モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下4-3

4-3

 

次の日。学校に行くのが憂鬱で、ホームルームをさぼった。のんびりと1時間目に間に合うように登校すると、文集委員の女子はわたしじゃなくなっていた。

冷戦状態になったわたしと春樹を、クラスメイトは遠巻きに見ているだけだった。

仲の良い者と喧嘩したからといって、わたしたちは別の違うグループに入ったりはしない。

こうなったら2人してクラス内で孤立するのが常だったのだが、今回ばかりは事情が違った。

休み時間、放課後と、春樹の隣には文集委員の女子がいた。

 

「悪いな。こっちの都合で」

「ううん。わたしこういうのまとめたりするのって好きだから」

 

聞きたくないのに、席が近いせいで春樹とその子の会話が耳に入る。

 

「高瀬さんのこと、よかったら相談に乗るよ?」

 

声を潜めることもなく、ちらちらとこちらをうかがう彼女に居心地が悪くなる。

 

「いや、これは俺の問題だからな。それよりこっちの集計頼む」

「……分かったわ」

 

自分でこんな状態を作っておきながら、きっぱりと断った春樹に胸を撫で下ろした。

そんな自分に嫌気がさして、授業をさぼるために教室から出ていく。

 

それから。

何の進展もなく、わたしたちは言葉をひとことも交わさないまま冬休みを迎えた。

クリスマスや大晦日といった年末のイベントは家で過ごした。

受験生だからというのもあったが、寒くて家から出る気になれず自分の部屋に引きこもり続けた。

正月、家族は父の実家へと泊まりで出掛けたが、わたしはひとり家に残った。

親戚が集うあの場所は小さいころから苦手だった。

正月のあいさつは去年も参加していない。

わたしが父の実家に行かなくなった原因は、一昨年の正月にある。

その年の元旦、かねてから出会うたびに嫌がらせをされてきた4つ年上の従姉妹に、中庭で洗面器に入った水をぶっ掛けられたのだ。

真冬の冷水はさすがに寒い。

人目がないゆえに調子に乗っていた従姉妹は、たまたま通りかかった涼君に顔を青くした。

自分の着ていたコートをわたしに被せながら、なぜこんなことをしたのかの詰問した涼君に彼女は言った。

 

――だってその子、「高瀬」の子じゃないんだもの。

 

彼女の言葉に目の前が真っ白になったわたしと違い、涼君は冷静だった。

 

――そんな理由で人に冷水あびせられるあんたを俺は軽蔑する。

 

冷たく言い捨て、涙目の従姉妹を放置し涼君がわたしの手を引く。

泊っている部屋で次の日用に持って来た服に着替えたわたしと涼君は、両親にも告げず早々に家へ帰った。

後になって涼君から電話で事情を聞いた両親は、わたしたちを怒らなかった。

父は涼君に「よくやったと」褒めて、箱買いしたビールを渡したぐらいだ。

そんなこともあってわたしと涼君は、昨年の正月に父の実家に行くこともなく、2人で家に残った。

 

「父さんの兄貴や弟たちの嫁さんは、学歴志向の人が多いからなあ」

 

昨年、家を出る前、父はわたしにそうこぼした。

 

「それが悪いことだとは言わないが、それだけに目がくらむのも世界が狭くなっている気がしてもったいないと俺は思うんだ」

 

わたしを慰めるというよりは、自分の考えをただ伝えているだけのような口調だった。

 

「結衣は、学校は楽しいんだろう?」

 

中学2年、順風満帆だったその時のわたしは迷わず頷いた。

 

「だったら父さんはそれでいい。大丈夫、疲れる大人の付き合いに好きでもないのに参加する必要はない。留守中の食事も涼がいれば心配ないだろうしな」

 

初老の父はそう言って朗らかに笑っていた。

今年、さすがに長男が2年連続で正月行事に不参加なのはまずいと思い、涼君にはわたしに構わず行ってほしいと訴えた。

常識から外れた行いを子どもがしすぎると、今度は母が親戚の攻撃対象となってしまう。

 

「受験勉強なんていい口実があったものね。勉強なんてしないくせに」

 

家を出る前に妹に言われた。

嫌みのつもりで言ったのだろうが、実際わたしは勉強なんてする気がなかったし、妹の言葉は正解である。

家の中でだらだらするだけで元日は終わった。

1月2日の昼過ぎ、突然家の呼び鈴が鳴った。

居留守を使おうか迷ったものの、2階の窓から訪問者を確認して玄関へと走る。

 

「よう」

「明けましておめでとう」

 

訪ねてきたのは、洋人と有希だった。

寒い中、刺繍の入った奇抜なジャケットを着込む洋人と、黒いトレンチコートの有希。

今日の有希はコンタクトレンズではなく眼鏡をかけているため、より真面目に見える。

いつものことながらこの2人はかつあげする側とされる側ぐらいにギャップがありすぎる。その組み合わせがなんとも面白い。

 

