モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下3-1

3-1

 

 

陰鬱な夜は眠りが浅く、起床時のだるさが体に堪える。

わたしが悩んで立ち止まっていたとしても、時間というものは人類みな平等に過ぎていくものだから。うだうだしていても、バイトまでの時間が延びるわけがない。

重い体を動かし支度を整えマンションを出て、バイト先のカプリスへ。

店ではいつもと変わらず静さんが先に出勤していて、開店の準備をしているかと思いきや、今日のところは事情が違った。

カプリスに到着すると、なぜか店の前に柳さんと静さんの姿があったのだ。

静さんはカプリスにいるときには見たことのない、紺のロングスカートをはいている。

トップスもシャツではなくラフなカットソーだった。

察するところ、完全に私服だ。

極めつけに、静さんと柳さんのすぐ横には大きなスーツケースが2つ揃えて置かれていた。

 

「おはようございます」

 

ひとまずあいさつを交わして、あまりいい予感はしないが切り出してみる。

 

「朝っぱらから、何をしているんですか?」

「おはよう高瀬。よくぞ聞いてくれた」

 

テンションの高い柳さんが、してやったりという顔でにやりとひとの悪い笑みを浮かべてきた。

 

「いやー入籍してから3年越しにようやくヨッシーにも結婚報告ができたこととだしなあ。いっちょここらで新婚旅行と思ってな」

「盆明けのこのタイミングでですか。というよりも、3年もたっていたら新婚付けずに普通の旅行でいいでしょう」

 

これが結婚して初めての旅行というわけでもあるまい。

中学2年の夏休み明け、登校したら教室に北海道の木彫り熊が教卓に置かれていたのを記憶している。

生徒に向けてのお土産だって、この人は確かに言っていた。

いや、違う。わたしが指摘しなければならないのはそこじゃない。

 

「まあ、新婚旅行ってのは建前だな。ちょっと急にガウディ先生の心を感じてみたくなったんだ」

「……誰ですか?」

「あれ、お前ガウディ知らないか。これはいいことを聞いた。今度ヨッシーのテストで出してもらわなければ」

「吉澤先生の教科は数学ですけど、そこで出題できる人物なんでしょうね」

 

駄目だ。柳さんのペースに流されてしまっている。

早く本題に切り替えないと。

 

「そもそもどこに何日間行ってくる予定なんですか?」

「そりゃあガウディ先生と言ったらスペイン近郊、他にヨーロッパをふらりと10日間ほど」

「いつから?」

「今から」

「……わたし、全く聞いてないんですけど」

 

そうだ、真っ先にこれを言いたかったんだ。

どう考えても静さんも一緒に行くのだろうし、旅行中のわたしのバイトはどうなる。

 

「ま、言ってなかったから知らなくて当然だな」

「なんで黙ってたんですかそんな重要なこと!?」

 

詰め寄ると、柳さんは手で前髪をかき上げてポーズを決めてきた。

 

「なんでと言われると、これしかない。高瀬のその顔が見たかったから」

「あんたほんとたちが悪いな!」

 

いたずらが首尾よくいって、柳さんは満足そうにケタケタと笑っていた。

 

「静さん!」

 

どれだけ柳さんを叱責しても糠に釘なのは分かりきっているので、訴える人物を変更する。

店の食材を空にしなければならない理由はここにあったのか。

昨日の行動からして、柳さんの旅行計画は事前に知らされていたはずだ。ひとこと教えてくれたらいいのに。

 

「ごめんなさい。虎晴くんがあまりにも楽しそうだったから」

 

苦笑する静さんに思い知らされる。

そうだった。この人は根本的に柳さんの味方だ。

 

「バイトのほうは心配しないで。わたしたちの勝手な都合だし、旅行中は有給休暇ってことにしておくわ」

「勤続一ヶ月のアルバイトに10日間も有休を発生させる好待遇な仕事なんて、聞いたことありませんよ」

「ふふっ、結衣ちゃんは真面目さんねえ」

 

いや、そんなひとことで済ませようとしないでよ静さん。

思わぬ事態に頭を抱えたい衝動を必死に抑えていると、歩道に白い乗用車が横付けされた。

見覚えがある。吉澤先生の車だ。

 

「よお、遅かったか」

「いいやヨッシー、時間通りだよ」

 

運転席から出て来た吉澤先生は車のトランクを開け、静さんから受け取ったスーツケースを積み出した。

あまりにも動きが自然すぎる。事前に打ち合わせがあったとしか思えない。

 

「吉澤先生もご一緒されるんですか?」

「新婚旅行に他人が付いて行くわけねえだろ。俺は空港までの送り要員だ」

 

吉澤先生を足につかえるのは、柳さんぐらいのものだろう。

 

「先生昨日の段階ですでに旅行のことは知ってたでしょう」

 

そりゃあわたしが柳さんに遊ばれていると知ったらため息ぐらい付きたくなるよね。

 

「あいにく俺は自分がかわいい。下手にばらして柳に根に持たれるのだけはごめんだ」

「そこは大いに賛同しますけど、教え子を生贄にしますか普通」

「その点に関してはお前自体が普通と程遠いから問題ないとした」

 

教師の発言かこれは。

 

 

続く


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