モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 番外編「巡り縁4」

.M.Tuduki

 

 

友達というものが、最近よく分からない。

 

 

機嫌が良ければほっと胸をなでおろし、拗ねた表情を見せている時はどんなことよりも彼女を励ますことが優先される。

 

 

常に顔色をうかがい、わたしの発言で彼女が気分を害してはいけないと言葉ひとつ慎重に選ぶ。

 

 

――わたしたち、親友だね。

 

 

そう言われた時から、わたしと彼女は親友になった。

 

 

――マヤは親友を疑うの?

 

 

責められるような口調に、やがて彼女に意見するのにも多大な勇気が必要になっていった。

 

 

――見て、髪形変えてみたの。似合う?

 

 

あなたには元の髪形の方が似合っていたとは言いだせず。

 

 

人と付き合うのは、こんなにも疲れることなのだと思い知る。

 

 

――その服可愛いわね。どこで買ったの?

 

 

――マヤのその靴、わたしも買おうかな。

 

 

――マヤの髪の毛って、ほんとに自前なの? そこまで色を落とすのに、すごく時間かかっちゃって……。

 

 

 

わたしの親友は、おそろいが好き。

 

 

 

 

 

人付き合いに疲れていいなりになっている自分に疑問ひとつ抱かなかった。

 

 

そんなことは言い訳に過ぎない。

 

 

「ねえ、今からちょっと遊びに行こうよ」

 

 

日もすっかり暮れた時間に親友からの連絡。断り切れなかったのは、わたし自身の弱さでしかない。

 

 

親友であり、わたしにとってたったひとりの友達の望みは、できるだけかなえてあげたい。

 

 

彼女に嫌われないうちは、わたしは友達のいない寂しい人間にならなくて済むから。

 

 

下心には気付かぬふりをして、カバンを持って家を出る。

 

 

遊びというぐらいだから、行き先はゲームセンターかカラオケか。

 

 

少しだけ付き合って日付が変わるころには家に帰るつもりで待ち合わせ場所に向かったのが、愚かな夜の始まりだった。

 

 

親友に指定されたコンビニに行けば入り口の前には親友と、彼女と親しげに話す知らない男の人が数人いて、予想していなかった事態に戸惑った。

 

 

「マヤ、遅いよー」

 

「ごめんなさい。その人たちは?」

 

「ん? みんなわたしの友達だよ。暇な人呼んだの。大勢いた方が楽しいでしょ」

 

 

男の人たちはみんなわたしたちよりも年上のようで、全員で4人いる。

 

 

これはだめ。彼女が気分を害すると分かっていても、彼らがいるならわたしは一緒にはいけない。

 

 

「……ごめんなさい。2人でだったらよかったけれど、男性の方とは遊べないわ」

 

 

「ええー、また彼氏さん?」

 

 

「ええ。翔吾も怒るでしょうし、わたしも翔吾が不安になるようなことだけはしたくないの。誘ってくれて嬉しかったけど、今日は止めておくわ」

 

 

 

幼馴染で恋人でもある翔吾はわたしの友達関係に口を出すひとじゃないけれど、見ず知らずの男性ともなれば話が変わってくる。

 

 

本当は普段の人付き合いからわたしの全てを把握したいと彼は望んでいるのだと知っている。

 

 

だけど過度な束縛をせず、いつもわたしの意思を尊重してくれるのだから。わたしも翔吾の思いを大切にしたい。

 

 

「またそれ? マヤっていつも三國さんのことばっかり」

 

 

案の定、親友は唇を尖らせて拗ねたような口調になってしまった。こうなると機嫌を取るのが大変で、フォローに入る前からこちらも疲れた気持ちになってしまう。

 

 

「マヤがそんなのだから、友達もみんな離れていっちゃうの、ちゃんと分かってる?

それに、今日は男友達ばっかじゃないよ。現地集合で女の子もいっぱい来るから、マヤにも紹介してあげようと思ってたのに。

 

こんなのじゃ高校生活幸先悪いよ。また友達関係のことで三國さんに心配かけちゃうかもしれないし、自分でちょっとはよくしようとは思わないの?」

 

「……現地って、どこへ行くつもりなの?」

 

 

「――ってナイトクラブ、知らない? もうみんなにはマヤが来るって伝えてあるから、今更やめるとか言われてもしらけちゃうよ」

 

 

よりによってどうしてそんなところに。確かに彼女と遊ぶことは了承したけれど、他に人がいるなんて聞いてない。

 

 