「おめでとう。新年早々何やってんの?」

「初詣と、今から洋人の家で勉強見てやるんだ。新年早々でもこいつは油断すると取り返しのつかないことになるからな」

「俺を理由に正月の親戚回りをばっくれたやつが偉そうに言うんじゃねえ」

 

やれやれといった感じの有希に、すかさず洋人が言い返す。

 

「神社と洋人の家の延長線にここがあるから、いるなら渡しておこうと思って」

 

有希から手渡されたのは、白い生地に金色で合格祈願と刺繍されたお守りだった。

 

「どうせてめえは初詣なんざ行かねえんだろ」

「人が多すぎるからね」

「だったら俺と有希からで貰っとけ。言っとくが、俺の次に受験危ないのはお前だからな」

 

ぶっきらぼうに言い放つ洋人の言葉が胸に刺さる。

 

「……うん。ありがとう、大事にするよ」

 

嘘を笑って隠し、お守りを握りしめた。

 

「長引きそうなのか?」

 

主語のない有希の質問が示しているものはすぐに察した。

春樹と綾音のいさかいのことだ。

 

「どうだろうね。ちょっと分かんないや」

 

苦笑するにとどめたわたしに、有希も洋人もそれ以上追及してこなかった。

 

「そんじゃ、お前も勉強さぼんじゃねえぞ」

「ほどほどに頑張るよ。菜月の家には寄って行かないの?」

 

同じ筋の5件隣にあるのだから、ついでにいけない距離じゃない。

顔を見合わせた有希と洋人の答えは、わたしの予想通りだった。

 

「年明けから馬に蹴られるのはごめんこうむる」

「俺も有希に同じだ」

「うん。わたしも言っときながら止めがほうがいいと思った」

 

年が変わって2日目の今日、例年通りなら菜月は成見と過ごしていることだろう。

ひょっとすると2人で初詣に行って、家にはいないかもしれない。

有希と洋人が帰った後、貰ったお守りは机の引き出しの中にしまう。

見えるところにぶら下げるのは、心が苦しくなってどうしてもできなかった。

その日の夜、こたつで眠っていると涼君がひとりで帰宅した。

家族の帰りは明日の夜になるはずなので、完全に油断していたところでの登場だ。

朝から何も食べていないことを怒られて、晩御飯は涼君の手製の鍋を2人でつついた。

 

「今日の朝、母さんが台所で小耳に挟んだことを告げ口してくれたんだ。今晩俺に見合いの話を持ち出そうとする親せきがいたらしい」

「それで逃げて来たんですか」

「結婚相手ぐらい自由に選ばせろっての。優秀な血がどうのこうのって、おばさんが俺を褒めた時にはさすがに寒気がしたぞ」

 

散々愚痴りながら、涼君は鍋の後の雑炊までしっかりとたいらげた。

新学期が始まっても、わたしと春樹のこう着状態は相変わらずだった。

綾音とも、あの日以来顔を合わせていない。

3学期が1週間ほど過ぎたある日の放課後、わたしは担任に呼び出しを受ける。

職員室に行ったものの、そこから担任と一緒に誰もいない会議室へと場所は変えられた。

ふたりきりの会議室で、パイプ椅子に向かい合うように座ったわたしに、担任は言いにくそうに切り出した。

 

「高瀬は、5組の鈴宮とは友達だったな」

「……はい」

 

今ちょっとぎくしゃくしてますとは、この人に言う必要のないことだ。

 

「先日5組の先生がな、鈴宮が何人もの女子に囲まれているところを見られたんだ。すぐさま仲裁に入られて鈴宮はなんともなかったんだが……」

 

担任が口ごもる。

わたしの顔色をうかがう目には、疑いの色が滲んでいた。

 

「……その、囲んでいた女子たちに5組の先生が話を聞いたところ、そいつらは高瀬に命令されて鈴宮を呼び出したんだと言ってきたらしいんだ」

 

なるほど。真偽を確かめるための呼び出しだったか。

 

「身に覚えがありません」

 

正直に告げたところで、疑いはきっと完全には消えない。でも、他に言いようがない。

 

「……そうか、分かった。先生は高瀬を信じよう」

 

担任はわたしを完全に信じたわけじゃない。これで話を終わらせたかったんだろう。

受験を控えた自分のクラスで、問題が起きて欲しくないと思うのは当然のことだ。

 

くすぶった火は鎮火されないまま、別の場所で新しく燃え広がる。

担任の呼び出しを受けた日を境に、中学全体のわたしを見る目が変わった。

ひそひそ話に、疑いと好奇の視線。

保身に走ってわたしの名前を出した女子たちが、どうやら生徒内にも嘘の言い訳を広げたようだった。

 

 

続く


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