モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中3-2

3-2

 

 

ソファに座り直した俺に、櫻庭さんはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。

 

「俺たち、武藤くんとその仲間の顔を確認しておきたくて、彼の中学の卒業アルバム取り寄せちゃったんだー」

 

ああ、それはアウトだな。

さすが皇龍は行動が早い。

 

「ついでに水口君の写真も見たけど、いやー数ヶ月前の写真だから全く変わってないのは当たり前だよねー。あーでも、学ランがブレザーになるだけで成長したように見えるのは不思議なもんだよねえ。それはさておいて、まっさか思いもよらなところで見つけちゃったけど、結衣ちゃんって写真写りすっごく悪いねー」

 

結衣と武藤たちに繋がりがある。その確固たる確信を得ながらストレートに切り出さないのは、櫻庭さんの性格の悪さだろう。

 

「正直なことを言っちゃうとね、この前ファミレスに俺たちが行ったとき、この話が聞けるんだとばかり思ってたんだなー。なのに蓋を開けたら見当違いな相談でしょー。ちい君のびっくりした顔に結衣ちゃんが何か察しちゃうんじゃないかって、俺もうひやひやでさー」

「おそらくもう手遅れかと」

 

あれだけ千里さんが分かりやすい反応を見せていて、結衣が気付かないわけがない。

 

「だろうねー。ついでに言うと今の今まですっとぼけ続けた水口君にここまで堂々とされるのも、俺としては気に食わないっていうか――」

 

櫻庭さんがふざけた雰囲気を一瞬で消し去る。

 

「言い訳のひとつぐらいしてみろや」

 

普段からは想像もつかない冷たく低い声が、喉の奥から発せられた。

調子のいい笑顔ではなく、冷徹な笑みで櫻庭さんは見つけてくる。

これがこの人の本性なのだろう。

 

「言い訳も何も、黙っていたのは事実ですし、俺は釈明するつもりもありません。黙っていた理由についても、全てそちらに出そろった情報で解釈していただいて結構ですよ」

 

誤解を招く言動をした自覚は俺にだってある。

皇龍の敵とみなされても仕方がない。

 

「残念、その手には乗らないよーだ」

 

切り替えが早い。

舌を出して挑発してくるところから、いつもの櫻庭さんに戻ったようだ。

 

「結衣ちゃんはモノトーンの味方。この街に潜り込んだスパイ。皇龍の敵。なーんて疑うのは俺たちの自由だもんねー。何にもないところで勝手に疑って、無意味な濡れ衣着せて、事実が分からなくなって俺たちが混乱してしまうようなら、それこそ結衣ちゃんの思うつぼでしょ」

 

ぺらぺらと得意気に続ける櫻庭さんに、密かにため息を飲み込む。

ばれてるぞ、とは心の中だけで呟いた。

 

「疑心暗鬼で錯乱している組織ほど、あの子にとって動かしやすいものはないもんねー。俺も時々使う手だけどさー。相手が勝手にいちゃもん付けてきたら、お前のせいでこんな被害が自分には出たんだけど、どう責任取ってくれるのかとか言ったりして。こっちが何も動いてないぶん、相手に罪悪感を抱かせたら結構な貸しを作れるんだよね、これ」

「本人が聞いたら過大評価だと文句をたれそうですけどね」

「えー、水口君は結衣ちゃんがそういうことは出来ないって考えてる派の人ー?」

 

いいや、あいつなら企みかねないだろうし、余裕でやる。

 

「まあ、結衣ちゃんはムカついたからとか、大っ嫌いだからみたいに感情で動かない子なのはすっごい救いだよねー」

 

それはそうだ。あいつが感情でものを壊す人間だったら、この街は今頃大混乱だろ。危ういところまで堕ちかけたことはあったが。

 

「何日か前にねー、実は吉澤先生がjここにきてるんだよ。そこで俺らに忠告していったからねー」

 

――高瀬結衣がこの街の高校に入学したのは、高瀬よりもはるかに厄介でずる賢く粘着性のある大人の意思が介入したからだ。間違っても高瀬自身を責めるな、疑うな。そんでもって高瀬自体には絶対手え出すんじゃねえ――と、吉澤先生は言い放ったらしい。

 

「基本ガキのもめ事には口を出さない人があそこまで言うのって、結衣ちゃんぐらいだろうねー」

 

