モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編下2-2

2-2

 

 

決して仲間にも弱みを見せず、他者に主導権を握らせない。

おまけに定石崩しと称されるぐらいに番狂わせが得意な要注意人物。

険悪な仲というわけではないが、わたしとこの男、市宇成見の相性はことさらに悪い。

成見に悪意があって嫌われているとか、いうわけではなく、わたしが敵に回したくないだけの話だが。

しかしそんなやつがなぜ今ここにいる。

しばらく会わなかったのに、成見は気まずさひとつ見せず奇襲の成果に満足してほくそ笑んでいた。

こいつがカプリスまで来れた理由はすぐに知れた。

成見の後ろ、店の外に立っている情報提供者を睨みつける。

 

「凍牙、お前何こいつにわたしの仕事先をばらしてやがる!」

 

朝っぱらから動いているためか、若干気だるそうにしながらも凍牙は口を開く。

 

「悪い。俺、こいつの粘着質なところ苦手なんだ」

 

謝ってはいるものの、悪びれた様子は全くなかった。

 

「結衣ちゃん、どうしたの?」

 

大声に心配して、静さんが調理場から出て来た。

人当たりだけはやたらといい成見は、すかさず静さんにおじぎする。

 

「はじめまして。結衣と凍牙君の小学校からの友人で、市宇といいます。柳先生には中学2、3年と担任を務めていただき、とてもよくしてもらいました」

 

成見の後ろでは凍牙が遠い目をしていた。

異議はあるが反論すると後々面倒だから黙っておこうといったところだろう。

気持ちはわかる。わたしも、こいつに口出しするには多大な勇気が必要だ。

 

「結衣のバイト先が柳先生の奥さんのお店だとは、ここに来るまでに凍牙君に教えてもらいました。こんな素敵な人と結婚しているのに俺たちに黙っているなんて、柳先生も隅に置けませんね」

「まあ」

「……ひとまず、君を付けて呼ぶのは止めろ」

 

ちょっと嬉しそうな静さんと、げっそりした声で告げる凍牙。

2人に前後で挟まれていても、成見はどちらの空気にも流されることなく我が道を行く。

 

「結衣も、別に仕事の邪魔をしに来たわけじゃないから、そんなに怒らないでほしいんだけど」

 

怒ってはいない。呆れてるんだ。

 

「というわけで、ここのバイト終わる時間教えてよ。その時にまた来るから。話したいことはたくさんあるしね。時間まで俺は街をふらついてることにするよ」

「あら、だったら後ろの部屋を使ったらどうかしら。お店も開いたから、あとはわたしひとりで大丈夫よ」

 

静さんは人がいい。

そして成見は人を味方に付けるのが上手い。

わたしの伝票整理の仕事はどこにいった。

 

「静さん、こいつは甘やかしちゃだめです。付け入られます」

「よろしいんですか?よかった。実はこいつと話すのは半年ぶりで、正直なところ今すぐにでもいろいろ話しこみたくて仕方なかったんです」

 

わたしの声に被せるように、成見が言ってのけた。

期待していたであろう静さんの気遣いに対して、見た目と口調は実に嬉しそうだ。

静さんはわたしに向かって首をかしげた。

 

「お友達、なのでしょう?」

 

確信を持った確認に、後ろめたさが込み上げて思わず言葉が詰まった。

ちらりと成見を見ると、笑みを深められただけで助言のひとつも期待できそうにない。

 

「……はい」

 

返事はしたものの、静さんの目が見れない。

胸を張ってそうだと言えない自分が恨めしい。

そんなわたしに、膝を曲げて静さんは目線を合わせた。

 

「だったら逃げちゃ駄目よ。ちゃんと話していらっしゃい」

 

無言で頷いたわたしに顔をほころばせ、静さんは調理場に戻っていく。

 

「紅茶でいいかしら?」

「お構いなく。あ、でも、水があればいただきたいです」

「分かったわ」

 

成見のリクエストを快く受けた静さんは、ミネラルウォーターを手早くグラスに注ぐ。

それをトレーに乗せるとキッチンから出て、バックルームに運んでくれた。

 

「ここまで来たんだから、逃亡はなしにしとこうか」

「包囲網を作っておいてそれを言うか」

「いやあ柳先生の奥さんが優しい人でよかったよ。甘やかしてはくれるけど、甘えは許さない。そういう意味では厳しい人なのかもしれないけどね」

 

バックルームから静さんが厨房に戻ってきた。

観念したわたしは成見を店の奥へと案内する。

 

「……来る?」

「行くわけがないだろ。俺を巻き込むんじゃねえ」

 

仲裁人になってもらおうと思ったが、完全なまでに拒否されてしまった。

柳さんと違って、どうやら凍牙に野次馬根性は皆無のようだ。

 

「結衣ちゃん」

 

スタッフ用の通路に出たわたしを静さんが呼んだ。

 

「お話している間だけでも冷やしておきなさいね」

 

水と氷が入った透明のビニール袋を渡される。手首の捻挫用だ。

静さんにお礼を言って、成見をバックルームに通した。

部屋に入るなりためらいなく、尊大な態度でソファに腰掛け足を組んだ成見と対面してわたしも座る。

 

「そんなにひどいの? というか何やったの、それ」

 

氷嚢を当てた手首を成見が指差した。

 

「少しひねっただけだよ。すぐに治る」

「ふうん」

 

説明に納得した様子ではないが、これ以上の追及はなさそうだ。

 

 

続く


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