モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上2-2

2-2

 

 

凍牙と共にこのままアークに直行するのかと思いきや、櫻庭先輩のほうがこちらに足を運んでくれるとのこと。

昼時の混み合う店内で学生が2人、ドリンクバーだけで居座り続けるのはさぞかし邪魔になっているのだろうが、まあもう少し利用させてもらおう。

ほどなくして櫻庭先輩はお供を引きつれてやってきた。これまでに見たことのない人だ。

 

「きみたちから話ってのも珍しいよねー」

 

店に入るやスタッフの案内も待たず、先輩たちはこちらまで一直線に向かってくる。

テーブルの前で櫻庭先輩がわたしに、指で凍牙の隣に行くようジェスチャーする。

黙って従うと、わたしのいたソファーに2人は腰を落ち着けた。

 

「あ、結衣ちゃんは多分こいつ初めて見るよねー。千里 徹(せんり とおる)っての。うちの高校の2年で、一応俺の後任だから。これからよろしくねー」

「あんまりよろしくしたくないんですけどね」

 

わたしの正面に座ったその人は、うろんな眼差しを向けてきた。

どうも、と会釈ついでに千里徹と紹介された彼を観察する。

白く脱色された髪に、耳や首に飾られたシルバーアクセサリーがやたらと目立つ。これは櫻庭先輩のリスペクトか。

全体的にやせ型の体系。目が細くつり上がり気味なため、終始睨まれているように感じる。いや、実際睨まれているのか。

櫻庭先輩のイメージが猫なら、千里先輩は狐のようだった。

先輩たちはわたしたちと同じくドリンクバーの注文をした。

店のスタッフは快く伝票を置いてテーブルを後にする。これが皇龍と一般の学生の違いというものか。わたしたちの時と接客態度に差があり過ぎるのは、今更なことだ。

セルフのはずの飲み物でどれにするかまで聞いてきたスタッフに、千里先輩が仕事に戻るよう注意していた。

 

「で、話っていうのはなんだろうねー?」

 

うきうきとわたしたちを交互に見てくる櫻庭先輩に、引っかかりを覚えた。最初から向こうに主導権を握られているような、嫌な感じだ。

こちらが相談したいことに予測が付いているのか――?

 

「実は、現在ちょっと厄介な女に付きまとわれてまして」

「は? なんの――」

「ちぃくんは黙ろうか」

 

凍牙の話をさえぎって何かを言おうとした千里先輩を、櫻庭先輩が止めた。

 

「続けて。面白そうだから聞くよ」

 

凍牙に向けて言っているはずなのに、櫻庭先輩はわたしと目を合わせたままだ。

空気の流れが変わった。

薄く笑いそうになる口元に力を入れて表情を隠し、櫻庭先輩と合わさった目線はわたしが先にそらす。

そして事情を説明する凍牙の声を聴きながら、櫻庭先輩の隣、困惑を隠しきれない千里先輩を観察する。彼が分かりやすい人でとても助かった。

いきさつを聞き終えた櫻庭先輩が口を開く。

 

「まだまだ修行が足りないねぇ」

 

それはわたしや凍牙に対してか、千里先輩に向けてなのか。

櫻庭先輩は千里先輩をどかせてソファーから立ち上がった。

急な行動を見守っていると、先輩は彼女がいるであろうカフェの見える窓へ近付き、思いっきり手を振った。

おいちょっとこら。

ストラン内の客からも注目されてしまってるよ。恥ずかしい。

しばらくして気が済んだ櫻庭先輩は再び席に付く。

 

「びっくりして帰って行っちゃったけど、多分あの子だねー。顔は見えたし、アークにも来てる女だったよ」

 

それを確かめるためにあんな目立つ行動に出たのか。

 

「まあ、大体はつかめたかなー。んでもってその女、多分アークのスタッフにも声かけてるやつと同一人物だろうねー。いずれはエスカレートするのかなーって思ってたけど、まさかこんな早かったとはねぇ」

 

でもなーと、櫻庭先輩が考え込む。

 

「水口君が来たの教えたらくれるっていうお礼の金額、アークでは8千円だった気がするんだけど」

 

増えてる。……そのレベルの違いはとこから来るのだ。

思わず首をかしげた。

 

「あれ? 結衣ちゃんひょっとして分かってない?」

「さっぱりですよ」

 

櫻庭先輩が笑みを深める。擬音語で例えるなら、にやりがにんまりになった。

 

「告げられた金額そのものが、彼女にとってのそのクラブ、もしくはクラブにいるスタッフの価値に繋がってるんだよー」

 

あの女の人の価値観。これはヒントなんだろう。

 

「なーんか結衣ちゃんにようやくいっこ勝てた気分。2年長く生きててほんとーによかったよ」

 

……勝ち負けでいうならわたしは櫻庭先輩に劣っている部分のほうが多いはずだが。

 

「まーなんにせよ最初からいこっか。俺、あの子……ああ、名前はアークで調べてあるけど小野寺 雫(おのでら しずく)ね。で、俺は小野寺雫が水口君を好きになったきっかけも知ってるしー」

「は?」

「え?」

 

驚くわたしと凍牙に、櫻庭先輩は言った。

 

「ゴールデンウィークに入るちょっと前かなー。俺と水口君が一緒に街であった喧嘩の仲裁に向かってたとき、彼女、ナンパされてて俺たちの行く道が塞がってたんだよねー。俺の見立て、あの子けっこうノリノリだったよ」

 

ナンパ? 絡まれていたのではなく?

