モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上2-3

2-3

 

 

 

満席でにぎわうファミリーレストラン。

はしゃぐ子どもの声、食器の音、慌ただしく動くスタッフたち。

それらから隔離され、まるで別空間にいるかのようにわたしたちのテーブルは浮いていた。

 

「――つまりは小野寺雫さんの前で、わたしと凍牙が付き合っているという体裁を繕えばいいんですね」

「……うん、まあそういうことなんだけど。なんていうか、きみってものの5秒で冷静に戻っちゃうよね」

 

つまんない、と呟きつつ櫻庭先輩は千里先輩をどかせてドリンクバーに行ってしまった。

 

「……有効かと思うか?」

「どうだろう。事態の変動はあるだろうけど、良いほうに向かっていくかは見当もつかない」

 

黙って考え込んでいると、櫻庭先輩が戻ってきた。

自分にはホットコーヒーを入れて、千里先輩の分はわたしたちと同じウーロン茶だ。

千里先輩が恐縮して飲み物を櫻庭先輩から受け取るのを眺めつつ、小野寺雫を思い浮かべ今後について考える。

 

「悪いほうに転んだとして、そこにつけ込んでいくのもひとつの手か」

 

ひとり言だったが櫻庭先輩にはばっちり聞かれていて、企みをむき出しにした笑みを向けてきた。

当人がどんな性格をしていても、法律や校則という琴線に触れた時点で第三者が介入できる。

凍牙を諦めきれずわたしに危害を加えようものなら、その証拠をそろえてしかるべき機関へ訴えればいい。凍牙に対して過剰な行動を起こしたときも、また同じ。

 

「有効かどうかじゃなくて、有効になるように持っていけばいい」

 

無論、相手の出方が想像の範疇を超えている分、気の抜けないところはあるけれど。

試してみる価値は十分にある。

少なくとも、打つ手をなくして右往左往している現状よりもよっぽどいい。

 

「あの子、あと4カ月もしたらちぃくんの担当だから」

 

ぼそっと漏らした櫻庭先輩の一言に、千里先輩が顔を引きつらせていたがそこら辺は気にしない。

リスク承知の櫻庭先輩の助言である。

あまり無駄にはしたくない。

 

「効果のほどは置いておくとして、お前は嫌じゃないのか。俺と付き合うとなると街にそれなりに広がるぞ」

「もう悪いほうである程度有名になってしまってるから、そこはあんまり気にしない」

 

むしろわたしが皇龍に取りろうとしているなんて頭の痛いうわさがこれで消滅するなら好都合だ。

 

「わたしにもそれなりの利点はある。凍牙はどうなのさ。わたしと付き合うってうわさが流れて不都合なことになったりしないの?」

「あの女に取り憑かれ続ける以上の不都合は今のところ俺にはねえよ」

 

となるとこのやり方で一回様子を見てみるか。

 

「……合理主義者ども」

「諦めなよ、ちぃくん。そして早く慣れちゃいなねー」

 

おののく千里先輩を櫻庭先輩がなだめる。

そんな顔をされると千里先輩がどんな展開を期待していたのかちょっと気になった。

思ったままに口にしたら「付き合うって言われてほっぺ赤くしてたじたじになったりとか―」と櫻庭先輩が代弁した。

ごめん。背に腹をかえられない現状では恥ずかしがってもいられないんだよ。

小さく息を吐いた凍牙が片手で頬杖をついてわたしと目を合わす。

 

「そもそもの原因は俺なんだ。週2程度ならファーストフードか牛丼ぐらい奢るからちょっと付き合え」

「……それ告白じゃなくて、手を貸してくれってお願いにしかなってないよねー」

 

おもしろくなさそうにぼやく櫻庭先輩は軽く流す。

 

「牛丼、チーズのトッピング付けていいかな?」

「まあそれぐらいならな」

「……甘さがまるでない」

 

千里先輩それ、目的を果たすためにあんまり必要じゃないから。

 

「せめてファミレスのパフェぐらいで交渉しようよ。きみたち雰囲気ぶち壊しすぎー」

 

イエローカードでーす。とスマートフォンの画面全体が黄色くなっているものを見せられた。

いつから用意してたんだ。

 

 

かくしてわたしと凍牙の表面上の交際は始まろうとしたのだが、ひとつ重要なことを忘れていた。

 

「はたから見てこの2人は付き合ってるって分かる行動って、手軽にいくならどんなものがあるんですか?」

 

小野寺雫を騙そうにもこれがはっきりしないと失敗に終わってしまいかねない。

真剣に聞いたはずなのに、テーブルに座る男3人からとんでもないものを見るような目をされてしまった。

……凍牙まで。

ちょっと傷ついたよ。

 

 

これまで男友達はそれなりにいた。

というよりも、わたしの友達のほとんどは男だった。

同性で友達と言える人なんて、生まれてこのかた片手の指の数もいはしない。

そんなわたしが中学校の下校時に男子と2人で帰ったりするのはよくあることだった。

自転車に2人乗りをしているところを先生に見つかって、仲良く怒られたりもした。

だから――。

 

「2人で並んで街を歩くだけで、それなりのうわさは立つと思うよー」

 

わたしにそう言ったのは櫻庭先輩。

たったそれだけのことで周りの者はわたしたちの関係を「友達」ではなく「恋人」と判断するとは、少なからず驚きがあった。

そもそも付き合うというのは当事者同士の意識の問題で、第三者に見た目で分からせるのは難しいのでは、という持論が粉々に砕け散る。

それと同時にちょっと待て、と自分の行動を思い返す。

小中学校と合わせて、わたしと春樹が2人で行動する機会はどれだけあった?

