モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中2-2

2-2

 

 

 

マヤと最後に会ったのは夏休みに入った初日に、この店にお客として昼食を食べに来たときだった。

8月も折り返しにさしかかろうというのだから、もう半月以上会ってなかったことになる。

 

「ごめんね。気付かなかった」

「い、いえ。こちらこそすみませんでした」

 

物腰を柔らかくしてドアを大きく開け、柳さんはマヤを店内に招き入れる。

実に紳士的な振る舞いだ。違和感しかない。

 

「きみ、かわいいねえ。どうかな、今から俺の店でお昼食べてかない?」

「……はい?」

「奥さんの前で女子高生を口説くな!」

 

さっきちょっと柳さんを見直した自分が馬鹿に思えてしまうから。

こんなことを言う人にわたしは凍牙の心の内を指摘されたのか。

嫌だ。自分で気付けなかったのがものすごく悔しくて仕方がない。

引き気味に困惑しているマヤを前に、ケタケタと笑った柳さんはごめん、冗談とだけ言った。

そしてそのテンションのまま、静さんに手を振って店から出て行く。

どうしよう。この一連の出来事をものすごく三國翔吾に伝えたい。

いい大人にマヤが口説かれていたとあの男が知って、わたしの分まで柳さんに立てついてくれたらいいのに。

 

「……今の人は?」

 

しばらく呆けていたマヤが聞いてきた。

 

「静さんの旦那さん。見ての通り人をからかって遊ぶのが大好きな人だから、もし街で出くわしたら全力で逃げることをお勧めしておく」

「……え、それは……」

 

マヤがわたしと静さんを交互に忍び見る。

奥さんを目の前にそんなことを言っていいのかと、表情が語っていた。

 

「いいのよ。本当のことだから」

 

苦笑しながらも静さんは迷うことなく柳さんの性質を認めた。

 

「おしゃべりが好きな人だから、もし会ったら話し相手になってくれるとわたしも助かるわ」

「やめて静さん。柳さんとマヤが話す話題なんてピンポイントすぎます。これ以上あの人にからかわれるネタを提供しようとしないで」

「あら、それもそうね」

 

のほほんと微笑む静さん。

駄目だ、この人は自然体が柳さんの味方だ。

その後は、店はひとりで大丈夫だから、後ろでゆっくりしていなさいという静さんの言葉に甘えさせてもらった。

人手がいらないなら今日のバイトは上がるとも言ったが、閉店業務は手伝ってほしいとのことだった。

いまいち状況がつかめていないマヤを連れて、バックルームに入る。

6畳ほどの室内には、事務処理をするための木製のデスクがドアの横に配置され、中央にはローテーブルとそれを挟むように2人掛けのソファが2つある。

壁には伝票などを収納する本棚と、上着を掛けるためのハンガーラックが置かれていた。

 

「いいの? わたしまでこんなところに入って」

「個人営業のお店だから、わたしがオッケーしたらそれで大丈夫よ。夕方になったら結衣ちゃん借りちゃうけど、好きなだけくつろいでいってちょうだい」

 

バックルームに顔を出した静さんが、ローテーブルに2人分のオレンジジュースを置いた。

静さん、だからそれは店のメニュー……。

 

「あっ、お金」

 

肩にかけたカバンから財布を出そうとしたマヤを静さんが止める。

 

「いらないわよ。わたしからのサービスよ」

「わたしの給料から天引きしてくださって構いませんよ」

 

せっかくマヤが来てくれたのだから、これぐらいはわたしが出そうとするも、静さんは了承してくれそうにない。

 

「大人には甘えておきなさい。結衣ちゃんはお店の都合に融通利かせてくれる分、わたしもすごく助かってるの。これぐらいは貰っておいてもばちは当たらないわ」

 

そこまで言われると受け取らないほうが逆に失礼だ。

ありがうございますと頭を下げて、ソファへと腰かけた。

 

「おかわり欲しかったら言ってちょうだいね。後でお菓子持ってくるから」

 

いや、さすがにそこまでは――。

こっちが断る前に静さんはバックルームのドアを閉めて、店へと戻ってしまった。

 

「お母さんみたいな人ね」

 

苦笑しながらマヤは向かいのソファへと座る。

 

「すごく親切で優しい人だけど、お母さんはやめておこう」

 

その理屈でいくとお父さんのポジションに柳さんが出てきてしまう。

考えただけでぞっとした。

 

続く


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