モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中3-1

3-1

 

 

  ☆  ☆  ☆

 

――いつまで待つつもりなんだ?

 

俺の質問に、電話の向こうの相手は鼻で笑った。

 

やりきれなさがにじみ出た力のない笑い声の後、そいつは言い放つ。

 

――最悪、骨になっても背負い続けるさ。

 

自嘲気味な軽い口調でも、その言葉に迷いはなかった。

 

 

  ――  ――  ――

 

8月のアークはスタッフを増員し、夜間だけでなく昼間の営業も行っている。

皇龍関係者や、皇龍を目的とする女がひしめきあって、かなりの儲けがあるのだとは柳さんが言っていたことだ。

あの人の果てしない人脈の中にアークのオーナーがいるのは最近知った。

考えてみれば当然だ。柳さんも皇龍創設者のひとりなら、繋がりがあっても何ら不思議ではない。

小野寺雫は以前ほど俺の前に姿を見せなくなった。

先日思い出したかのように来たと思ったら、「わたしって、男の人にすごく人気があるんだから。凍牙くんそんなに冷たくして、わたしが違う男の人を好きになっちゃっても知らないんだからね」などと言ってきた。

本音を出せばぜひともそうしてほしいところだが、それを口にするのは得策でなはい。無視を続けるとそいつはいつの間にか消えていた。

やつの姿はそれっきり、今日まで見ていない。

結衣の人に対する観察眼は相変わらず目を見張るものがある。

もしあの女が結衣に接触していたのなら、早期解決のために手を借りようとした結果がこれだ。小野寺雫と関りがなくなる日も、そう遠くはないだろう。

しかしながら、喜んでばかりもいられない。こちらの事情で結衣とあの女を近づけてしまった過去の俺自身を、今となっては貼り倒したくて仕方がなかった。

あの女の特性を結衣から聞いて、気付かされた。

あの女――他人を考慮する思考を著し欠けた人間に、結衣を向かわせるのは危険すぎるのだ。

共鳴、共感は人間のコミュニケーションで重要な役割を持つ。ひとは他者と関わるとき、無意識のうちに相手の感情をくみ取り、己の心を揺さぶっている。

結衣はそれを自覚し、利用することを意識的にやってのける。

自分の軸をぶらさずに相手を揺さぶり望んだ結果へと導く、そんな結衣のやり方が通用しない相手。

小野寺雫と同様のやつと向き合い成果を上げようとすると、結衣が一貫して守り続けている「自分」の根幹を曲げる必要がある。

それをしてしまって、結衣は結衣でいられるのか。

あいつが危うくも必死にそうあろうとしている核の部分を揺るがすのは、あまりにもリスクが高すぎる。

本人に告げても「大きなお世話だ」と一蹴されそうだが、あいつが変わらなくて済むならそれにこしたことはない。

武藤があえて避けてきた者に、俺が結衣を引き合わせていいはずがなかった。

 

改めて武藤と結衣の絆を実感させられたものだ。

俺が思う以上に、あいつらは互いを大切に思い合っている。

だからこそ柄にもなくイライラしてしまうのだ。

さっさとよりを戻してしまえ。そもそも喧嘩なんざしてんじゃねえとは、部外者だから思えるのだろう。

結衣は武藤や鈴宮たちに対しては、どこまでも真摯にあろうとする。

こそ悩むことにも、時間を惜しまない。

 

当たり障りのない人間関係の上で生きて来た俺が、口を挟めるわけがない。

 

  ――  ――  ――

 

「まあ、大体は正解だねー。本当は本人に言いに来てほしかったけど、結衣ちゃんには合格点でーすって伝えておいてねー」

 

向かいのソファに座る櫻庭さんは両手を天井に向けてのびをしながら言った。

昼時を過ぎても、アークの店内は若い男女でにぎわっている。

この店には、盆や平日という要素はあまり影響がないらしい。

毎度のごとく店の一階最奥、人払いのされたソファスペースで俺は櫻庭さんにあのストーカー女の経過を報告していた。

櫻庭さんに宿題を出されたはずの結衣は、ここに来ることを全力で嫌がった。

さらには答え合わせを俺に押しつけやがったのだが、いざアークに足を運ぶと、あいつは来なくて良かったと考えをすぐに改めた。

店に入った途端感じた女たちの視線。近くを通ったときに聞こえた囁き合い。

注意深く観察すれば普段からここに来ない俺でも把握できた。アーク店内で起こっている女の水面下の戦いにあいつを巻き込まないでよかった。

結衣の不機嫌な顔が簡単に想像できる。

 

「結衣ちゃんってホントに人の分析上手いよねー。もうちょっとてこずるかと思ってたけど、こんなに早く水口君が来るのは予想外だよー」

 

ソファに深く腰掛けて、櫻庭さんが足をばたつかせる。

とても高校3年の人のやる動作には思えない。

 

「正解したご褒美に結衣ちゃんに伝言お願い。ああいうのはどこにでもいるって伝えておいてね」

「どこにでも、ですか」

「そ。多くはないけど、うん万人にひとりというほど希少じゃない。話し合えば分かり合えるなんて理想論をあの子が持ってるとは思わないけどねー。言葉では何を言っても通じない、通じているように見せかけて全く違う解釈をしてくる。口でやり合って望んだ結果を見出せない人間は、めずらしくもなんともないよ。気を抜くと自分の軸ごと流されちゃうから気を付けよーねー」

 

それを言ってくるところから、櫻庭さんは結衣が小野寺雫に流される可能性も視野に入れていたということか。

もしそうなっていても、この人は直接俺たちに手を貸そうとはしなかっただろう。

組織に属さないとは、そういうことだ。

 

「結衣には伝えておきます」

「うん。よろしく頼んだよー」

 

ひらひらと櫻庭さんが手を振ったので、俺もここを去ろうと腰を浮かせた。

 

「マヤちゃんには感謝しないとねー。あの子が結衣ちゃんのお友達になってくらなかったら、俺たちはとんでもないことになってたかもしれないし」

 

立ち上がろうと膝に入れた力が抜ける。

 

「マヤちゃんのおかげで、結衣ちゃんがどんな子なのかを俺たちは把握できたようなものだからねえ」

 

軽い口調でそう言った櫻庭さんの目は、笑っていなかった。

 

 

続く


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