モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下4-2

4-2

 

泣きながらも、綾音は笑う。

 

「人として、友達として、結衣のことはとても好きよ。春樹と2人でいろいろ画策している楽しそうな姿も、とても好きなの。それなのに、わたしは2人が一緒にいるところを見ていると、いつからか醜い感情を抱くようになってしまったの」

「……醜い?」

 

綾音が? 本当に?

 

「こんなの、ただの八つ当たりだって分かってるわ。結衣は昔から何も変わってない。変わったのは、わたしの内側よ。どうして春樹の恋人はわたしなのかって、そんな周りの言葉にいちいち反応して。所詮は家柄かって言われても、何も言い返せなくて。そんなこと気にしなくていいって自分に言い聞かせても全く割り切れない。そうしているうちに、どす黒い感情がどんどん頭の中を埋め尽くしていくの」

 

なんて、綾音に言えばいいんだろう。それは杞憂だなんて、わたしには断言できるのか?

わたしは側にいるのが当り前な春樹のことを、今までどう思ってきた――?

 

「結衣に、わたしの気持ちなんて分からないわよ!」

 

悲痛に叫ぶ綾音に対して、わたしは否定も反論もできなかった。

わたしたちの間を冷たい風が通り抜ける。

 

「わたしがこんな女だってことは、春樹に言ってもらっても構わないわ。わたしなんて振られて当然だもの。……でも、さっきの人たちのことはお願いだから黙っておいて。これ以上、おかしな心配はかけたくないの」

 

動けないわたしを置いて、綾音はそこからいなくなった。

ひとりになって、忘れていた寒さがぶり返してくる。

グラウンドから聞こえてくる掛け声が揺らいだ思考を現実へと引き戻す。

これじゃあ駄目だ。このままじゃいけない。

手に持っていた紙の束は風になびいておかしな折り目ができていた。

丸めるように持ち直して、春樹の待つ教室へ急ぐ。

 

「おせえ。どこで道草食ってた」

 

3年2組の教室は春樹しか残っていない。

わたしが教室に入るなり悪態をついた春樹だが、いつものように言い返す余裕なんてなかった。

 

「……何がった?」

 

席に座る春樹がこちらの異常を察して、怪訝そうに問い詰めてきた。

わたしは春樹の傍まで足を進め、口を開く。

 

「文集委員、女子はわたしじゃないほうがいい」

「ああ?」

「わたしたち、距離を置くべきだ」

「……どういう意味だ」

 

春樹の機嫌は急降下していくが、そんなことに気を使ってはいられない。

 

「生徒会が終わったところで、わたしとあんたは同じクラス。さらには文集委員なんて役職を一緒にしてると、周囲がおかしな勘ぐりをする」

「はっ、そんなもん今さらだろ。必要があるからこうやって放課後残ってんだろうが。俺もお前も」

「文集のまとめ役なんてわたしじゃなくてもできるだろ」

 

鼻で笑う春樹にいらいらが募る。言いたいことは微塵も伝わっていない。

 

「お前はいつから周りの目を気にするようになった。そんなもん勝手に言わせときゃいいだろうが」

「わたしやあんたが平気だったとしても、綾音はそうじゃない」

 

恋人の名前に春樹は眉をひそめた。

 

「……綾音は、気にしてる。わまりの声を気にする綾音に、あんたは失望するのか?」

「そんなわけねえだろ。だからと言ってお前が離れてそれで解決か? くっだらねえ考え方しやがって」

 

人が真剣に訴えていることをくだらない、だと?

頭に血が上る。お前の考えのほうがよっぽど浅はかだろう。

 

「わたしは平気、あんたも気にすることじゃない。だから綾音も我慢しろってのは違うだろ! お前はいつから綾音にそれを強要する人間になったんだ!」

「だからといってお前が離れていくのは明らかにおかしいだろうが!」

「それを言うなら他にどんな方法があるのか言ってみろ!」

 

白熱した言い争いは一度停止して、お互いに睨み合う。

 

「したくないものは嫌だ嫌だと拒否して、欲しいものにだけがっつく。対処方法も考えずに自分の欲ばかり押し付けて、お前は分別のつかない子どもか」

 

冷やかに言うと、春樹は睨んできた目をそらした。

これが正しい道だと決めつけて、押し通そうとしているわたしも人のことを言えたものじゃない。

分かっていても、綾音から不安を取り除くための何かしらの変化が欲しかった。

 

「……お前に分かるわけがないか」

 

ひとり言のような春樹のつぶやきは、わたしにもちゃんと聞こえていた。

抑え込めていたはずの感情が溢れだす。

やるせなさ、怒り、悲しみ。

ぐちゃぐちゃになった心は、棘のついた言葉しか生み出してくれない。

 

「当たり前だ。わたしは春樹でも綾音でもないんだから」

 

綾音の悩みに気付けない、春樹の望みをかなえることもできない鈍感で自己中心的な高瀬結衣という使い捨ての便利道具だ。

 

「今になって何を言い出す。何年もずっと、そういう人間だって分かっていて、あんたはわたしを使ってたんだろ?」

「……少し黙れ」

「なにそれ? わたしから言葉をとったら何が残るの? 道具は道具らしく必要な時に動いていればそれで満足か?」

 

春樹の顔が微かにゆがんだものの言い返しては来なかった。

そこからは妥協案が出ることもなく、長い時間睨み合いが続いた。

やがて空が暗くなり、最終下校10分前のチャイムが校舎に響く。

チャイムの余韻が教室に残る中、額に手を当てた春樹が大きく息を吐き出した。

 

「……もういい」

 

カバンを持って立ち上がった春樹は、わたしの手からアンケート用紙の束を奪い取った。

それを教卓に叩きつけるように置いて、さっさと教室から出ていく。

また明日のない別れ。

喧嘩した時はいつもそうだ。

残されたわたしは自分のカバンを持って、職員室に向かった。

このままじゃいけない。

たとえ喧嘩に決着がついたとしても、もしも進学先でまたわたしと春樹が同じクラスになって、綾音が離れたら……。

可能性はゼロじゃない。

同じことを2度も繰り返してなるものか。

不安の芽は、今のうちに完全に摘み取らなければ。

放課後の職員室。

帰路に付こうとしていた担任を呼び止めて、わたしは必死に説得する。

そして、居合わせた柳先生の助言もあって、、わたしはその日のうちに志望校を変更した。

 

 

続く


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