モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中3-3

3-3

 

 

時刻は16時に差し掛かるころ。マヤがそろそろ帰ると言ったので、店まで2人で移動した。

バックルームを出て調理場の扉を開け、店へ入ろうとして、反射的に足を止める。なんというか、店内から漂ってきた空気が異常すぎた。

調理場からカウンター越しに全てを見渡せる狭い店の中。わたしとマヤより先に店へ戻った静さんが調理場にいる。これは自然なことだ。

問題があるとすれば、ここからだろう。

カウンター席には柳さんと、いつから来ていたのか三國翔吾が隣あって座っていた。

一方的に喋りまくる柳さんは、反応を返さない三國翔吾の背中をばしばしと叩いている。実に迷惑そうだ。

テーブル席の一角では、これまたいつの間に来たのか凍牙の姿が。こっちは柳さんと三國翔吾のやり取りに対して完全無視を決め込んでいる。

我関せずと自分の世界でアイスコーヒーを味わう凍牙。

三國翔吾をいじくりまくる柳さん。

無表情の中に苛立ちが滲むも、柳さんには何も言えない三國翔吾。

その光景をにこにこと微笑みながら見守る静さん。

それぞれの空気に温度差があり過ぎる。

 

「彼氏さんは、マヤのお迎えだよね?」

「そうなんでしょうけど……あの人、街で会ったら全力で逃げろって言ったさっきの結衣の意見は、重く受け止めておくとするわ」

 

自分の恋人がいじられる様はそんなに珍しいか。

呆気にとられているマヤには、それがいいとだけ呟いておいた。

 

「マヤ」

 

裏口から調理場を通って店に出ると、マヤに気付いた三國翔吾が立ち上がった。

嬉しそうにマヤに近付く姿が、しっぽを振って飼い主に歩み寄る大型犬にしか見えない。

 

「翔吾、皇龍はもういいの?」

「俺のやることは終わらせた。今日、マヤの家の人遅くなるから、マヤは俺んちで晩御飯だって」

 

家族ぐるみの付き合いがにじみ出た会話だな。

 

「あら、だったらおばさんのお手伝いしなくちゃ」

「買い物リストをメールで送ってきたから、スーパーで買って帰ろう」

 

二世帯同居の新婚生活の理想を見ているようだ。

 

「ありがとうございました。シフォンケーキ、とてもおいしかったです」

 

マヤが静さんにおじぎをする。

 

「わたしも楽しかったわ。また好きな時に来てちょうだい」

「はい、ぜひ。結衣も、また遊びましょうね」

「そのうちね」

 

わたしのあいまいな返事にマヤは苦笑する。

 

「絶対よ」

 

軽い口調で念を押して、マヤはカプリスを後にする。

三國翔吾は黙って柳さんに頭を下げ、静さんにも軽く会釈をしてドアへと足を進める。

 

「……泣かしたら殺す」

 

そして外へ出ようとした寸前で振り返り、わたしに向けて言ってきた。

大型犬はわたしの返事を待たず、飼い主のもとへ行ってしまった。

まいったな。皇龍とトラブルになるのはいいとして、マヤを傷つけるようなことがあれば本当に殺されそうだ。

 

「おー、怖いねえ。水口もホントの恋人が出来たらああなるのかね」

「俺よりも結衣のほうが可能性があるんじゃないですか。あっちのほうがあなたの理想の反応をしてくれそうですよ」

「柳さんが厄介だからってわたしに押し付けるな」

 

被害者になりたくないのはわたしだって同じだ。

いきり立つわたしを無視し、凍牙は調理場の静さんにさっきまで飲んでいたアイスコーヒーのグラスを渡した。

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。本当にいいの? こんなのをお手伝いのお代にしちゃって」

「ええ、十分です」

 

どうやらアイスコーヒーはたまに店の掃除を手伝う凍牙への賃金だったらしい。

 

 

少し早い時間だが新しくお客さんがくる見込みもないので、カプリスは閉店の作業に取り掛かった。

凍牙とわたしで店の掃除をしている間、静さんと柳さんで調理場を片付ける。

途中フロアのモップがけを凍牙に任せて、本日の売上と伝票の数字をチェックし、現金は金庫に閉まった。

小さな店なだけによ4人で動けば終わるのも早い。

17時を少し過ぎたころには、店を出て帰る準備まで完了した。

夕食を一緒にという静さんと柳さんの誘いは断った。

偽の交際は、街で目撃者を作れないと意味がないからだ。

大人2人とあいさつを交わし、わたしと凍牙は街中へと足を進めた。

 

「疲れてる?」

 

商店街への近道となる細い通りで凍牙を見上げる。

口数が少ないのは普段通りだが、雰囲気からしてどこか疲弊しているように感じられた。

 

「どっかの誰かに面倒な宿題を押し付けられたおかげでな」

「その節はありがとう。でも、金輪際アークには絶対行かないからね」

 

マヤに夏休み事情を聞いてしまったからには余計にだ。

 

「いや、アークに行くまでもなく、この間のように呼び出せばよかったと反省しているだけだ」

「そうなっても多分わたしは凍牙に任せてたよ。櫻庭先輩って人としてやり辛いし」

「……同族嫌悪か?」

「かもしれないけど、あそこまで愉快犯にはなりたくないかなあ」

 

櫻庭先輩の明るい笑顔の裏側に、結構えげつない部分があるのはなんとなく察している。

あれは人が困惑している姿を見て心の底から楽しむ性質の人だ。

本家柳さんには敵わないけど、櫻庭先輩も同じような分類だろう。……となると、凍牙の言った同族嫌悪は全力で否定すべきだったか。

わたしは将来柳さんのようにはなりたくない。

 

「皇龍はすでに把握済みだったぞ。お前と武藤の関係も、お前が危険を承知で沈黙を決めたおおよその理由もな」

「そう。別にいいよ。戦争したいわけじゃなかったし、この先有事があったときに出せるカードは持っててもいいかなってぐらいの算段だったから」

 

皇龍側に口を滑らせたのもわたし自身なわけだし。

凍牙がわたしの目論みを踏まえて、皇龍に全てを黙ってくれていたことが一番驚きだ。

 

「でもそうなってくると、春樹たちがモノトーンという組織をどう扱ってるかは知らないけど、安易な接触は避けるべきか」

 

この街で暮らしているなら余計に。

うわさが独り歩きして、皇龍と関係ないところでおかしな因縁をつけられてはたまらない。

それにしても「モノトーン」という単語を口にするのって、なんだかおもはゆいな。

 

「逃げんなよ、そんな理由で」

「逃げてないよ。平和的にいきたいだけ」

 

――違うか。

今のは分かりやすい言い訳だ。

 

 

続く


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