モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編中2-1

2-1

 

 

 

8月もお盆に突入するとカプリスの周辺にある企業も休みのところが増え、店内は昼時であっても閑散としていた。

店が入っているビルの上階にある会社も、ほとんど人は出勤していないらしい。

これを教えてくれた柳さんは現在、自分の店が暇になったとのことでカプリスへと遊びに来ている。

 

「この店も休業しないんですか?」

 

13時を回ったところでお客さんがひとりもいなくなった店内で、テーブルの片付けをしながら静さんに聞いた。

カウンターに座る柳さんにコーヒーを出しつつ、静さんは口を開く。

 

「ここは暦よりも虎晴くんの気分で休みを取るから。お盆やお正月でも開けている年もあるのよ」

 

なんでもないことのように言ってのけたが、それで本当にいいのかは結構な疑問である。

 

「売上とか、集客なんてのはあまり気にしないんですね」

 

これはわたしの給料にも関わるところだと思うのだが。

 

「副業のほうで稼いでいるからなー。こっちは楽しくやれればそれでいいんだ」

 

答えてくれたのは柳さんだ。

静さんに目を向けると、笑顔で頷いていた。

この意気投合っぷり。

わたしが柳さんに遊ばれても、静さんの助けは期待できそうにないな。

 

「にしてもなー。まっさか高瀬と水口が付き合うとはなあ」

 

お客さんが帰った後のティーカップをカウンター越しに静さんへ渡そうとしたとき、柳さんが言った。

ぎくりと体がびくついて、飲み残された中身がソーサーにこぼれる。

 

「……どちら様からの情報ですか?」

 

まさかと思って恐る恐る静さんを見上げると、苦笑しながらもわたしからカップを受け取った。

 

「ごめんなさい。虎晴くんがとっても楽しそうだったから」

 

だよね。夫婦間で筒抜けなんてどこも不思議な話じゃないよね。

 

「いやいや高瀬、静さんはなーんにも悪くないぞ。なんてったって、全ては水口から一部始終の報告を直接受けたんだから」

「あいつそんなやつじゃないでしょ」

 

少なくとも自分に降りかかった災難を誰かに吹聴する趣味はなかったはずだ。

 

「ふっ。この俺を伝書鳩に使っておいて、事情を話さないなんてあっていいわけがない」

「カッコつけて言いましたけど今の言葉、野次馬根性がにじみ出てますからね」

「いやー、水口君があんなに気遣いのできる子だったなんて俺ちょっと感動だよ。いい教え子を持てて先生は本当に幸せだ」

「いい教え子でも将来たかるのはやめてやってくださいよ」

 

これに関してはわたしも他人事ではない。

凍牙とわたしの表面上の交際は今も続いている。

ただ、初期のころのように毎日凍牙がカプリスに来ることはなく、3日に1度くらいまでに落ち付いた。

さすがに毎日あからさまに一緒にいると逆に怪しまれるのではと、話し合った末の選択である。

カプリスに凍牙が来る日は特に決めていない。

バイトしか予定のないわたしではなく、そこら辺は凍牙の事情に合わせていた。

それにしてもさっきの柳さん、おかしなことを言ってなかったか。

 

「あいつに気遣いなんて出来ますか?」

 

我が道を突っ走っている凍牙にあまり結びつかない単語な気がしてしまう。

わたしも人のことをとやかく言えない自覚はあるが。

ホットコーヒーをひとくち飲んで、柳さんは後ろに立つわたしに顔を向けた。

 

「お前のバイト先を知っていながら、自分で直接会おうとせずに俺を間に挟んだあたり、高瀬に気を使ったとみて間違いないだろ」

 

柳さんの言葉に、テーブルを拭く手を止める。

 

「水口と高瀬が交際という協力体制に入ったのは、いろいろな事態が折り重なった結果だろ。だが考えてもみろ。もしも水口に付きまとっていた女が、お前にしつこく口出しして来てなかったら。もしも、ファミレスで落ち合ったとき、外からその女が監視していなかったら――、水口はお前に弱音を吐いて助言を求めたと思うか?」

 

――その場合、凍牙は?

 

わたしを頼ろうとしただろうか――?

 

 

「自分の目で、そしてお前の口からお前自身がなんともないことを確認はしたい。だけど四六時中女に監視されている水口が直接ここに来れば、高瀬やこの店にいらない影響を及ぼしてしまうかもしれない、ってとこか。まあ、落ち合ったファミレスで女に目撃されてしまったんだから、水口君もまだまだだよなー」

 

話を聞いていてむしゃくしゃした。

つまり、小野寺雫がわたしに付きまとうことがなければ。あの日、凍牙とファミリーレストランで会っているところを彼女が見ていなければ――。

凍牙は小野寺雫についてわたしに話すこともなく、自分ひとりで解決しようとしたかもしれない。

というよりも、凍牙の一連の行動からして確実にわたしを頼ろうとしなかっただろう。

柳さんから静さんに渡され、わたしへと行き着いたメモの意味。

わたしはそれに指摘されるまで気付けなかった。

なんだかいろいろ釈然としない。気を紛らわせようと、テーブルを拭く行為に集中するように努める。

そんなものだろう。わたしが凍牙の立場だったら、間違いなく同じことをしていた。

当事者じゃなければ、巻き込む理由がない。

わたし自身の行動予測を差し置いて、凍牙に文句なんてもちろん言えるはずがない。

 

だけど――。

 

そんなものだと思う反面、わたしはその程度のものか、とも思ってしまう。

凍牙に腹を立てること自体、理不尽だというのに。

コーヒーを飲み終えた柳さんが立ち上がる。

 

「今の気持ち、大事にしとけよ」

 

機嫌の悪さを隠そうとしないわたしの頭をぐしゃぐしゃにして、柳さんはカプリスを出ようとした。

 

「おいしかったよ、静さん。向こうの店閉めてまた来るよ」

 

カウンターを挟んだ静さんと頷きあって、店のドアに手をかける。

 

「きゃっ」

「おっと」

 

外に人がいたのだろう。

いきなりドアが開いて驚いたことによる小さな悲鳴と、ドアの外の人物とぶつかりかけた柳さんの声が重なる。

声につられて顔を上げると、柳さんの前にはマヤの姿があった。

 

 

続く


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