モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上2-1

2-1

 

 

凍牙くんはかっこいい。

年下ってところがネックになると思ったけど、本人はすごく大人びてるし今では全然気にしていないわ。

わたしは高瀬さんみたいにバイトしなくてもお小遣いたくさん貰っているから、いろんなことで凍牙くんを助けてあげられる。

この前はおそろいのお財布をプレゼントしようとしたんだけど、申し訳なさそうに断られちゃった。

きっと照れくさかったのよね。そう思うでしょ?

凍牙くんたら最近アークに来てくれなくて、皇龍の人たちとうまくいってないのかなってちょっと心配。

夜の街には出てきてるみたいなんだけど、決まったお店にいないみたい。もしかしたら皇龍の仕事を手伝ってるのかも。

そのはずよね。わたしの見こんだ凍牙くんが皇龍と手を切るなんて思えないし。

でも……、少し前から凍牙くん、どこのクラブにもいないのに家にも帰ってないって時が増えちゃって。

あなたと一緒にいないってのは知ってるんだけど、凍牙くんの行きそうなところとか、どこか心当たりはないかしら?

 

 

 

 

……………勘弁してください。

 

 

 

バイト先のカプリスへは定休日の水曜を除いてほぼ毎日通っていた。

カフェの仕事もビルの清掃もない時間は、バックルームで宿題をさせてもらっている。

冷房の効いた部屋はありがたい。

宿題もさぼらずバイトにも励めて、わたしの夏休みはすこぶる順調だった。

……一点だけに目をつむれば。

今日もきょうとてバイトが終わり、カプリスを出て帰宅する途中。

 

「あ、高瀬さん。仕事終わったんだ」

 

わたしは取り憑かれているのかと疑うぐらいに、彼女は毎日のように会いにきた。

水口凍牙と付き合っているのかはっきりしないが、まあもうすぐ交際は確実だろうと自称するその人は、なぜかわたしのバイト終わりに出没する。

別の道で帰ろうとしても「今日はどこか寄っていくの?」と言って後ろから現れるのだから、わたしがカプリスを出たところから見ているとしか思えない。

今のところ彼女は静さんのいる場所では話しかけてこない。そこだけはほっとしている。

彼女に捕まれば、延々と凍牙と彼女自身のことについて喋り続けてくるのだが、これがまた面倒くさい。

以前わたしに構わず他にすることはないのかと言ってみたことはある。そしたらこの人、「ごめん、傷ついちゃった?」と困り顔で返してきた。

それはもう。わたしの精神は疲労困憊ですとも。

念のために催涙スプレーと防犯ブザーは常時身に付けているが、彼女に関しては今のところ出番がなさそうだ。痛い出費だったのに。

目的がはっきりしない彼女をどう対処すべきか、正直かなり困窮している。

凍牙と連絡を取ろうにも方法がない。

苦肉の策として、凍牙がもしカプリスに来たら会いたがっていると言っててほしいと、凍牙の特徴も添えて静さんには伝えてある。

わたしが無視していても気にせずにマシンガントークを続ける彼女の名前を、実はまだ知らない。

聞き出そうにもやり方を間違えたら協力者並びに友達認定されそうで、迂闊な質問もできやしない。

一度彼女がわたしに向かって「聞いているの?」と言ったので、「それなりに」と返事をしたことがある。

言葉のとらえ方の違いとでも言うべきか。

返事を返したことで、今まで彼女が話していたこと全てにわたしが賛同したと思われてしまったときにはさすがに目眩がした。

軽はずみな相槌も打ってはいけないと学ばされた瞬間だ。

 

7月最後の日。

カプリスに出勤すると静さんからメモ用紙を渡された。

相談がある、の言葉に始まり日付と時間、場所だけが記された小さな紙切れだ。

書かれた字体には見覚えがある。

ボールペン字のお手本を少し崩したような、読みやすい字。

凍牙が書いたものだとはすぐに分かった。

 

「虎晴くんがね、結衣ちゃんに渡してほしいって頼まれたんですって」

「ありがとうございます」

 

書かれた日付は明日。カプリスの定休日だ。

夏休み中はバイトをしている時間を指定してくるところをみると、柳さんが凍牙に店の休みを教えたのだろう。

こんな回りくどい伝え方をせずに自分で直接来いとも思ったが、わたしも凍牙に聞きたいことが山ほどある。

とりあえず明日、あの女性のことだけでもなんとかできればと考えた。

 

