モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下3-2

3-2

 

荷物を積み終えた吉澤先生は、勢いを付けてトランクを閉めた。

後部座席のドアを開けて、さっさと運転席に乗り込む。

 

「お土産たくさん買ってくるわね」

「……お気お付けて。楽しんできて下さい」

 

ここまで来るともうこれしか言えない。

静さんの邪気のない笑顔にはつい気持ちが緩んでしまう。

 

「結衣ちゃんも、あんまり無理しちゃだめよ」

 

少しかがんで目を合わせた静さんはそれだけ言って、吉澤先生の車に乗った。

 

「高瀬」

 

柳さんに呼ばれて顔を上げる。

 

「分かりませんってのも、答えのひとつだと先生は思うぞ」

 

わたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわし、最後はその手で額を小突かれた。

 

「分からないから、先にお前らの答えを教えろ。そっからまた考えるってのを、あいつらは許してくれないのか?」

 

確信があって柳さんはそれを言っている。

わたしは首を横に振るしかなかった。

 

「答えが出なくても、根底にあるものは変わらないんだろ? 俺らが帰ってくるまでにはあらかた片付くといいな」

 

わたしの返事を待たず、柳さんは車中の人となる。

 

「さあ行くぞ、ヨッシー! サグラダ・ファミリアが俺を待っている!」

 

全開にされた歩道側の窓から、静さんが手を振ってくるのが見えた。

助手席の窓が下に降りて、吉澤先生が顔を出す。

 

「少しは俺の苦労を悟りやがれ」

「……もう十分悟ってますよ」

 

結婚を3年も報告されなかった吉澤先生の気持ちが今更ながら少しだけ分かった。

付き合いが長いだけに、心労はわたしの予想する以上に感じているのだろう。

エンジンのかかった車が遠ざかってゆく。

先の交差点で曲がり、完全に見えなくなるまでわたしはその場に立ち尽くした。

さて、と。

見送りを終えて、人の気配がないカプリスを眺めてみる。

いきなりのことであっけにとられて忘れていた怒りが、ふつふつと沸き上がるのは仕方のないことだと思う。

本当ならば、朝の開店準備のため忙しく動き回っていたはずなのに、想定外に空いてしまった、この時間をどうするべきか。

今後の予定を考える前にわたしの足は動いていた。

結果からさかのぼれば、昨日だけでもおかしな点はいくつもあった。

保存のきかない店の食材を使い切って、わたしに数日分の食事を渡してくれた静さん。

吉澤先生の含みのある言葉。

そして……。

額の汗を拭いながら早足でたどり着いたのは雨知らず――柳さんの喫茶店だ。

 

――明日、柳さんの店に来い。

 

凍牙の言葉に時間指定がなかった理由もそこにあるのだとしたら。

「close」のプレートがかかるドア。

意を決してドアノブを回すと、店主が海外に行ったというのに鍵は開いていた。

 

「……お前もグルか」

 

営業していない喫茶店のカウンターに座る凍牙が、やっと来たかと言わんばかりの視線をよこす。

どうやらこの一件にわたしの味方はひとりもいないようだ。

 

「俺は自分が可愛いんだ」

 

偶然にも吉澤先生と同じ言い訳をしてきた凍牙は、振り返ってわたしを見た。

 

「この店、あの人が旅行中は好きに使っていいらしいぞ」

「何に使えってのさ。逆に持て余すよ」

「同感だ。鍵、いるか? 今回はお前持ちでも問題ないだろう」

「頼まれたって受け取らないからなそんなもの」

 

オチから見れば、伏線になるであろう周囲の言動は確かにいくつかあった。

でもそれは物事が起こってから、はじめて振り返ってみて認識できる程度のものだ。

その時分、現場に身を投じている時は違和感があったとしても、全てが繋がっていたことに気付けない。

何も知らず思惑通りに道を突き進むわたしを観察するのは、さぞかし楽しかったことだろう。

はっきり言う。

こんな予兆だけで推理できるか!

 

続く


BACK  TOP  NEXT

Loadingこのページに「しおり」をはさむ