モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下3-4

3-4

 

凍牙はマヤに席を譲って、自分は調理場から持って来た丸椅子に座った。

 

「そのメールっていつ来たの?」

「一昨日だけど……。何かあったの?」

 

つまり一昨日よりも前から柳さんは、既に旅行の計画をしていたということだ。

店を閉めての海外旅行なんだから、当然と言えば当然か。

そしてマヤもこのことを知っていて、わたしひとりがまんまと柳さんの術中にはまっていたのか。

今朝の柳さんを思い返してしまい怒りがぶり返してきた。

 

「結衣、どうしたの?」

「遊ばれたことに立腹しているだけだ。気にするな」

「……誰に?」

「前にマヤを口説いていた人だよ」

 

愚痴ついでに、マヤについさっき起こった柳さんとの一件を説明する。

話が進むにつれて、マヤの顔はみるみる引きつっていった。

 

「……ユーモアにあふれた人みたいね」

「そんな優しい評価しなくていいよ。あんなもの人を困らせて喜ぶ迷惑人間で充分だ」

 

さすがにそれはどうかとと言いたげに、マヤは肯定せずに苦笑いでごまかした。

 

「なんにせよ、元気そうで安心したわ。3日前にアークに運ばれてきた時は本当に驚いたのよ」

「知ってるんだ」

 

三國翔吾が教えたのか。

マヤの憂いになることをあの男が進んで話すとは驚きだったが、次のマヤの言葉で予想がとんだ見当違いのものだったと知る。

 

「たまたまわたしもその日はアークにいたから。鈴宮さんも、すごく心配してたわよ」

 

……鈴宮? って、まさか……。

 

「鈴宮、……鈴宮綾音のこと?」

「ええ、櫻庭先輩が結衣のお友達だって教えてくれた人よ」

 

待て待て待て。なぜマヤの口から彼女の名前が出てくる。

 

「どうして綾音が、というか櫻庭先輩と綾音が繋がっているってどういうことなのさ!?」

 

思わず凍牙に叫んだ。

 

「俺に聞くな。こっちだって初耳だ」

 

顔をしかめる凍牙はあえて黙っていたというわけではないようだった。

凍牙すら知らなかった。というよりも、櫻庭先輩が意図的に教えなかった可能性が大きい。

成見がモノトーンとして接触するより前に、綾音が皇龍に会いに行っていた、だと?

春樹はそれを知っているのか。

危険を承知で綾音を動かしたのか。

それは誰かが付き添ってのことか? いや、ならば同行したやつが皇龍と対応すればいいのだから、綾音の役目は必要なくなる。

彼女はきっと単独だった。モノトーンとの関係を断っていると見せかけ、周囲の目を欺いて。

危険を顧みず、皇龍と接触した。

 

そういうことは本来――。

 

苦く重いものが、胃の中に落ちた気がした。

Tシャツの襟元を掴んで、歯を食いしばる。

わたしは今、ものすごく嫌な感情を吐き出そうとしなかったか……?

 

「鈴宮が皇龍と何を話していたかは知っているのか?」

「そこまでは。彼女がアークから出ていく間際に少し会っただけだから」

 

マヤの言葉を最後に、店には気まずい沈黙が落ちた。

視線からして、凍牙はわたしが切り出すのを待っている。

いい加減腹をくくれと言いたいのだろう。

マヤは居心地が悪そうに、わたしと凍牙を交互に見比べていた。

春樹と綾音とわたしの関係について、自分で考えを巡らせているだけでは埒が明かない。

考えても考えても空回りを繰り返す思考では、いつまでたっても答えは出ないだろう。

 

――分からない。

 

柳さんの言うとおり、それも確かに答えのひとつだ。

だけど考えることへの放棄と紙一重のその答えを仲間に向けるのはまだ早い。

逃げたくない。仲間とは対等でありたい。わたしはまだ、そのための手段を尽くしきっていない。

 

「……話、聞いてもらっていいかな」

 

情けないほど小さな声しか出なかった。

マヤはいきなりのことに何度か瞬きを繰り返したが、やがてゆっくりと深く頷いてくれた。

 

「わたしでよければいくらでも」

 

ようやくマヤとの距離が、少しだけでも縮められる。

顔をほころばせるマヤに、そんな気がした。

 

自分の恥をさらすのは勇気がいる。

そしてあの冬の失敗を伝えるには、前提としてさらに過去をさかのぼらなければいけない。

 

「先に言っておく。わたしと凍牙は、中学が同じだ」

 

言いながら、これすらもマヤには伝えてなかったのだと思い知らされた。

 

「中学2年は同じクラスだった。わたしたちは、その時から面識があった」

「……そう」

 

マヤに驚いた様子はなかった。

ひょっとすると皇龍の誰かがすでに教えていたのかもしれない。

 

「この間、マヤが会った鈴宮綾音と、モノトーンの武藤春樹たちとは小学校からの付き合いがある」

 

モノトーンというチームについてはマヤもある程度の知識があったのだろう。

息を飲んでわたしを見つめるマヤに苦笑して続けた。

 

