モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上1-5

1-5

 

 

「わたしに用でもあるんですか?」

 

警戒は解かない。

彼女がここにいて、わたしに近づいてくることに、思惑がないなどあり得ないのだから。

 

「うん。ちょっと高瀬さんにお願いしたいことがあって」

「こちらにはあなたのお願いを受ける理由がありません」

「えーでも、高瀬さんって凍牙くんとよく喋ってるじゃない」

 

それがどうした。

 

「わたしね、前に街で嫌な人に絡まれたところを凍牙くんに助けてもらったの」

「……はぁ」

「それをきっかけによく話すようになっていったんだけど。凍牙くんね、絶対わたしのことを好きだと思うの」

「………へぇぇ」

 

まじかよ。

 

「わたしも、凍牙くんのことちょっといいかもって思ってるから。高瀬さんにわたしたちのこと協力してほしいなって」

 

これはなんとも奇妙なお願いだ。

そしてそれを全くおかしいと思わず、わたしに要求してくるこの人がちょっと怖い。

 

「わたしと凍牙は友達です」

「知ってるわ」

「わたしとあなたは、他人です」

「えっ?」

 

名前も知らない人間が知人と認定できるわけがないだろう。

驚く彼女に構わず続ける。

 

「凍牙があなたを好きで、わたしに仲を取り持ってほしいと言ってきたら、わたしは友達として何かしらの行動を起こすかもしれない。でも、わたしにとってあなたは名前も知らない赤の他人です。たとえ知り合いが関わっていても、知らない人の頼みに応じれるようなできた人間じゃないんです。他をあたってください」

 

言葉を重ねるごとに彼女は涙目になっていったが、気にするつもりはない。

曖昧に返答してややこしい事態になるのだけは避けたかった。

 

「……そんな。わたし、あなたにお願いするために今日ずっと待ってたのに」

 

待て。

わたしを待ってたって、どこで?

まさかカプリスで働いている間ずっと待機していたのじゃないだろうね。

今日あの店に吉澤先生来ちゃったよ。

そもそもなんでわたしのバイト先を知っている。

ちょっとどころじゃない。この人本気で怖い。

 

「高瀬さんが協力してくれなくてもわたし、凍牙くんのこと絶対諦めないから!」

 

目を潤ませながら、両手にこぶしを作って周りの目も気にせず、彼女は叫ぶように宣言した。

あ、この人今、自分に酔ってる。

涙をぬぐってわたしをまっすぐ見つめた後、彼女は駅のほうへと走って行ってしまった。

目線でいろいろ訴えてきたのはよくわかったけど、ひとつひとつの動作が大げさすぎて何とも居たたまれない気分に陥った。

通りすがる人の視線が痛い。

知り合いでも何でもない人の言葉で、どうしてわたしがこんな恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだ。

その場から逃げるように速足でマンションに直帰する。

 

夏休みに入ってしまったが、もし凍牙に会うことがあれば事情を聞くとしよう。

どうでもいい人間は気にせず放置がわたしの基本だったけど、原田さんの一件でそこは改めた。

自分に感情や関心を向けてくる者は、多少なりとも警戒しておくにこしたことはない。

場合によっては、こちらから行動に移す必要もあるだろう。

あの時の失敗を繰り返すつもりはない。

 

 

続く


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