校内や街中でも、彩音と春樹が付き合う前から結構な頻度で2人で遊んでいた。

わたしと春樹が付き合ってるなんてうわさを耳にしたことはなかったけど、わたしが知らないだけで周囲にはそんな目で見ている者も少なからずいたとしたら――。

そんなところも、綾音を傷つける要因になっていた……?

 

「結衣ちゃんどうしたの?」

 

「自己嫌悪に陥っているだけです。貴重なアドバイスありがとうございます」

 

投げやりに答えて、さらに沈む。

ほんとうに。全くもって、たったそれだけのことだ。

視点を少し変えれば、気付けていたはずのこと。

今の今まで考えようともしなかった、わたしは馬鹿だ。

 

「あとは距離感かなー。手を握ったり腕を組んで歩いたり」

「……今の季節は夏ですよ」

「そういう発想にいっちゃうからちぃくんに甘さがないって言われちゃうんだよー。精進しようねー」

 

甘さはいらない。でも、櫻庭先輩に言い返す余力は残ってなかった。

 

 

ファミリーレストランを出たのは、昼時の客足に落ち着きが出てきた頃合いだった。

会計の際、道の向こうのカフェに彼女の姿を探したが、見つけることは出来なかった。

 

「じゃ、結衣ちゃんは宿題で小野寺雫がどういう人間なのか分かったら俺に報告ねー。水口君も、この面白い事態がどう収拾付いたのか、結果はちゃんとおしえてねー。――他にも言うことがあるなら、いつでもアークにきていいからね」

 

そう言い残して櫻庭先輩と千里先輩はバイクに乗って去っていった。

千里先輩の物言いたげな顔には思わず苦笑したが。

なんとか抑え込もうとしているようだが、クールを装って表情に出やすい傾向が多々ある。そんな人だった。

日中で最も暑い時間帯に外へ出てしまったため、照りつける太陽に溶かされそうだ。

昼食がまだなので空腹は感じているのだが、もう一度ファミリーレストランに入り直すのもどうかと思われる。

わたしと凍牙はここからそう遠くないファーストフードへ向かった。

かつてわたしが働いていたところとは別の店だ。

風も吹いておらず息が詰まる。

暑さに喋る気力もなく、ファーストフード店までわたしたちは無言で歩いた。

こんなものでも周りには恋人同士に見てとれるのか、ものすごく疑問だ。

店に付いて、注文に行った凍牙と離れ、混み合うところかろうじて空いていた2人掛けのテーブル席に腰を下ろす。

ほどなくして凍牙がトレーを持って来た。

 

「凍牙はさ、わたしと春樹のことはたから見てどう思ってたの?」

「全く興味がなかった」

 

ばっさり切り捨てられた。そりゃそうだ。

くそう、一般的な見方が出来るやつはわたしの周りにいないのか。

 

「だが、お前と武藤のうわさなら興味のない俺でも耳にしたことがある。お前らは有名だったからな」

「有名だったのは春樹だよ」

 

小学校でも中学でも、主だった行動をとるのはいつも春樹だった。

わたしはそれに手を貸していただけ。

縁の下で支えるのが楽しかった。

無理難題を押し付けられることに文句は言っても、やりがいは感じていた。

仲間の中で一番気が合ったのは、春樹だ。

この気持ちが恋かといえば、おそらく違うものだと思う。

だけど恋を知らない人の「違う」はあてにならないと言った綾音の言葉にも頷けるし……。

 

「落ち込んでないでまず食べろ。シェークが溶けてまずくなるぞ」

 

うなだれるわたしを置いて凍牙はさっさと食事を済ませてしまう。

ひと口が大きいだけに食べ終えるのも早い。

もっともな意見なので反論はせず、ひとまず腹を満たすとした。

 

 

食事が終わった後は春樹たちのことを一度頭から取っ払い、これからどうするのかを話しあった。

まず小野寺雫がどう出てくるかが謎なので、向こうがアクションを起こすまでは2人で街をふらつく方針で決定した。

時間はカプリスのバイトが終わった、夕方から夜にかけて。

たまにどこかで夕食もとる。

彼女が出てきたら臨機応変に対応。その後は作戦会議。

もしも理解不能になって手がつけられなくなったら櫻庭先輩に相談で。

とりあえずはこれを基本とし、先の読めない作戦が始まった。

 

 

続く


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