次の日の午前11時。

繁華街にある24時間営業のファミリーレストランでわたしたちは落ち合った。

わたしが店に入ったときには、すでに凍牙は禁煙席の一角に腰を落ち着けていた。

接客に来たスタッフに連れがいることを伝え、凍牙の向かいに座る。

注文はドリンクバーふたつ。

もっと頼まないのかと物言わず語るスタッフの視線は、二人で完膚なきまでに無視した。

 

「先に謝っておく。悪い。巻き込んだ」

 

凍牙に謝罪されるのは、初めてかもしれない。

 

「それっておそらくうちの高校2年の女子生徒の、身長大体160センチの痩せ型、栗色ぐらいのセミロングヘアにノリみたいなので二重まぶた作って毎日違う色のコンタクト付けてる女の人のこと?」

「……そこまで分かっていて名前は出てこないのか」

「聞いてない。出会ったことのないタイプで、どう切り返してくるか予想できないから怖くて聞けない」

 

額に手を当てて、凍牙は目を閉じた。

 

珍しい。かなり弱っている。

 

「洗面所行くふりして、後ろの窓から見えるカフェの中をさりげなく確認してみろ」

 

言われた通りに立ち上がり、後方にある「お手洗い」の表示へと進む。

凍牙の示したカフェはすぐに見つかった。

この場所とは大きな道を挟んだ向かい側に建てられた、ドライブスルーもある有名なチェーン店だ。

車の波が途切れてあちらの店の全体が姿を現す。同時に凍牙が伝えたいものが分かった。

何せここ数日、毎日のように顔を合わせていたのだ。

向こうの店の照明が若干薄暗くても、見間違えるわけがない。

カフェの道側に備えられた一席に、白いカップを片手にこちらを睨んでいる、彼女がいた。

……おいおい。

顔が引きつるのを全力で阻止し、手洗い場に入り心の中でゆっくりと10秒数えてから席に戻った。

 

「凍牙が彼女のこと大事に思ってたらものすごく申し訳ないんだけど、わたしは今リアルなホラーを体験している気分だよ」

「心外だ。あれに関して俺は好意的な感情は塵ひとつ抱いていない。不気味で気持ち悪くて背筋が薄ら寒いのは俺も同じだ」

 

同意見だけど、わたしはそこまで言ってない。

 

「誰なの、あの人」

「知らねえ。5月ぐらいから頻繁に話しかけられてはいたが、最近になって度が増してきやがった」

「名前は?」

「知るわけないだろう」

 

えらく彼女の言い分と食い違っているが、昨日まで聞いていたあの惚気話はなんだったんだ。

 

「そもそもどこで知り合ったのさ」

 

名前すら不明な人間と「知り合う」と言うのはおかしいかもしれないが、少なくとも彼女と凍牙が関わることとなったきっかけは過去あったはずだ。

それはそれは彼女の心を射止めるような強烈な出会いだったのだろうと予想して聞いたつもりだったが、凍牙は馴れ初めを語ろうとはせず明後日の方向を向いてしまった。

 

「凍牙さん?」

「……覚えがない」

 

これは……、いよいよ彼女が生きているのか怪しくなってきた。

 

「あの人、前に嫌な人に絡まれてるところを凍牙に助けてもらったって言ってたけど」

「初めてあの女と会ったのはアークで、この前はありがとうと言われたのは記憶しているが、あいつの言う『この前』にあたる部分に心当たりが全くない」

「……人違いとか」

「それも言った。向こうは絶対俺だの一点張りで、最近じゃそんなに謙虚にならなくてもいいなんざ抜かしてくるようになってきやがった」

 

……どうしよう。彼女の頭がますます読めない。

 

「2週間ほど前から、街に出るたびに会いに来るようになってな。さすがに受け流し続けるのも限界だ。ここ数日、あいつの話に結衣のネタが頻繁に出るようになって、まさかと思ったんだが」

「付きまとわれてます」

「……本気で悪かった」

 

げっそりしている凍牙の姿はレアなのだが、わたし自身も当事者になりつつあるので笑ってはいられない。

 

