モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上3-2

3-2

 

 

 

その日、バイトの終わる寸前に降り出した集中豪雨にわたしと凍牙は足止めをくらい、店を出るのがいつもより遅くなった。

バックルームで雨宿りをさせてもらう間、静さんと凍牙を交えてわたしの数学の宿題を3人で解いてる様はなんともいえない光景だった。

問題を懐かしむ静さんはいいとして、凍牙の頭の良さは少しどうかと思う。

簡単に問題を解いてしまうに留まらず教え方まで分かりやすいとか、こいつはどこまで万能なんだこいつは。うらやましすぎる。

雨は19時ごろに上がり、静さんにお礼を言ってわたしたちは街に出た。

若者のたむろするクラブの前を通り過ぎ、駅前の商店街を学校に向かって歩いてゆく。

道を照らす街灯には提灯が飾られ、通り過ぎる店の窓にはどこも同じポスターが張り付けてあった。

今週の日曜日は、商店街の夏祭りらしい。

信号で足を止めていると、凍牙がこぶしをわたしの手に軽く当ててきた。

 

「来るぞ」

 

前にいる人の背でわたしには見えなかったが、主語がなくても何が来るのかは分かった。

平静を装って青になった信号機を渡る。

交差点から20メートルほど先。歩道の中央で腰に手を当て仁王立ちするは小野寺雫。行き交う人たちは彼女を半身になって避けているが、ちょっと迷惑そうだ。

 

「い加減にしてよ!!」

 

わたしたちも人の流れに任せて彼女を避けたのだが、途端に後ろから叫ばれてしまった。

歩道の信号が赤になり、人の波がおさまる。

 

「なんなんだ一体」

 

道の端に寄った凍牙が小野寺雫を睨む。

凍牙のいらつきにも気付かないのか、彼女は必死に詰め寄ってきた。

 

「そんなことしなくても、わたしが凍牙くんのこと好きだってのは本当は分かってるんでしょ?」

「……通訳」

「ごめん、翻訳できない。日本語って難しいね」

 

彼女の頭の中の台本がどうなっているのか、いまいちつかめない。

 

「生憎俺とこいつ、今付き合ってるんで。あんたの気持には一生応えられそうにないんだ」

 

付き合ってなくても小野寺雫に応えるつもりはないだろうに。とは思っても口には出さない。

交際している設定は活用していく方針で、と。

話を合わせるためにも凍牙の言葉はしっかり聞いておかなければ。

 

「だから、そうやってわたしのこと試さなくてもいいって言ってるの」

 

凍牙を見上げるように首を伸ばして、小野寺雫は悲しそうに訴えかけてくる。

それを言われた当人は無言。無表情。うわあ、凍牙がかなりのご立腹だ。

それにしてもこの噛み合わない会話はどうしたものか。

この張り詰めた空気を者ともしない小野寺雫はひょっとしたらとんでもない大物なのかもしれない。

彼女にはぶち切れ一歩手前な凍牙はどう見えているんだろう。

……そうじゃない。

どう見えているか。今の凍牙は誰が見ても同じ様子でしかない。当然のことだ。

肝心なのは、この怒りを露わにした凍牙を、どう見ようとしているかが問題だ。

苛立ちを隠そうとしない凍牙が、誰に対して怒りを向けているのか、何に対して憤りを感じているのか。これは目に見えるものじゃない。だから、解釈はそれを見た者の思考に委ねられる。

 

「高瀬さんってこんな言い方したら悪いけど、あんまりぱっとしないし、凍牙くんとも釣り合ってないじゃない。だから凍牙くんも彼女と一緒にいたらいらいらしちゃうのよ。高瀬さんも自分でそう思わない?」

 

――これだ。

糸口が見えた。

 

「凍牙と釣り合うのは自分だと、そう言いたいんですか」

「わたしがどうじゃなくて、凍牙くんもそう思ってるでしょ。自分のレベルに合う人間はわたしだって」

 

小野寺雫の言う「レベル」とは、当然ながら彼女の価値観の上に示されているものだ。

彼女は自分の作ったシナリオの上で、自分の示した価値観のもと、他人の意思を無視して生きている。

いや、無視じゃない。

他人の心に気付こうとしない。――これでもまだ優しい。

人の心に気付かない、気付けない。

そもそもそういった観点で、人と関わっていないのだ。

彼女は自分が生きていくうえで、他人の心を必要としていない。

――これが答えだ。

考えがまとまって顔がにやける。

 

「凶悪なツラになってんぞ」

 

失敬な。さっきの凍牙だって似たようなものだろ。

 

「付き合ってますよ、わたしたち。誰が何と言おうとあなたがどうとらえようが、事実は変わりませんから。ね?」

 

凍牙を見上げれば、話を合わせてくれて大きく頷いた。

小野寺雫が息を呑んで目を見開く。

 

「嘘よそんなの。凍牙くんに限ってそんなことあるわけないじゃない」

「あんた、俺やこいつの何を知ってそれを言ってるんだ。てめえで作った枠組みに勝手に他人を押し込めてんじゃねえよ」

「そんな……、ひどい……」

 

目に涙を溜めて彼女は鼻をすする。

 

「行くぞ」

「待ってよ!」

 

立ち去ろうとしたら、彼女が大股でわたしたちを追い越して行く道に立ちはだかる。

今日はもういいだろ。これから作戦会議に入りたいんだ。

 

「付き合ってるっていうのだったら、今ここで証明を見せてよ」

 

馬鹿か。

 

「男女の交際は役所に届け出なんか必要ありませんよ」

 

さらっと流してとっととここを去ろうとしたのに、口に手を当てた凍牙が顔を背けた。

応戦を期待していたのだが、凍牙はそのまま動かない。

 

「おい、今そんな愉快な場面でもなんでもないだろ」

「……悪い」

 

面白そうに笑みを浮かべて、凍牙がわたしを見下ろしてくる。

 

「お前の思考回路も大概斜め上を突っ走ってるな」

「ここであんたにけなされる理由が分からない」

「まあいい、少し喋るな。で、交際証明なんざどこも発行してくれない世の中で、どうやって俺たちはあんたに付き合ってると証明すればいいんだ」

 

さっきまでいらついてたやつとは思えないぐらい楽しそうだね。

凍牙の変わり様に小野寺雫はたじろぎながらも踏ん張った。

 

「そ、そうね……、キス。キスしてみせてよ。付き合ってるんだったらそれぐらい当り前でしょ!」

 

おいこら、あんたの当たり前にわたしたちを乗っけるな。

 

「どこにこんな往来でそんな恥ずかしいまねする一般人がいるんですか」

「あら、できないってのなら嘘なんじゃない」

「常識考えてものを言ってください。なんならあなたのご自慢のお金でここの通りを封鎖して、目撃者を消していただけるのでしたら、こちらも前向きに検討しますけど」

「だからお前は喋るなって」

 

わたしと小野寺雫の間に入った凍牙に腕をつかまれた。

凍牙の体に引き寄せられたうえ、背中に腕を回されて身動きが取れなくない。

 

「ちょっ」

「黙れ動くな」

 

 

自分からやれと言っておきながら、いざとなって止めようとした小野寺雫。

お前何やってんだとりあえず離せと訴えるために顔を上げたわたし。

両者の動きと口を、凍牙の低い声は封じた。

 

 

続く


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