彼女なりに気を使ってくれているのかもしれなとは考えつつ、場所が場所なだけに素直に喜べない。

 

 

「いいから早く、一回行ってみようよ。マヤだって絶対楽しめるって。あの雰囲気はくせになるよ」

 

 

円滑に断るための言葉が用意できず、親友に引きずられるように道を進む。

 

 

後ろから付いて来る男の人たちはも味方になってくれそうにない。

 

 

「分かったわ。せめて、翔吾に遊びに行くって報告だけはさせて」

 

 

「駄目よ。そんなことしたら三國さんが怒って来ちゃうでしょ。そうなったらマヤも楽しめないでしょうし」

 

 

翔吾には内緒。それを認識した途端、頭の中が真っ白になった。

 

 

彼に対して後ろめたい行為をしようとしている自分がどうしようもない悪者に思えて、必死に彼女の手を振りほどく。

 

 

わたしにとって親友よりも恋人が大切なのだと、はっきりと思い知らされた。

 

 

親友がどれだけ大事な人であったとしても、彼女は翔吾には遠く及ばない。

 

 

 

「だったら行かないわ」

 

 

 

足を止めれば自然と口から拒絶の言葉が漏れた。

 
 

彼女が驚いて目を見開く。男の人たちがわたしを見る目も厳しいものだった。みんなせっかくの楽しい空気を壊すなとでも言いたげな顔をしている。

 

 

ここにいる全員の機嫌が急降下していくのは目に見えて分かったけれど、わたしもこれだけは譲れない。

 

 

「ねえ、マヤ。マヤは彼氏の三國さんと、親友のわたし、どっちが大事なの?

マヤにとって親友ってのは、その程度のものだってこと?」

 

 

 

答えは決まってるわよねと言いたげな、きつい口調だった。

 

 

問われても、強制されたところで彼女の望む返答はできそうにない。

 

 

今この瞬間、あれだけ失いたくないと望んでいた親友がどうでもよく思えてしまって、不思議な感覚を覚える。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

夜に家を出て、クラブに行こうとしてしまったこと。

 

 

彼女以上に、無性に翔吾に謝りたくて、上着のポケットに入れていたスマホを取り出す。

 

 

この人たちと別れて、すぐに翔吾へ連絡しないと。

 

「いやいや、友達と話している時にスマホなんていらないでしょ」

 

 

その声と同時に、小さ四角い機械が手の中を離れた。

 

 

瞬時に男性のひとりが背後からわたしのスマホを取り上げたのだと知る。

 

 

「ちょ、返してください!」

 

 

慌てて追いかけるけど、自分よりも背の高い人にスマホを頭上まで持ち上げられてわたしの手では到底取り返せそうにない。

 

 

焦るわたしを面白がった男の人たちは手から手へとわたしのスマホを回し、やがてそれは親友のところまで行きついた。

 

 

「いい加減にして!」

 

 

「やだよ。マヤが悪いんだからね」

 

 

きつめに言ったところで彼女はこちらの怒りなど気にも留めない。目の前で繰り広げられる楽しい遊びに夢中になってしまっている。

 

 

彼女が笑いながら、男性のひとりへとわたしのスマホを放り投げる。上から下へ振りかざされた手によって放たれたスマホは、勢いよく男性の顔面を目指す。

 

 

スマホの行く先にいた男性は咄嗟の判断で自分の顔を守ることを選んだ。顔の前にかざされた手は精密機器を地面へとはたき落とす。

 

 

車道にとばされたスマホを目で追うと、直後に走ってきた車が四角い画面の上を通過した。エンジンの低音に混ざって、固いものが割れる音が確かに聞こえてきた。

 

 

「あーあ」

 

 

唖然とするわたしと同様、彼らも数秒は呆然としていた。

 

 

だけどこちらが現実を理解するより前に、彼らははじけたように騒ぎ出す。

 

 

「ぎゃはは!! ノーコン! いやこの場合はお前がどんくさいのか」

 

 

「ちげーよ。顔に来たら普通に考えて取れないだろ」

 

 

「いーじゃん顔面当たって鼻血出せば。お前の顔を犠牲にしなかったらスマホ様はご臨終しないで済んだってのにな」

 

 

 

興奮気味に笑う男の人たちの言葉に、耳を疑うとともに彼らの正気も疑った。

 

 

 

「あはは! おっかしー!」

 

 

一緒になって笑っている、彼女も信じられない。

 

 

「……帰るわ」

 

 

