モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上1-4

1-4

 

 

 

柳さんが改めて静さんを吉澤先生に紹介する。

大人の話に立ち入るのも野暮なのでこちらは仕事に取りかかることにした。

カウンターも拭き終わり、床掃除用のほうきと水ぶきのモップをバックルームへ取りに行く。

吉澤先生をからかいながらの3人の話は弾む。

 

「――いや、高瀬の背後には俺を楽しませるための何かが絶対憑いている」

「それを祓うにはどこの神社のお祓いが一番有効ですかね」

 

バックルームから戻るや聞こえてきた柳さんの言葉に、思わず口を挟んでしまった。

いけない。

むきになって返しすぎるとわたしは未来の吉澤先生になってしまう。

店内掃除の邪魔になるので柳さんと吉澤先生が調理場に移動する。

静さんの片付けを柳さんが手伝う。

手持ち無沙汰な吉澤先生は、椅子に座りながら柳さんと舌戦を繰り広げていた。

大人たちはこの後、吉澤先生のおごりで飲みに行くらしい。

ホールの掃除を終えるころには調理場の作業も片付いたようだった。

バックルームで帰り支度をして、静さんたちに挨拶をする。

 

「お疲れ様。まだ明るいけど帰り道は気をつけなきゃだめよ」

「はい。お疲れさまでした」

 

大人3人におじぎをして、裏口から店を出た。

 

冷房のない外に足を踏み出した途端、熱気が体を包み込む。

 

「高瀬」

 

表通りへ向かおうとしたとき、吉澤先生に呼び止められた。

柳さんと静さんの姿はない。

 

「モノトーンの話は知っているか」

「ええ。先日友人の水口から聞きました」

 

険しい顔を隠しもせず、吉澤先生は口を開く。

 

「武藤春樹の知り合いだと、お前は皇龍に言ったのか?」

「言ってませんし言いません。伝える義理がありません」

「……何を企んでやがる」

 

唸るような声。

常にそうあれば柳さんに遊ばれなくて済むのになんて、場違いなことを考えてしまった。

 

「企みなんてありませんよ。ただわたしが武藤たちと知り合いだと皇龍に言ったところで、何も起こらない可能性もありますし。結局穏便に解決してわたしひとりが皇龍に弱みを与えただけで終わりなんて、割に合いませんからね」

 

皇龍と春樹たちが衝突するかは、まだ見当もつかないところだ。

そんな段階から言いたくない話をわざわざ打ち明けるなんて、できるわけがない。

 

「……本当に、それだけなのか?」

「他に企てがあるとでも?」

 

逆に聞き返せば、吉澤先生は黙り込んだ。

正直なところ、何も企てていない。というわけではない。

だけどおそらくわたしが手にするはずだった手札は彼らに見抜かれる。

過去の言動を少しだけ悔やんだが、もはや諦めるしかないだろう。

 

「失礼します」

「……ああ」

 

さすがは教師。

どんなに納得がいかなくても、生徒のあいさつには無視せず返してくれた。

ビルの間の細い道を抜けて大きな通りに出る。

外はまだ明るいが、長くのびた建物の影を歩いているため炎天下よりはるかに進みやすい。

カプリスの周囲は娯楽施設よりオフィスビルが多いため、道行く人もサラリーマンがほとんどだ。

仕事を終えて駅へ向かう彼らとは逆に、住んでいるマンションへと歩く。

すれ違う人の波が途切れ一本道の視界が開けたとき、背中に人の気配を感じた。

暑いはずなのに全身に悪寒が走った。

車へ引きずり込まれた記憶が瞬時に蘇る。

勢いよく振り返り、安全のために3歩ほど距離を取る。

 

「びっくりした―。どうしたのよそんな怖い顔して」

 

そこにいたのは、数日前に校門で声をかけてきた先輩だった。

 

 

続く


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