モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中3-4

3-4

 

 

幅の狭い道から商店街の歩道に出た。話し合ったわけでもないが、駅のほうへと曲がる。

周囲の視線を浴びながら、黙って2人で歩き続けた。

駅前のロータリーを一周し、人通りの少ない公園に足を向けようとしたときだった。

 

「凍牙か?」

 

後ろからした声に、凍牙ではなくわたしが反応して振り向いた。

10メートルほど離れた場所にいた男性が、小走りで近付いてくる。

知り合いかと問いかけようと隣を見上げたのだが、凍牙の冷めきった目付きに口から出かかった言葉が引っ込んだ。

 

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 

親しげに話す男性に、凍牙は口を閉ざしたままだ。

黒い髪にシンプルな眼鏡をかけた、気弱そうな男性だった。

日に焼けてない線の細い体つきに、身長は凍牙よりこぶしひとつほど低いくらいか。

見覚えのない人ではあったが、凍牙と見比べるとすぐにピンときた。

目つきは全く違うが、鼻の形や唇がどことなく似通っている。

 

「血縁の人?」

「……兄だ」

 

そう返した凍牙は、どこか投げやりだった。

弟の態度に、凍牙のお兄さんは苦笑する。

 

「相変わらず愛想がないな。はじめまして、凍牙の兄で、崇司(たかし)と言います。まさかと思って声をかけたけど、凍牙が女の子といるなんて珍しいことがあるんだね」

「お前には関係ないことだ」

 

わたしに近づこうとした崇司さんとの間に、凍牙が割って入った。

大きな背中が、崇司さんを完全に見えなくする。

 

「なんだ、ひょっとしてその子、お前の彼女か?」

 

からかうような声。

 

「それこそ関係ないことだ。行くぞ」

 

低い声で言った凍牙は、間に入っておきながら足早に先へ行ってしまった。

凍牙に追いつこうと、わたしも崇司さんに背を向ける。

 

「予備校に行く前に面白いものが見れたよ」

 

にこにこと笑う崇司さんの眼鏡の奥に、引っかかりを見つけた。この男、単純に人当たりが良い人間というわけではなさそうだ。

それはわたしの中で、警戒すべき人だと判断するには十分なものだった。

 

「またね」

 

手を振る崇司さんに軽く会釈をして、急いで凍牙に追いついた。

横に並んでも、凍牙の歩調は早いままだ。

 

「気をつけろよ」

 

前を向いたまま凍牙が言う。

 

「普段は街で会ったとしても声を掛け合う仲じゃない」

「珍しかっただけじゃないの、わたしと一緒にいるのが」

「だったとしてもだ」

 

憤りが滲みでる声に、苛立ちを抑え切れていないのがわたしにも伝わってくる。

 

「もしもおかしなことをしてきたら、俺の身内だからと容赦するな」

 

弟の友達、もしくは彼女をからかうような人には見えなかったが。

どちらかというと、あの目はわたしを見下していた。

優しそうな笑顔の中に、どことなく優越感がにじみ出ているように感じられた。

 

「あいにくと、わたしの信条では友達の家族は他人でしかないんだ」

「ああ、それでい」

 

大きく頷く凍牙に調子が狂う。

 

「仲悪いの?」

「良くも悪くもない。もともと家でもほとんど会話のない、他人のような関係だからな」

「ふうん」

 

各家庭の有り様なんてそれこそ千差万別か。

わたしの家の長男と次男も、仲良しこよしというわけではなかったけど。

……いや、あれは次男が一方的に長男を反面教師として扱っていただけだ。

長男――涼君はいろいろと規格外な人だからなあ。

そんなことを話しながら、駅前の公園に行きついく。

夕方の公園は人も少なく、たまにランニングや犬の散歩をする人とすれ違う程度だった。

 

「お兄さんが勉強を頑張ってるから、凍牙はそんな風に育ったのかな」

 

つい自分の家庭に当てはめて凍牙に言ってしまった。

 

「……かもな。その理屈でいくとお前にも真面目な上がいるのか?」

「いるよ。2つ上の次男は偏差値の高い公立高校に通いながら、毎日塾に行ってる人だから」

 

見下ろしてくるのに物言わぬ凍牙。不思議そうな目でこっちを見ているけど、あんたも人のこと言えないからね。

 

「ちなみに1こ下の妹は中学から中高一貫の有名私立に通ってる。世間的に見たら、わたしは落ちこぼれなんだろうね」

 

実際、実家の近所で「高瀬さん宅の3番目の子は……」という陰口を聞いたこともある。

 

「全く気にしてないけど」

 

そんな周りの目よりも、家の中での疎外感のほうがわたしには気になっていたくらいだ。

 

「だろうな。俺はお前をここまで野放しに育てているお前の親を称賛したいぐらいだ」

「そこは前例があるからってのも結構な理由になってるよ。父も母もわたしは長男よりの子だって言ってたし。まあ、頭の出来は雲泥の差があるけど」

 

涼君がいなかったら、わたしはあの家で疎外感だけでなく、劣等感にもさいなまれていたはずだ。

わたしがどんなに努力しても、涼君のようになれないけど。

 

「天才はいるって、長男を見てるとつくづく思う」

 

わたしが10の努力でようやく理解することを、涼君は1の努力で頭に入れてしまう。

余った力でさらなる段階へと進んでしまうから、わたしにはいつまでたっても追いつけない存在だ。

勉学の分野でいうと、凍牙もそんな人なんだろう。

 

「お前がそこまで言うとは、よほどすごい人なのか?」

「高校時代、実家からの援助は学費だけという環境のもとで3年間ひとりで生活したあげく、国立大学に進学してみせた」

「……孫の代まで語り継がれそうな話だな」

 

そうだよ。これは高瀬家の伝説だ。

次男は人生が涼君のようには決して上手くいかないことをすでに悟っているから、今必死になって勉強をしているわけだし。

 

「基本わたしの家は放任主義だから。やりたいって言ったことはよっぽどじゃなければやらせてくれる」

 

次男も妹も、親に押し付けられて勉強しているわけじゃない。

 

「わたしのひとり暮らしだってそうだよ。……ものすごく心配してるのは分かってるけど」

 

心配できるのは親の特権だなんて母は言っていたけど、本音は近くに置いて安心したいはずだ。

わたしのように、勉強ができるわけでも、人付き合いが得意でもない子どもなら余計に。

 

「凍牙の家はどうなのさ」

「……崇司には過保護、俺は放任、だな」

 

空を見上げた凍牙にへえ、とだけ返す。

詳しくは聞けなかった。

まるでこうなったのが不本意とでも言いたげな、やりきれなさが見え隠れするあきらめにも似た凍牙の表情を見てしまったから。

らしくないなとは思ったが、これ以上はわたしが言及していい領域を超えてしまう。

世間話のネタにしたくないと本人が判断する話には、気軽に踏み入ってはいけない。

 

 

続く


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