「あいつが結衣の話を出したときに口を挟んでしまったんだ」

「……なんて?」

「あんたに俺の友好関係をとやかく言われる筋合いはないと」

「……で?」

「どこをどうとらえたのか、安心したと言われた。それから毎日のようにバイト帰りのお前のありさまを聞かされる。今日の服装は全く似合っていなかったとか、金がないのになぜ深夜か早朝のバイトをしないのかとか、正直意味が分からん」

 

それは面白くもなんともないだろうに。

後ろにある大窓を見てみるが、座っている高さの部分がすりガラスになっているため向こうにいる彼女がどうしているか把握できなかった。

 

「あの人、本当に生きてるよね」

「どうしてそんな考えになる」

「死んでる人ならお祓いで一発かと」

 

ついでにわたしに憑いているという、柳さんを喜ばせる何かも祓えれば一石二鳥だ。

 

「楽なほうに逃げずに現実を見ろ。あれは生きている人間だ。幽霊は人間を買収したりしない」

「買収されたの?」

「俺じゃなくて、俺の周りがな。あまりにも居場所が筒抜け過ぎておかしいと思ったんだ。それなりによく行くクラブで、俺が来ると妙によそよそしくなったスタッフを脅して白状させた。俺が来店したとき、あの女にそれを伝えれば報奨金がもらえるらしい。一回に付き5千円だとよ」

 

金持ちだ。

だけどその金の使い方はどうかと思う。

 

「同じような依頼を受けているやつが他のクラブにも何人かいる。……どこの誰が教えたのか、俺の住んでいるマンションまで知ってやがる」

 

苦々しく顔をしかめた凍牙に、どうしたものかともう一度後ろを振り返る。

ドリンクバーを注文しておきながらテーブルの上にはメニューボードが置きっぱなしで、飲み物がひとつもない状態なことに遅れながらも気が付いた。

席を立ってドリンクバーに飲み物を取りに行く。

2人分のウーロン茶を用意しながら向かいのカフェを横目で窺うと、彼女はまだそこにいた。

戻って凍牙の前にコップを差し出す。

 

「あの人って他にすることとかないのかな」

「夏休みだからなあ」

 

ウーロン茶を飲みつつ凍牙は投げやりに呟いた。

 

「巻き込んでおいて悪いが、あれの対処法思いつかないか?」

「ごめん。わたしにとっても未知の領域だ」

 

だよな、とこぼしながら凍牙がスマートフォンの画面を見る。

 

「あの人にそれの番号知られたらどうなるんだろうね」

「何度かかかってきてうっとうしかったから着信拒否にした」

 

……もう知られた後だったか。

手に負えない。これがわたしの感想だ。

そもそも恋愛とは何かというのをつい最近になって考え始めたわたしに、恋に突っ走る彼女を理解するのはあまりにも難しすぎる。

こうなってしまっては仕方がない。

 

「厄介者は、それなりにそのことで場数を踏んでいる人に助言を仰ぐのが一番かと」

 

とか言いつつも、本心はあまり乗り気じゃない。

凍牙も理解しているのか、黙って考え込んでしまった。

蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。

厄介者の相手をできる人間が、親切心にあふれた無償で助けてくれる人などという都合のいい話はどこにもない。

わたしの頭に浮かんでいる候補者2人もこういうことに対応できそうではあるが、事態が収拾した後を心配してしまう。

助言の見返りで変なことを押し付けられはしないか。

借りを作ってしまうのは、いささか危険な気もする。

だけど……。

 

「今の状況考えれば、後々面倒事のひとつやふたつ、引き受けるのもありな気がしないでもない」

「……まあな」

 

嫌そうにしながらも、凍牙はスマートフォンを操作した。

大きなため息をついた後、ひとこと漏らす。

 

「……櫻庭さんに聞いてみるか」

 

苦笑して頷くと、目の前で電話をかけ始める。

 

不安要素がある中こちらから皇龍と関係を持とうとしたり、櫻庭先輩に借りを作るというリスクを天秤にかけても柳さんに相談する道を選ばなかった凍牙に、なんとなくだが意地を感じた。

メモ用紙ひとつの伝言を頼むだけで、一体どんな見返りを求められたのだろうか。ちょっと気になった。

 

 

続く


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