それに……と、一息おいて櫻庭さんはさらに言う。

 

「俺だってそんなに馬鹿じゃないよ。1ヶ月ほど前に聞いた、結衣ちゃんが皇龍に入るのを断った理由。卒業アルバムを見るからにして、あれは武藤君たちとの間で起こったことだって、推理するまでもなく思いついちゃってるし。結衣ちゃんが傷つけたって言ったのは、あの黒髪の子か茶髪の子かのどちらかのことじゃないの?」

 

正解だ。

 

「もーほんとーにマヤちゃんに感謝。あの子がいなかったら結衣ちゃんは俺たちにあそこまで口を開かなかっただろうしねえ」

 

そういう意味では、皇龍の幹部を恋人に持つ津月と親しくなったのは結衣にとって大きな誤算なのだろう。

あいつがそれを悔いているとは思えないが、手に入れるはずだった一手を棒に振ってしまったことには、少なからず残念に感じているかもしれない。

 

「武藤はモノトーンとして勢力を拡大する気は全くないそうですよ。ただ、新興のチームなので組織的にも一枚岩とはいかないようです。モノトーンを騙って馬鹿げたことをやらかす連中が、皇龍に迷惑をかける可能性は充分にあると言ってました」

「それ、いつの話?」

「数日前ですね。武藤から久しぶりに連絡がありました」

「……報告してね。そういうことは俺にも」

 

脱力した櫻庭さんを置いて立ち上がる。

 

「後で武藤のアドレスをメールで送ります。本人の許可は下りているので、モノトーンとのやり取りは俺を挟まず当人同士でやってください」

 

じと目でこちらを睨む櫻庭さんの顔からは、面倒くさいの文字が簡単に読み取れた。

 

「結衣ちゃんと武藤君たちは、仲が戻る可能性はあるのかなー」

「それは俺に聞かないでください」

 

結衣は武藤たちが自分をどう思っているのかを、最近知ったばかりだ。

そして知ってしまったから、また悩んで答えを出しあぐねている。

武藤にいたっては、結衣が武藤をどう思っているのかすら確認できていないのが現状だ。

俺に電話をしてきても、結衣の安否は聞いてきたくせにそういうところは全く話にも触れなかった。

面と向かった本人の言葉しか信じない、ということだろう。

そんな状況であっても、武藤は結衣を案じている。

 

「史上最大級のすれ違い中なんですよ、あいつらは。はたから見ているとじれったさとまどろっこしさで頭を抱えたくなりますよ」

 

それでも何も知らないよりは、あいつらの板挟みとなってもこの立ち位置のほうが断然いい。

そう思ってしまうぐらいには、俺もあいつらにほだされているのだろう。

 

「うーん、やっぱり面倒くさそうだねー。武藤くんとの交渉に結衣ちゃんを引き出すのはやーめたっと」

 

それは止めて正解だ。

下手をしたら大魔王とその手下の逆鱗に触れかねない。

 

「失礼します」

「あー、もういっこ」

 

今度こそ帰ろうと頭を下げたら、目の前に人差し指を付きだされた。

 

「気をつけなよ。皇龍だって厳密に言うと一枚岩じゃないんだから。直属の組織全てが皇龍に絶対忠誠ってのはあり得ないし。君たちの卒業アルバムは、誰が見ていてもおかしくないよ」

「そうですね。警戒はします」

 

苦笑して手を振る櫻庭さんにもう一度礼をして、アークを後にする。

 

 

蒸し暑いアスファルトの歩道を、無意識にカプリスへと向かっていることに気がついた。

人気の少ないオフィス街が、通いなれた道になってしまうとは少し前まで思いもしなかった。

結衣に、どこまで話すべきなのか。

俺は、どう動くべきなのか。

暑さで考えがまとまらないのを理由に、ひたすら足を前に進めることに専念する。

ひとまず櫻庭さんの伝言は伝えよう。それだけでも十分か。

整理のつかない思考が氾濫し、さっきアークであった会話がノイズ交じりに脳内で繰り返される。

櫻庭さんとのやり取りに、俺は思った以上に消耗してしまっているようだ。

今はとにかく、あいつの元へ。

気を張ることのない、居ることを許された場所に、少しでも早く行き着きたかった。

 

 

  ☆  ☆  ☆  

続く

 


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