モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下2-5

2-5

 

 

追及がないのが逆に不気味で、安心できない。

 

「さてと、そろそろ皇龍の本拠地に乗り込もうか。悪いけど凍牙、案内よろしく」

 

成見の軽い口調に、凍牙はため息を付きながらも立ち上がった。

 

「弱みでも握られたか?」

 

あまりにも凍牙が成見の言いなり過ぎて思わず聞いてしまった。

 

「こいつの厄介なしつこさを知りながらお前はそれを言うか?」

「そうだね。頼みごとのひとつやふたつは、素直に聞いておいたほうが後々おかしなことにならないよね」

 

どうやら弱みを握られたのではなく、単に諦めているだけのようだ。

 

「こいつと連絡先を交換してしまったことが、俺にとって中学時代の最大の失敗だ」

「心外だなあ。さすがに傷つくよ」

 

そう言いながらも成見は心の底から楽しそうだった。

 

「お前、どっかのチームの所属か?」

 

鋭い視線を成見に向け、吉澤先生が問いかける。

威圧感をものともせず、成見は笑って答えた。

 

「モノトーンですよ」

「………ああ」

 

わたしと成見を見比べて、吉澤先生は納得したようだった。

 

「皇龍に行くなら早いうちにしとけ。夕方からアークでは祭りがある」

「祭り、ですか?」

 

季節的に夏祭りだろうか。

屋内でするのだったら、ひょっとするとクラブのイベント的なものなのかもしれない。

 

「久しぶりに柳が張り切っていたからな。かなりの規模になるぞ。どんちゃん騒ぎに巻き込まれたくなかったら用事は午前中に済ませろ」

「そうします」

 

成見はお代はいらないという静さんをやんわりと断り、凍牙と自分の分のお金を払って店の外に出る。

 

「不安因子はちゃんと取り払うよ。そんなものに結衣が気をやる必要なんてどこにもないから、気がねなく答えを見つけなよ」

 

見送りに出たわたしに、成見が言った。

 

「明日、柳さんの店に来い」

 

最後に凍牙がそう告げて、2人はアークに向けて歩いて行った。

冷房のきいた店に入ってから、凍牙の言った言葉に時間が指定されていなかったことに気がついた。

まあ、明日もバイトがあることだし。

終わってからしか行けないことは凍牙も把握しているだろう。

静さんと話しこんでいた吉澤先生は、わたしが戻ったときにはすでに帰り支度が終わっていた。

 

「祭りは皇龍所属者以外は参加できない。間違っても今晩アークに来るんじゃねえぞ」

「言われなくても行きませんよ」

 

はっき伝えると、無言で吉澤先生は無表情でわたしを見下ろしてくる。

 

「なんですか?」

「……お前見てるとため息をつきたくなるな」

「訳が分かりません」

 

それは自分の生徒に言っていいことなのか。

 

「いずれ分かるようになるだろ。まあ頑張れや」

 

まさか吉澤先生に励まされる日が来るとは思ってもみなかった。

それにしても含みのある言い方だ。

皇龍か、ひょっとして柳さんがらみで何かあるのか。

吉澤先生は静さんとあいさつを交わし、あっさりとカプリスを後にした。

 

その後、わたしはようやくカプリスの仕事につくことができた。

バックルームで伝票とパソコン内のデータに違いがないかをチェックする。

日付と店名の入ったはんこを伝票に押して、それぞれのファイルにとじていった。

それが済んだら無理のない程度で、店に出て接客を手伝う。

土曜日といえど昼間にはお客さんの来店もそれなりにある。

オーダーは伺ったものを覚えてカウンターでメモし、静さんに渡した。

慣れてくれば左手でトレーを持って料理を運ぶこともできた。

右手は少し添えるだけで両手を使っているようにも見せられたし、ぎこちなさは大目に見てもらうとする。

昼のピークを過ぎると、静さんは賄いにサンドウィッチを作ってくれた。

14時にさしかかろうとする店内で、カウンターに座って昼ご飯をとる。

2組いたお客さんの対応は静さんが調理と一緒に担当した。

食事が済むころには店内も落ち着いたので、その後はバックルームで夏休みの宿題に励んだ。

 

夕方になり、閉店作業の手伝いに店へ行く。

お客さんはいなかったが、静さんはキッチンで料理を作っていた。

一応決められているラストオーダーの時間。

新たに来店する人もなさそうなので、店のドアに鍵を閉めて少し早いが閉店となった。

レジの精算を先にこなし、悪戦苦闘しながらも店内の掃除を済ませる。

全ての仕事が終わって店から出ようとした時、静さんは大きな保冷バッグをわたしにさし出した。

受け取ったはいいが、かなりの重量だ。

 

「これは?」

「余り物でいろいろ作ったの。作り置きのできるものばかりだから、冷凍庫に入れておけばいいわ」

 

保冷バッグのファスナーを開けてみると、隙間なく無数のプラスチック製容器が敷き詰められていた。

 

「その手じゃお料理も出来ないでしょう」

「そうかもしれませんが、さすがにこれは」

「受け取ってほしいの。 ちょうど店の食材を空っぽにしたかったし、捨てるなんてもったいなくてできなかったから」

 

結局、成見のように角を立てずに遠慮するすべを知らないわたしは、静さんに押されてありがたく料理たちを受け取ってしまった。

今度違う形で何かしらのお礼はしようと心に決める。

実際片手の料理は予想以上に困難の連続で、昨日の夜は途中で挫折して何も食べていなかった。

静さんの好意は素直に嬉しいし、とても助かる。だけどここまでしてもらうと、悪い気もしてしまう。

重たい保冷バッグを肩にかけてマンションに帰る。途中、心の中はずっともやもやしていた。

それはなんの前触れもなく不意打ちで成見が来訪したことによるものなのか。

静さんの優しさに甘えすぎている自分を戒めようとして来るものなのか、わたしには判断が付かなかった。

この腑に落ちない感覚の正体はなんだ。

確かな言葉にできるほどの根拠はない。だけど、今日一日の流れを思い返してみると、何かがしっくりこないのだ。

普段起こらない出来事が頻発したから、無意識のうちに物事に過敏になっているだけなのか。それとも。

考えても埒があかない。

なのでマンションに付いたころには、思考はは仲間のことに切り替えた。

 

夜になって本日すべき家事を終えた。手持ち無沙汰になると、いろいろなことが頭の中を駆け巡る。

わたしは綾音と春樹と昔のような関係に戻りたかった。

だけど、きっとそれは願ってはいけないことだ。

昔――綾音が我慢して、わたしがそれに気付けない状態なんて二度とあってはいけない。

だったらどうすればいい。

わたしは、春樹が好きなのか?

側にいたいとは思っている。役に立つのが楽しくて、生きがいだった。

春樹はわたしがもしも好きだなんて伝えたら、どんなふうに返すのだろう。

少なくとも、綾音が危惧するようなことにはならない。きっと、わたしは振られる。

そうなると、昔のように気さくな関係に戻ることはできるのか。

いろいろな可能性と想定が、自分の思いを見えなくする。

正直な気持ちで春樹と綾音に向き合えないのは、2人に対しても不誠実だ。

怖くても、人の答えに合わせず自分の気持ちに正直にならないといけないのに。

考えが空回って、その日の夜も一向に答が出る気配はなかった。

 

続く


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