 

「そんで、呼び出しくらって機嫌最悪だった水口君が、ナンパしてる連中含めて冷ややかな声で邪魔、よそでやれって言って道を開けさせたと。後日彼女がアークに来たとき、俺はすぐに分かったんだけどねー。水口君全然覚えてないみたいで相手にもしないからもーうけるうける」

「……つまり、彼女はナンパをおじゃんにした凍牙に逆恨みをしていると」

 

だとしたらずい分とけったいな逆恨みがあったものだ。

櫻庭先輩はわざとらしく人差し指を立てて横に振る。

 

「ちっちっち。そーんな難しく考えなくても単純にいっちゃいなよー。あーでも、難しいかなー。世の中人間全てが自分と同じ目線で物事をとらえてるなんて、あり得ないもんねー」

 

ねー、とはわたしに向けられている。これもヒントだ。

 

「……彼女は、凍牙にナンパされていたところを邪魔された」

「うん。それが結衣ちゃんや俺の視点」

「彼女にとっては、ナンパされていたという事実そのものが湾曲されている。――凍牙が出てきたことによって、むしろナンパしていた男のほうが煩わしいものに変化した」

 

凍牙のほうが小野寺雫の好みだったからか。

だけどナンパしてきているという時点で、どっちの男のほうが彼女に好意を持っているかは一目瞭然だ。

事実として自分を全く好きでもない人間が、自分に気を持ったと思い込める根幹はどこにある。

 

「大分近いね。にしても意外だなー、結衣ちゃんならこういうのもさらっと対応しちゃうんだと思ったのに」

 

それはまさしく過大評価だろう。

 

「あんなタイプの人、聞いたこともありませんし出会ったこともありませんよ」

「ふーん。よっぽどきみの近くにいた人は、きみとそういうのを出会わせたくなかったのかもねー」

 

……櫻庭先輩の言葉に思い当たる節はある。

中学の生徒会で各先生の許諾が必要な事案があると、春樹は真っ先にわたしを使っていた。

だけどある一部の教師に対しては、絶対にわたしを関わらせようとしなかった。

得手不得手を考えての人選だと春樹には言われたが、関係があるのか?

 

「ちなみに、ああいうのは組織のトップにもまれにいるからねー。ちぃくんも気をつけなきゃだめだよー」

「はぁ」

 

糸口が見えてきそうなのに、いまいちこれといった確信がつかめない。

わたしはまだ、小野寺雫について知らないことが多すぎる。

 

「具体策としては、あの女が俺たちにこれ以上付きまとわないようにする手立てはあるんですか?」

「水口君は直球だねー。ちょっとは結衣ちゃんみたいに解決の過程を楽しみなよー」

 

断じてわたしは楽しんでいない。

次があることを考えて、彼女がどういう人間なのかを知りたいだけだ。

 

「まぁこのまま分析しているだけだと状況は変わらないもんねー。そうだねー、一番てっとり早いのは、あの子の意にそぐわないことをじゃんじゃんやっちゃうってことかなー。感情をマイナス方向に揺さぶってやれば嫌でもなにかしらの変化は起こしてくるだろーし」

「……嫌なこと、ですか?」

 

千里先輩が聞き返す。

彼女の嫌がること……、わたしに会いに来るのが日課になっているのなら、こちらは静さんに頼み込んでカプリスに引きこもらせてもらおうか。

あとは夏休み中凍牙が遠方に行ってしまうとか。

思いつくのはどれもぱっとしないものばかりだ。

櫻庭先輩は考え込むわたしたち3人を見比べて、決定事項とばかりに爆弾発言をのたまった。

 

「とりあえず、水口君と結衣ちゃんで付き合っちゃお―か」

 

うん。それがいいとひとり納得しているチャラ男と、ここにはいない柳さんが一瞬被って見えたのは疲れているからだと思いたい。

ああ、櫻庭先輩、今ものすごく楽しそうだ。すっごく生き生きしている。

そんなことを考えながらぽかんとするわたしの横で、凍牙は眉を寄せて口をつぐんでいたところ。

 

「……はあ!?」

 

突然の大声に周囲にいる客の視線が一致に集まる。

どうやら適切な反応を返せなかったわたしたちの分まで、千里先輩がテーブルを代表してリアクションしてくれたようだった。

 

 

 

続く


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