまではっきりした敵意にすがすがしさを覚えたぐらいだ。

 

だけど。

当時もうひとつ、わたしの精神を追い詰めていた存在は家の中にあった。

 

「また勉強してないの? そんなのだから兄妹の中でもひとりだけ違うって言われるのよ」

 

正月に父の実家へ行ってから、妹がわたしをなじる頻度は格段に上がっていた。

誰かの影響を受けたということはなんとなく察するけど、ここまで来るとたとえ妹であったとしてもげっそりしてしまう。

言い返して黙らせないわけでもないが、それをすると泣いて母にすがるのが目に見えている。

何度も経験してきたことだ。

 

「あんたがそんなのだとわたしも恥ずかしいの。高瀬って名乗りたいんだったらもっと必死に頑張らないと――……」

「何やってんだ、結衣の部屋のぞいて」

 

いつも家族のいない時を見計らってわたしの部屋に来る妹だが、タイミング悪く2階に上がってきた次兄に見られたようだ。

 

「……や、もう用事は済んだわ」

 

妹は逃げるように自分の部屋へと戻っていった。

取り残された次兄は、不機嫌な顔でわたしの部屋に入ってきた。

 

「ばれてないと思っているようだが、はっきり言って最近のあいつは度が過ぎる。父さんと母さんがあいつに甘いのは今に始まったことじゃないが、結衣に味方をしてくれる人も、家族にはいるだろう?」

 

淡々と話す次兄が示している該当者は、ひとりしかいないのですぐに分かった。

 

「もうすぐ入試の結衣が、あいつの嫌みに付き合い続ける必要はないはずだ。それが原因で志望校を落ちても、結局はお前の責任にしかならないんだぞ」

「……うん。そうだね」

 

めったに会話をしない次兄は、自分にも他人にも厳しい人だ。

公平な傍観者は直接わたしに手を貸すことはないけれど、たまにこうして助言をくれる。

1月の終わり、わたしは人生で2度目の家出をした。

 

 

続く


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