こんな人たちと一秒たりとも一緒にいたくない。とにかく車道のスマホを回収しないと。

 

 

「ええ? 駄目よ。これからクラブに行くって言ってるでしょ」

 

 

「人のスマホを壊しておいてまだそんなこと」

 

 

「だって、壊したのはわたしじゃなくて友達だもん」

 

 

彼女はきょとんとして、心底不思議そうに首をかしげる。わたしの怒りがまるで理解できていないみたい。

 

 

親友と呼んでいた子にこんなことは思いたくなかったけど、とにかく今の彼女は気持ち悪かった。

 

 

「そんなにわたしをクラブに連れていきたいの? あなたには、わたしがいなくてもたくさんのお友達がいるでしょう」

 

 

「友達はいるけど、親友はマヤだけだよ。

マヤ、わたしはおそろいが好きって知ってるでしょう?

だったらわたしの好きなクラブ、マヤも好きになってくれなきゃおかしいじゃない」

 

 

……これは、わたしの理解が追いついていないだけなの? 不気味さをはらんだ恐怖心。こんなもの、今まで彼女から感じたことはなかったのに。

 

 

「なによ。今まで服も、髪形だってわたしがマヤに会わせてあげてたのだから、ひとつぐらいマヤの方がわたしに合わせてくれてもいいじゃない」

 

 

わたしは一度も頼んだことはない。おそろいがいいというあなたを容認していただけで、わたしがそれを好んでいるわけじゃない。

 

 

言いたかったけど、思いを告げようとしたところで彼女が納得できる伝え方ができる気がしない。

 

無意識に逃げ道を探して、いつの間にか彼女の友達という男性たちがわたしたちを囲んでいることに気付く。

 

 

道を行く人たちは関わるまいと言いたげに、あからさまにこちらから顔をそらし通り過ぎていく。

 

 

「ねえ、マヤもそうおもうでしょう?」

 

 

 

同意を求められても、頷けない。だけどこの場を潔く立ち去るすべも、わたしにはない。

 

 

スマホさえあれば、翔吾に連絡ができるのに。車道を走る車の音がとても憎らしかった。

 

 

どうすることもできずに途方に暮れていると、視界の端かでこちらに近付いて来る人影を捕えた。

 

 

それは男の人のようで、また彼女の友達が増えるのかと気が重くなる。

 

 

男性たちの間を縫って現れたその人は、無言でわたしに手を差し出した。

 

 

つまらなそうな冷たい目が印象的なひとだと思った。身長はわたしよりもはるかに高いけれど、顔立ちからして年はそう変わらないかもしれない。

 

 

受け取って当然とばかりに押し付けられたものを慌てて手にして、遅れて分かった。彼がわたしに手渡したのは、壊れたわたしのスマホだった。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

わざわざ拾ってきてくれたのか。知らない人だけど、とにかくありがたかった。

 

 

「ははっ、なに、カッコつけてヒーロー気取り?」

 

 

この男性と彼女の友達という男の人たちは、知り合いなのか。

 

 

分からないけど、スマホを拾ってくれた彼は茶化されたところで全く意に介さずこちらを見下ろしてくる。

 

 

「取引しないか?」

 

 

「……何を?」

 

 

周りを囲む男性たちが面白くなさそうに悪態を付いている。だけど目の前の彼に集中していて、何を言っているのかまで頭に入ってこない。

 

 

「お前、津月マヤだろ?」

 

 

「……ええ、そうだけど」

 

スマホを拾ってきてくれて彼に対する警戒心が、自分の名前を出されたことにより膨らんだ。

 

 

だけど見知らぬ彼は怪しむわたしの心情などどうでもいいようで、「親友」を一瞥したかと思えばうっすらと目を細めた。

 

 

「な……、何よ」

 

 

たじろぐ「親友」を無視して、彼は口を開く。

 

 

「アークだったか」

 

 

「え?」

 

 

「皇龍のたまり場」

 

 

確認するように言われて、間違ってはいないので首を縦に振った。

 

 

 

「そこまで送ってやるから、お前はそいつのことを自分の口で皇龍に報告する。というのはどうだ?」

 

 

そいつ、と彼が示したのはわたしの「親友」。報告することとは今日のこと、でいいのか。

 

 

 

「……それは、取引なの? わたしはすごく助かるけれど、あなたが得をすることはあるのかしら」

 

 

「なければとっくに素通りしている」

 

 

「でも、どうして皇龍の人たちなの?」

 

 

 

