モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 モノトーン編上1-2

1-2

 

 

 

 

大きな雲が太陽を隠し日陰を作ってくれたので、今のうちに教室に戻るとする。

 

「わたしのこと、皇龍に伝えるかどうかは凍牙の自由だから。

 

ただ、前にも言ったかもしれないけど、あいつらが皇龍を敵として攻めてくるならそれはわたしが止める。

……皇龍が不穏分子ってだけの理由で春樹たちを叩くのなら、わたしは皇龍の敵になる」

そうなってしまえば友人の恋人が皇龍にいるとか、そんなことは関係なくなる。

わたしの宣言に、凍牙はため息をこぼして「知ってる」とだけ呟いた。

え、そんなにわたしは分かりやすいか。

自身の思考回路の単純さが悔しいやら、凍牙に理解されている安堵感やら。複雑な感情がせめぎ合い瞬きを数回繰り返す。

しばらく呆然と凍牙を見ていたが、校舎から聞こえてきた予鈴に我に返って第二体育館から背を向けた。

 

「モノトーン、って言うらしいぞ」

 

後ろから聞こえた声に、心臓が大きく脈打って足が止まった。

モノトーン、白黒、無彩色。凍牙の放った言葉が過去の記憶に引っかかる。

 

「武藤たちが、粋がる馬鹿どもをいなして抑止力となるために自ら掲げたチームの名前だ」

 

淡々と告げられたその意味を、改めて問い詰めるまでもない。

 

「……っ、馬鹿だろっ」

 

そう吐き捨てるのが精一杯だった。

凍牙を振り返る余裕もなく、足早に校舎へ向かう。

途中雲から顔を出した太陽の突き刺すような日差しに襲われたが、全く気にならないほど動揺していた。

何をやっているんだあいつは。

街で馬鹿がどんなに増殖しようが、あんたたちは無視して放っておくべきだろう。

それに、チームだなんて、お前たちのほうが大馬鹿だ。

わたしは高校入学を機に行き先も告げず、逃げるように実家のあるあの街から離れた。

携帯電話を持たないわたしに、あいつらが連絡を取ることなんて出来やしない。

そう思っていたのに、とんだメッセージの伝え方があったものだ。

媒体はチーム名。

有名になればなるほど、人から人へと伝わっていく。

――白黒がいい。

かつてみんなにそんなことを言ったのはわたしだ。

その意を汲んでの命名だと、これは判断してもいいところなのだろうか。

わたし自身が望む方向に考えを持って行ってしまっているだけの気もするし。

ひとつだけはっきりしているのは、西で起きていた混乱を鎮圧するという、史上最大級の貧乏くじをあいつらが引いてしまったということだ。

ここの部分だけは同情する。同情はするが、対応策としてとった行動は決して褒められたものではない。

そういえば皇龍がわたしを春樹たちの仲間とみなした場合、凍牙はどうするのか。

昼休みに聞いておけばよかったと後悔した。

混乱しすぎて思考が正常に働いていない。

午後の授業は全く耳に入らなかった。

自分の世界に入って悶々と考え続けるわたしに、5限目の授業だった吉澤先生は生徒のものより分厚くできた教員用の教科書の角できつい一撃をくれた。

最近この先生は容赦がなくなっている。

 

 

「恋愛は難しい」

 

放課後になり、バイト先のカプリスまで一緒に帰ることとなったマヤに呟いた。

恋人の三國翔吾は所用で先に下校したらしい。

 

「いきなりどうしたの?」

 

先に階段を下りていたマヤが立ち止まってわたしを見上げた。

 

「ちょっと思うところがあって」

「……思う人がいる、じゃなくて?」

「それはない」

 

否定しながらもマヤと並ぶ。

同じ段にわたしが来たところで、マヤも足を進め出した。

恋について、考えてみた。

それは一般的な「好き」の上にある感情、定義はこれで正しいのか。

恋をするというのがどういうものなのか、わたしは知らない。

ただマヤと三國翔吾とか、春樹と彩音が相思相愛だとははたから見ていても分かる。

――なぜ分かるのか?

恋人同士、互いを見る目が他と違って「特別」だから。

――どう特別なのか?

……どう? 何が? 具体的には?

突き詰めれば突き詰めるほど、恋というものが謎だらけになっていく。

だけどこの答えを最後まで出せない限り、わたしは春樹と彩音の前に立てない気がする。

物理的には可能だが、わたしの気持ちの問題で。

これは一種のけじめのようなものだ。

 

「そんなに難しく考えなくてもいい気もするけど」

「マヤは恋人さんのこと、いつ恋してるんだって自覚したの?」

「……聞き方が直球すぎる」

 

顔を赤くしてマヤは視線をさまよわせながらも、ちゃんと答えを考えてくれた。

 

「……わたしの場合は翔吾とはほんとに小さいころから一緒にいたし、いつかっていう正確なとこは覚えていないわ。

気がついたときには翔吾を見るとドキドキしたり、ひょんな仕草にキュンとさせられたり。

もうすぐ会えるって思っただけで胸が高鳴ったりして……、中学校に入る前にはすでにそんな感じだったわ」

 

ドキドキ、キュン、胸の高鳴り。

……どれもわたしにとって疎いものばかりだ。

 

「どうして急にそんなこと考えるようになったの?」

 

昇降口で靴を履き替えるとき、マヤに聞かれた。

まあこれは疑問に思って当然だろう。

 

「むかし、わたしがそういう気持ちをよく分かっていないせいで傷つけてしまった子がいるんだ。もう当時には戻れないけど、同じ失敗は繰り返したくないから」

「……恋って、理解しようと思ってできる感情じゃない気もするけど。一番てっとり早いのは結衣が誰かを好きになることじゃないかしら」

「それこそ一番難しいやり方だよ」

「そうかしら?」

 

思うところがあるのか、マヤは首をひねっていた。

外は快晴。照り付ける日差しが痛い。

校門にさしかかったところで、門扉に立っていた見知らぬ女子が近付いてきた。

リボンの色からして、2年の先輩だ。

よくこんな暑いところに立っていられたな。

 

「高瀬結衣さん、よね?」

「そうですが」

 

用事はマヤにかと思ったが、意外にもわたしが指名された。

前に立たれたので立ち止まるが、すぐそこにある木陰がものすごく恋しくなった。

ストレートヘアの化粧ばっちり、よく見ると瞳孔が茶色く見えるコンタクトを入れた先輩は、終始にこにこと笑っていた。

こっちは暑さでげんなりだよ。

 

「高瀬さんって、凍牙くんと付き合ってるの?」

「付き合ってはいませんが、それがなにか?」

「ううん。だったらなんでもないの。凍牙くんってカッコよくていろんなところから人気でしょ」

「……はぁ」

「最近高瀬さんと一緒にいるところをよく見かけるようだったけど、やっぱりそんなわけないわよね」

 

そう言い捨てて、2年の先輩はさっそうと去っていった。

なにが言いたかったのか、というか、なにがしたかったんだ今の人は。

凍牙に彼女がいないことの確認?

いやいや、それは凍牙に直接すべきことであってわたしに聞くものじゃない。

 

「……今の先輩は凍牙のこと、恋してるのかな?」

 

さっきまでの話の流れでマヤに聞いてみる。

 

「…………どうかしらねえ」

 

さっきまで無言を貫いていたマヤは、不機嫌に眉をひそめていた。

 

 

 

続く


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