モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上1-3

1-3

 

 

 

7月19日の終業式当日。

朝のショートホームルームはちゃんと登校したが、終業式は出席するのを止めた。

体育館では全校生徒が校長先生の話を聞いているのだろうが、わたしはひとり教室に残っていた。

この季節、冷房設備のない体育館に全校生徒を押し込むなんて結構過酷な環境だと思う。

人と暑さに酔って保健室行きになるのを避けたいというのも、さぼった言い訳のひとつだ。

窓を全開にした教室は風がないものの扇風機が回っているため快適だ。

午前中で終わる今日、昼ご飯は静さんが賄いを作ってくれると言っていた。

今からものすごく楽しみだ。

 

「なに堂々と終業式さぼってやがる」

 

開かれていたドアから低い声とともに入ってきたのは、担任の吉澤先生だった。

 

「自主的な荷物番ですよ」

「あほみたいな屁理屈抜かしてんじゃねえ」

「先生こそ、式の最中は教師も体育館にいないといけないんじゃないですか」

 

わたしの追及を無視して先生は教員用机に座った。

 

「……校長の話は聞いてきた」

「つまりその他の連絡事項は逃げ出したってことですね」

「毎年同じこと繰り返してんだからそれぐい構わないだろ。ここの終業式は校長より生徒指導が壇上にいる時間のほうが長いんだ」

「それ、先生が代わって端的に忠告すればすぐに終わるんじゃないですか」

「そこまで面倒見てられるか」

 

柳さんの知り合いということで、吉澤先生はなかなかの苦労症だと思ってしまったが、この人はそれなりに手の抜き方を知っているようだ。

先生と教室で二人きり。立ち聞きしている者はいないだろう。会話が途切れた時、ふと脳裏に柳さんと静さんの姿が浮かんだので思ったままに口を開いた。

 

「柳さんって、結婚してたんですね。この前初めて知りました」

 

無言になるのもなんだと話題を提供したつもりだった。しかし予想に反して話し相手から返答が返ってこない。

およそ10秒ほど無言の時間が過ぎ、ようやく吉澤先生はいぶかしげにわたしを見つめてきた。

 

「……いつだ?」

「先週の日曜日です」

「柳が結婚したのはだ」

「……そこまでは聞いてません」

 

なんだか雲行きが怪しい。

これはまさか……。

嫌な予感がして体に力が入った。

やがて、不機嫌かつ不愉快な感情を隠そうともせず、子どもが見たら号泣しそうなしかめっ面で吉澤先生が口を開く。

 

「俺はあいつが結婚していることを今知った」

「……わたしは柳さんの楽しみを奪ったことを今ものすごく後悔しています」

 

次会ったら謝ろう。

いや、静さんを通じて今日中に報告とともに懺悔するべきか。

 

 

 

とんでもないうっかり発言をかましてしまったその日のアルバイト。

学校からカプリスに直行すると店が満席状態だったため、静さんに話をする暇もなく手伝いに入った。

わたしは基本、掃除以外では調理場に立たない。

営業時間は必然的にホールと会計にまわる。

仕事だと割り切れば愛想笑いもできるし、そんなことで静さんに迷惑はかけられない。

店が落ち着いたのは、昼時を過ぎて時計が14時を指そうとしているころだった。

先程までの騒がしさが消えて店内にはお客さんはひとりもいない。

 

「ごめんね、お昼遅くなっちゃったわね」

 

カウンターで座るわたしに静さんは昼ご飯を出してくれた。

冷製パスタと明太子ソース。静さん、これは賄いじゃなくてれっきとした店のメニューだよ。

 

「静さんも、お昼はまだなんじゃないんですか?」

「わたしはいいの。味見ついでのつまみ食いがいつも昼ごはんの代わりだから」

 

いたずらっ子のように舌を出しておどける静さんは、自分で淹れたコーヒーをわたしの向かいで椅子に座って飲んでいた。

小休止ついでに、柳さんが秘密にしていたことをわたしが第三者にばらしてしまった件を打ち明けてみる。

口をこぼした相手が吉澤先生だと伝えると、なにが楽しいのか笑いながら気にしなくていいと言われたしまった。

 

「虎晴くん、わたしと入籍したことをどう演出して吉澤さんに伝えようがずっと悩んでいたのよ。結局いい案が浮かばなくて、あっさり伝えるのも嫌だからってずるずると引き延ばしにしていたとこだから」

「具体的にはどれくらい」

「そうねえ、今年で3年になるかしら」

 

……その年数をさらっと言ってしまうあたり静さんも只者ではない。

 

「思いがけず結衣ちゃんの口からってのは、虎晴くんにとっても嬉しい展開だったのじゃないかしら」

 

くすくす笑う静さんが、おもむろにポケットを探りだした。

 

「あら、うわさをすれば」

 

取り出したスマートフォンの画面をわたしに向ける。

着信の表示とともに中央には「虎晴くん」と示されていた。

電話をするために奥の部屋へ行った静さんは3分ほどで戻ってきた。

 

「吉澤さんが、虎晴くんのお店に結婚のことを確かめに来てるんですって」

 

静さんは心底楽しそうだ。

 

「虎晴くんが結衣ちゃんによくやったって伝えてくれって。ね、問題なかったでしょ」

 

これは安堵していいところなのか。

ひとまず現在進行形で柳さんに遊ばれているであろう吉澤先生には、心の中で合掌しておこう。

 

昼食後、客足が落ち付いたので静さんに伝票処理などの事務仕事を教わった。

店に届いた食材と注文伝票が一致しているかをチェックし、柳さんの店の分をまとめていく。

小規模な上に趣味でやっている柳さんの店の仕入れは、カプリスで一括して行っていた。

2組のお客さんがいる中、ラストオーダーの時間になった。

店のドアに「close」のプレートを下げて、追加注文を窺う。

ほどなくしてお客さんが去り、店の照明を一段暗くした。

閉店後の店内でテーブルに消毒液を吹きかけふきんで拭いていると、ドアをノックする音がした。

ドア横の大きな窓に見えたピースサインに訪問者を察する。

ついさっき閉めたばかりの鍵を開けると、予想通りの柳さんと、その後ろには想定外の吉澤先生が立っていた。

 

「よっ、高瀬。しっかり励んでいるか」

「はい、静さんにはよくしていただいてます」

 

上機嫌な柳さんとは対照的に、吉澤先生は口をへの字に曲げている。

 

「この店、前にお前と昼飯食いに来なかったか」

「そういや何回か来てるな」

「だからなんでその時点で報告しないんだ!」

 

吉澤先生の怒りはもっともだ。

 

「だーかーらー、さっきも言ったじゃないか。ヨッシーのそんな顔が見たかったんだって」

 

力説する柳さんに、吉澤先生は膝に手を置いて脱力した。

生徒の前でそんな姿をさらしていいのかなんて、かわいそうなので言わないでおこう。

調理場の片付けをしていた静さんがカウンター越しに顔を出す。

 

「いらしてたの」

「ヨッシーがどうしても静さんの顔を見たいって言うから連れて来たんだ」

「まあ、言ってくれたらわたしが虎晴くんのお店まで行ったのに」

 

これが当たり前のはずなのに、柳さんと普通に会話している静さんに尊敬してしまう。

わたしはどうやっても吉澤先生のようにしかいかない。

 

 

 

続く


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