これまでの経験から、彼はわたしを利用して翔吾と繋がりを持ちたいのだと予想したのだけど。どこか今までとは様子が違う気がしてならない。

 

 

「はあ!? 何言ってんの意味分かんないんだけど」

 

 

憤る「親友」に心の片隅で同意する。彼女の文句も分からなくもない。

 

 

確かに今ここで彼女から受けた仕打ちは嫌がらせにしか思えないものだけど、皇龍の人たちに報告するようなことではないはず。

 

 

恋人の翔吾も、皇龍に属していたとしてもこれはわたし個人の問題だから、チームの人たちにまで案件として持っていくことはきっとしないし、わたしがしてほしくない。

 

わたしの心境など全く気にするでもなく、彼は横でわめく「親友」を冷たく見降ろしながら口を開いた。

 

 

「お前だろ。俺が皇龍を見下しているだの、馬鹿にしているだの、好き勝手そこらじゅうに言いふらしているのは」

 

 

「はあ!? ……、……あ」

 

 

彼の顔をまじまじと見つめていた彼女はが息をのんだ。散々わめいていた口を閉ざしこちらにすがるような視線を向けてくる。

 

 

 

「いや……、あれは、マヤが」

 

 

「……わたし?」

 

 

どうしてそこにわたしの名前を出してくるの。

 

 

もう本当に、「親友」がよく分からない。

 

 

「そいつ、クラブではお前の名前名乗って津月マヤとして遊んでいるぞ」

 

 

と。混乱するわたしに彼はさらなる追撃を下す。

 

 

「さらには三國翔吾の名前を盾に出会ったやつに恐喝まがいなことをして、従わないやつはそいつが三國翔吾、果てには皇龍を見下したといって周りに触れまわる。

 

これは皇龍に報告する事案にはならないか?」

 

 

 

……なに、それ?

 

 

 

「皇龍って……、お前それ、親友公認じゃかかったのか?」

 

 

わたしや彼女以上に、この場を囲む4人の男性たちの方が皇龍という言葉に反応した。彼らの顔が青ざめていく。

 

 

「公認よ? まだ言ってなかったけど」

 

 

「は? お前それやばいって!」

 

 

「大丈夫よ。マヤが親友であるわたしのお願いを断るはずなんてないもの」

 

 

 

ね? と同意を求められたところで頷けるわけがない。

 

何より次々に発覚した事態が衝撃過ぎて、頭の整理が追いつかない。

 

 

「で、どうするんだ」

 

 

 

そんな中でも彼は取引の決断を迫ってくる。

 

 

一瞬どうしたらいいのか分からなくてパニックになりかけたけれど、終始冷静な態度の彼につられ、そう時間もかからず急激に心は凪いでいった。

 

彼女のことが大切だったことに、嘘はない。

 

 

気さくで、明るくて、中学校で人になじめなかったわたしにいつも話しかけてきてくれた。

 

 

彼女がいなければ、お昼のお弁当もひとりぼっちだった。親友だと言ってくれた時は、本当に嬉しかった。

 

 

それなのに、どうしてこんなに変わってしまったのだろう。彼女も、わたしも。

 

 

「……取引を受けるわ。お願いしてもいいかしら」

 

 

彼を完全に信頼したわけではないけれど。そんな人にすがってでも、一刻も早く「親友」だった彼女から離れたかった。

 

彼女はわたしにとって、唯一の友達だけど。

 

 

だけど、わたしの行きたくないと言うところに無理矢理連れて行こうとする。人のスマホを壊しておいて、笑っていられる。

 

 

それが友達のすることだというのなら、そんなものは、わたしにはいらない。

 

「さっさと行くぞ」

 

 

「ちょっと待て! 俺たちは違うんだって!!」

 

 

「待ってよマヤ! わたしじゃなくて、そいつを選ぶの!? わたしたち、友達でしょ!!」

 

 

全力で進路をふさぎにかかる彼女と4人の男たち。巻き込まれた通行人もとても迷惑そうだった。

 

 

取引相手となった彼は半眼でため息一つ。男たちに向かって口を開く。

 

 

「こちらを止めるより先に、共倒れになりたくないのならまずはそいつとの縁を切るべきじゃないのか」

 

 

彼の視線が下に移り、「親友」だった女性を見据える。4人の男たちも誘導されるように、なおもわめく彼女を注目した。

 

 

 

「ここでわめこうがいずれは皇龍や三國翔吾の耳に入るだろう。ならばお前たちが自分の株を上げるために、せめて今ここで出来ることは何だ?」

 

 