「春樹と綾音は恋人同士。わたしと綾音は友達で、春樹とわたしは……、友人の中でも相棒とか片腕とか、そんなふうに言える仲だった」

 

改めて考えると、ものの見事な三角関係だったわけだ。

 

「補足しておくと、鈴宮と武藤が付き合う前から、結衣と武藤の関係性は出来上がっていた。だからここまでことがこじれてしまったんだろうけどな」

 

口を挟んだ凍牙はわたしへと告げる。

 

「時系列の説明をはしょると後々混乱するぞ」

「そこからいくと果てがなくなるだろ」

 

1から100まで話していると、とても1日では話しきれない。

 

「なにも真夏のブリザードからこっち、お前らがやらかしたことを全て話す必要はないだろ。三國さんと津月のような、出来上がった関係の中にお前が入り込んだものとは事情が違うと言ってるんだ」

「……何かものすごく矛盾した言葉を水口君が言った気がするのだけど」

 

そこに食いつくか。

 

「真夏のブリザードは、まあ、小学3年の時にあったわたしと武藤春樹の大喧嘩のことだよ」

 

マヤが無言で凍牙に詳しい補足を求める。

わたしの説明は端的すぎるらしい。

 

「後に学校中を巻き込む大騒動に発展した、周囲総無視の武藤と結衣の衝突だ。険悪だったこいつらがある日突然なんの前触れもなくタッグを組むものだから、周りの混乱は計り知れなかった。はっきり言って、遠いクラスにいた俺ですらもいい迷惑だった」

「……昔からそんなことしてたの?」

「詳しいことは割愛させて。話が進まない。とにかくあの喧嘩以来、春樹とわたしはよくつるむようになったんだ」

 

そこから、幼馴染の菜月。菜月にくっついてきた成見。

洋人に有希、そして綾音と、わたしたちの輪は自然に広がっていった。

 

「中学に入った後しばらくして、春樹と綾音が付き合いだした。付き合う寸前の2人は傍から見ていてものすごくじれったくって、早期解決のためわたしも綾音の背中を押した」

 

2人が恋人になったからといって、わたしたちの中で大きく何かが変わったわけではない。

春樹とは相変わらず馬鹿なことをやらかしていたし、綾音のスキンシップも前と同じで激しいままだった。

菜月と綾音、それぞれの惚気話に付き合うことも度々あった。

今から思えばひょっとすると、この時すでに小さな亀裂は出来ていたのかもしれないけど。

 

「中学2年になって、仲間内はみんな同じクラスに編成された。凍牙もその時のクラスメイトで、担任は静さんの旦那さん」

「何が起こればそんなクラスが出来上がるのかしら……」

「さあね。柳さんを失脚させたい誰かが権力を使ったんじゃないの?」

 

適当に言ってみたが、これは十分あり得ることだな。

思えば2年のあのクラスは、わけありといえる生徒が過半数を占めていた。

教職1年目の者に任せるのはいささか無理があった気がしないでもない。

結果として柳さんという鬼に、問題児という金棒を与えただけに終わってしまったようだが。

 

「2年の10月には春樹が生徒会長に就任して、綾音とわたしも生徒会のメンバーに組み込まれた」

 

わたしが生徒会入りしたのは、柳さんと春樹が手を組んで裏でいろいろとしてくれたせいだ。

もともとうちの中学の生徒会に「庶務」なんて役職はなかった。

生徒会長の指名で生徒会庶務は採用されるように校則を急遽改正され、知らぬうちにそんな役を押し付けられていたわたしはそりゃあ怒った。

実験的な試みでひとまず庶務の役職は今期限りに止める、という決まりまで作ったのだから始末に負えない。

これは表に立つことを嫌がって生徒会入りを拒否したわたしに対し、春樹の取った強硬手段だった。

正式な生徒会が発足するまで、仲間内全員がこのことを知りながらもわたしに何も言わなかったと知った時にはさすがにすねた。

文句を言ってごねたりはしたが、いざ入った生徒会は真面目に働いたつもりだ。

 

「生徒会は活発に動いたよ。校則も昔からある現在では意味の成さないものは撤廃して、規則も大分緩くなった。保守的な教師にはあまり良く思われなかったけど、味方になってくれる先生も結構いたからね」

 

最初は腰が重かったけど、やりがいはあった。

全校集会などで人前に立つ役目は、春樹がしなくていいと言ってくれたのもわたしの気を楽にした一因だ。

雑用やパシリ、生徒指導の教員から何が何でも許諾をもぎ取れという春樹の無理難題も、頭は痛いが楽しかった。

 

「3年になって、みんなとクラスは別々になった。わたしと春樹は同じクラスだったけど。綾音は、仲間の誰とも一緒のクラスにならなかった」

 

周囲の変化という意味では、そこから綾音への風当たりは強くなっていったのだろう。

綾音は何も言わなかったし、わたしたちも彼女の周りの異変に気付いてやることができなかった。

悔やんでも、時間は戻れない。

綾音は中学3年の1年間、どんな思いをしながらあの教室で過ごしたのだろう。

 

 

続く


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