モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下3-3

3-3

 

「ガウディって知ってる?」

「スペインの建築家のことか?」

「……なんとかファミリアは?」

 

少し考えた後、凍牙は口を開いた。

 

「サグラダ・ファミリアならガウディの代表作のひとつだ」

「それ、吉澤先生のテストに出るかもしれないから」

「数学でそんな知識、どうやって出題させる気だ?」

「知らないよ」

 

カウンターに伏せった体勢で、顔だけを3つ左の席にいる凍牙に向ける。

日中の蒸し暑さから外へ出ることが億劫になり、なんだかんだ言いながらもわたしと凍牙は柳さんの店に居座り続けていた。

人と話していると、気が紛れる。

言ってしまえば、わたしはこうやって自分から逃げているんだろう。

 

「凍牙はさ、恋愛とかしたことあるの?」

 

何かの参考になればと思って聞いてみる。

しばらく前を見て記憶を振り返った凍牙は、難しい顔をした。

 

「未就学児の時にあったかもしれないな」

 

それだけさかのぼっても確定できる恋愛経験がないなんて、あんたわたしといい勝負だよ。

 

「それってわたしの参考になると思う?」

「やめとけ。おぼろげな記憶だが、別の男に横取りされて終わったような気がしないでもない」

 

凍牙にそんな過去があったとは意外だ。

 

「俺なんかよりもよっぽど参考物件になり得て、なおかつ相談に乗ってくれそうなやつが身近にいるんじゃないのか。津月とはもう浅い関係というわけでもないだろう」

「それはそうだけど」

 

わたしが弱みを見せたところで、マヤは迷惑だとは言わないはずだ。

面白がって、誰かに吹聴するような人でもない。

そんなことは、とっくに分かりきっている。

慕っていた「好き」から恋の「好き」に変わる瞬間。幼馴染から恋人へと移った関係。

それらがマヤの中で数年越しに推移してきたなら、色恋沙汰に関してはわたしより遥かに経験者である。

嫉妬や好奇を含んだ周り反応とも、ずっと戦ってきたはずだ。

恋愛に関してマヤの言葉は、わたしの理屈よりもはるかに重みがある。

経験に勝るものなんて何もないのだから。

 

「会いたい、とは思うよ」

 

自分ひとりで考えるより、人に話すほうが思考の整理もつく。

今まで散々何も自分のことを言おうとしなかったのに、困っているから助けろだなんてマヤにとってはいい迷惑かもしれない。

 

「俺が思うに」

 

前置きしつつ凍牙は天井を仰いだ。

 

「あからさまに悩んで落ち込んでいるところを見せつけながら、気にしないでほしいの一点張りで何も話そうとしないというのは」

 

一息おいて、言葉のナイフでわたしの心を容赦なく突き刺す。

 

「かなりいらつくぞ。だったら最初から沈んだところを見せるな。もしくは愚痴でもいいから事情を話しやがれと言いたくなる。いらないプライドが邪魔して向き合えず、口実重ねて逃げ回ってるのはお前のほうなんだろ」

「あー……、否定できない」

 

何も言ってもらえないのは、辛い。

マヤはわたしに「話したい時」が来るのを待っていてくれている。

手探りでしか測れない2人の距離で、あえて一定の間隔を保とうとしているのはわたしだ。

 

「会いたいな」

 

今なら言える。ちゃんと、自分のことを打ち明けられる。

一度決意がつくと、無性に彼女と会いたくなってしまう。

カプリスが休業中の今、マヤがわたしに会いに来ることはない。

そもそも相談はわたしがしたいのだから、こちらから行くのが筋だろう。

マヤに会うためには、アークに行って三國翔吾に取り次いでもらうのが一番早いか。

三國翔吾は許諾してくれるのかな。

……どうして会いたいのかから根掘り葉掘り聞かれそうで、考えただけで一気に腰が重くなる。

 

「櫻庭さん、三國さん経由の津月着でなら伝言できるぞ」

「どんな連絡網だよ。櫻庭先輩通すならマヤの彼氏さんに直訴するほうがはるかにましだ」

「まあそれが妥当だな」

 

仕方がない。

その気になっているうちに行動しようとカウンター席から立ち上がるのと同時に、小さく戸を叩く音が耳に入る。次いで、店のドアがゆっくりと開いた。

間違えてお客さんが入ってきたのか。

店主の都合でしばらく休業することを伝えようとして、口を開いたままわたしは固まった。

恐る恐る、店内をうかがうように外から顔を出したのは、今まで話題に上っていたマヤだった。

 

「神がかったタイミングだな」

 

本当に。さすがにこれは出来すぎだ。

 

「どこかで誰かが秘密裏に動いたとしか思えないね」

 

誰かさんの思惑を勘ぐらずにはいられない。

 

「有力候補はあの夫婦か」

「それより他にいないだろ」

「……なんのことかしら?」

 

こっちの話に置いてけぼりをくらっているマヤを手招きで店の中に誘う。

 

「よくここが分かったね」

「静さんがメールで教えてくれたの。しばらく旅行に行くから結衣のバイトはお休みになるし、その間はここに来れば会えるって。地図も添付してくれたわ。少し分かりづらくて、本当にここでいいのか不安になったけど」

 

いつの間に連絡を取り合う仲になったんだ、マヤと静さんは。

 

「今日の午前中を過ぎたら、会うのにはタイミングが必要になるって旦那さんが言っておられたみたいで、だからひとまずここに……」

 

凍牙が同情丸出しの目でわたしを見て来た。

 

「お前、完全なまでに操られたな」

「なんとかしてあの人出し抜けないか。嬉しいはずなのに素直に喜べないよこの状況」

 

ぎゃふんと言わせるまでいかなくていいから、驚かせるすべはないものか。

いつかは焦ったあの人の顔を見てみたい。

 

「吉澤先生に協力頼んで結婚式場で強制的に式でも挙げさせるか」

「スポンサーが揃えばぜひともやりたいね」

 

当日までは内緒で、会場に強制連行してのどっきりぐらいしてもばちは当たらないだろう。

 

続く


BACK  TOP  NEXT

Loadingこのページに「しおり」をはさむ