なぞなぞのような問いかけに固まった男性たちの間を縫って、彼が導くままにわたしはその場を離れた。

 

 

「うそ、マヤ、信じらんないんだけど! あんたってそんな子じゃないはずよ!」

 

 

叫びながら追いかけようとする彼女の声。

 

変化はすぐに起きた。

 

 

「ちょ、何やってんのよ、放しなさいよ! マヤが行っちゃうじゃない!!」

 

 

 

振り返ってみると4人の男性たちが、腕をつかんで進路をふさいで、彼女を止めているのが見えた。

 

人はこうもあっさりと手のひらを返せるものなのかと、別のところで感心してしまう。

 

 

「……すごいわね」

 

 

助けてくれるとは言ったけど、そんな方法だったなんて。

 

 

「人の真似をしただけだ」

 

 

雑踏の中でぽつりとつぶやかれた彼の言葉ははっきりとわたしにも聞こえた。

 

どんな人を真似すれば、あんなあしらい方になるのか。いろいろ知りたいとは思ったけれど、彼はそれ以上何も言ってくれそうにない。

 

彼の後に続いて、目的地であるアークを目指す。

 

 

未だに後ろから聞こえてくる女性の叫び声に、心が揺さぶられることはなかった。

 

 

 

 

 

あれから一言もしゃべらないまま、彼とわたしはアークへと到着する。

 

 

「あ、ありがとう。本当に、助かったわ」

 

「取引だと言ったろ。約束は守れ」

 

 

 

それだけ言って彼は店に入ることもなく、夜の闇に消えた。

 

その後、わたしはアークにいた翔吾にたくさんのことを謝った。

 

翔吾に何の断りもなく、夜の街へ遊びに出掛けたこと。

 

 

わたしのせいで、翔吾の名前が悪用されてしまったこと。

 

皇龍の人たちに、迷惑をかけてしまったこと。

 

友達だと思っていた人がやったこととはいえ、皇龍幹部、三國翔吾の恋人という立場を持ったわたしの名前が利用されてしまった事実が重い。

 

翔吾のためにも、わたしはもっと自分の行動に気をつけるべきだった。

 

この告発で、わたしは彼女を皇龍に売ることになってしまったけれど、そうやってわたしは彼との約束を果たした。

 

 

 

「もういいよ。後は俺たちで何とかするから。マヤが無事でよかった」

 

 

優しい翔吾の言葉が心に重くのしかかる。わたしはまた、翔吾の手を煩わせてしまう。

 

 

 

「でもさー、何もマヤちゃんを使わなくたって、自分で報告に来ればいいのにねー、彼も」

 

 

「散々いやがらせをした人がふざけたこと言わないでくださいよ。どう考えてもあいつは俺たちに、というかあなたに会いたくなかったんでしょうに」

 

 

「えええー、俺はただ親睦を深めたいだけなのになー、傷つくよー」

 

 

翔吾と一緒に話を聞いてくださった、明良さんと櫻庭さんが軽口をたたき合う。

 

 

話題に上っているのはわたしをここまで送り届けてくれた彼についてなのでしょうけど、これはどういう意味なのかしら。

 

 

 

「マヤは知らなくていいよ。今日のことはあいつも含めて、早く忘れて」

 

 

翔吾がそういうのなら、彼について、わたしはこれ以上詮索するべきじゃない。

 

 

だけど、今日会った出来事は、きっと一生忘れない。

 

 

全部、忘れていいわけがない。

 

 

 

 

 

後日、取引という名のもとに「親友」だった女性からわたしを助けてくれたあの夜の彼は、水口凍牙というのだと知った。

 

この春から同じ高校に通うことになることも、できれば近づかないでほしいという懇願と一緒に翔吾が教えてくれた。

 

「親友」だった彼女とは、あれから顔を合わせてはいない。

 

彼女について、皇龍幹部の櫻庭一輝さんは「わたしの真似をすることにより津月マヤになりきって、翔吾に愛されるということを疑似体験していたのでは」と推理していた。

 

 

本当だとたうすら寒い話しだけれど、それももう過ぎたこと。

 

壊れたスマートフォンを買い替える際、電話番号やメールアドレスを全て変更して過去に見切りをつけた。

 

 

わたしには友達がいない。もう、それでいい。

 

 

友達を求めるよりも、今は少しでも皇龍幹部、三國翔吾の恋人にふさわしい人間にならないと。

 

 

高校の入学式はもうすぐ。

 

 

 

友達など、二度と望むこともない。

 

 

 

 

続く


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