モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 番外編「巡り縁3」

.T.Enomoto

 

 

酔っ払いの大ぶりな拳とはいえ、複数のこぶしを紙一重で避けつつ相手に容赦なく攻撃を繰り出すそいつ。

 

 

一連の騒動を傍観するだけしかできなかった俺は、ただただそいつとの実力の差を見せつけられた。

 

 

これまでの努力が実り皇龍に入ることを許されたからといって、それで俺自身が強くなったわけではない。

 

 

このまま皇龍の名にあぐらをかいてふんぞり返っていれば、いずれは自分も目の前の酔っ払いたちと同じになる。

 

 

酔っ払いを打ちのめしたそいつが言ったわけじゃない。だが、未来に対して確信めいたものをその時確かに感じたのだ。

 

 

今よりもっと強くならなければと、強い焦りに駆り立てられる。

 

 

全てのきっかけとなったそいつは、騒動の後自らを水口と名乗った。

 

 

 

 

今回の一件は、どこかの誰かが流したデマのおかげで水口自身がいらぬ被害を被っただけ、ということでかたがついて。

 

 

本来被害者が一般人の場合はデマが沈静するまでは皇龍が何らかの対策をとるのが通例だが、それもないみたいだ。

 

 

要するにこいつ強いから別に皇龍は何もしなくてもいいんじゃね? ってことらしい。

 

 

「ふーん。じゃあ水口くんは最近ここに越してきたってことかー」

 

 

「そうですね」

 

 

淡々と受け答えをする水口は、表情こそ読めないものの若干苛立っている気がする。

 

 

「春からぴちぴちの高校一年生かあ。いいなー若いって」

 

 

「話が終わったなら帰りますよ」

 

 

「えーまだ終わってないって。もっとお話ししようよ」

 

 

煩わしそうに話を切り上げようとする水口を、櫻庭さんが笑って阻止する。

 

 

皇龍の拠点アーク一階の奥にあるソファースペースに自分たちはいる。櫻庭さんと水口がローテーブルを挟んでソファに対面する形で座り、櫻庭さんの後ろに明良さんが、そして衝立の近くに俺が控える。

 

 

 

眼隠しとなっている衝立の後ろでは、皇龍幹部がすぐそばにいるということもあってこちらを話題にしているであろう話声がよく聞こえてくる。

 

 

できれば俺も今だけは一般客側のスペースに戻りたい。

 

 

水口のぎすぎすした空気。それを知りながら笑って流し、むしろ煽っているようにしか思えない櫻庭さんの態度。2人の会話に耳を傾けるだけで口を挟もうとしない明良さんの表情は険しい。

 

 

こんなところ、下っ端の俺なんかが興味本位で付いてきていいところじゃなかったと今になって後悔している。

 

 

「皇龍って、不思議なものだよねー?」

 

 

「そうですか?」

 

 

「うーん。よそから来た子にとっては珍しくて不思議な集まりなんじゃないのかなー」

 

 

確かに櫻庭さんの言う通り、皇龍ほど統率がとれてひとつの街を束ねられているチームは、他にそうそうないだろう。

 

 

「たとえ珍しかろうが、既に出来上がっているものに新参の俺がとやかく言うことなど何もありませんよ」

 

 

……どういう意味だ? つーか、皇龍についてこいつがとやかく言っていいことなんてあるわけないだろ。

 

 

水口の言い方にむっとした俺だったか、意外にも櫻庭さんは満足そうだった。

 

 

「うん。やっぱり君って賢いね。街のことも皇龍のことも、よく分かってる」

 

 

「それはどうも。そういうことなので、もういいですか」

 

 

……? どういうことだよ。

 

 

「まあまあ、もうちょっと待ってよ。まだ帰るには早いって。夜はまだこれからだよー」

 

 

「……俺がここにいなければならない、納得できる理由を教えてもらってもいいですか?」

 

 

茶化してくる櫻庭さんに、水口の声のトーンが低くなる。うわこいつ苛立ってんなってのが俺にまで伝わってきた。

 

 

先程の乱闘が脳裏によぎりる。水口がアークで暴れる様を想像してしまい全身に緊張が走る。

 

 

「ん? もうちょっとだけだよー。俺たちにはまだ聞きたいことが残ってるんだしさあ」

 

 

櫻庭さんが言うのが早いか、店内がざわめきだした。これは皇龍に所属するなかでも、幹部など有名な人が店に入ると当然のごとく起こる現象だ。先程も明良さんと櫻庭さんが店に入った時は店の客が興奮していたものだ。

 

 

今度は誰がいらしたのだろう。

 

 

予想する間もなく、その人は俺たちがいるソファスペースに踏み込んできた。

 

 

それは三國翔吾さん。皇龍の幹部で、明良さんの親友でもある人だった。

 

 

明良さんが三國さんの顔を見た途端、あちゃーとでも言いたげに口の端を引きつらせながらソファに座る櫻庭さんを睨みつけた。

 

 

三國さんはここに来るや否や水口に目を向けると、なぜかみるみる表情が険しくなっていく。

 

 

「ねえ、みなくちくんってさあ、津月マヤって知ってるかな―?」

 

 

「その名前がどうかしたんですか?」

 

 

水口はもう話は終わったとばかりに立ちあがる。

 

 

「もういいでしょう」

 

 

言いながら俺たちに背を向けるも、明らかに敵意丸出しの三國さんは警戒しているようだった。

 

 

「えー、終わりじゃないし必要なことだよー。その様子じゃあ津月マヤちゃんについて君は知ってるみたいだし、ちゃんと答えてよー。

 

水口くんにとって津月マヤちゃんってどんな印象の子なのさー。ねえ、ねえー」

 

 

執拗な追及をされて振り返った水口至近距離でかいまみて、ぞっとするほどの寒気がした。

 

 

うっとうしいいい加減にろと、言わずして目つきで語っている。さっきまでは感情の読めないやつだなーとしか思っていなかったけれど、この時のやつはものすごく分かりやすかった。

 

 

そして水口は苛立ちのまま、進行方向に佇む男を前にしているにも関わらず、最悪の答えを口にした。

 

 

「――……虎の威を狩る狐」

 

 

「やめろ翔吾!!」

 

 

水口の胸倉を三國さんが掴む。明良さんが声を荒げ、辺りは音が消えたように静まり返った。

 

 

固唾をのんで三國さんたちに見入っていると、櫻庭さんが楽しそうに笑う声が聞こえてきた。

 

 

「新参者の水口くんに、優しい俺が教えてあげるよ。そこの彼が三國翔吾だよ」

 

 

「……ああ」

 

 

三國さんと至近距離で睨みあっていた水口は、櫻庭さんが言葉を放った数秒後に納得したように呟き、強引に三國さんの手を離させて距離をとった。

 

 

水口が呆れたような、それでいて恨みのこもった視線で櫻庭さんを射抜く。

 

 

そうかこいつ、櫻庭さんの挑発に負けたのかと唐突に理解した。

 

 

それにしても三國さんの前であの発言はやばいって。

 

三國さんが幼馴染の津月を溺愛していることは、俺と同学年のやつらなら誰もが知っていることだ。三國翔吾に憧れているやつは男女問わず街中にいる。皇龍幹部の中でも、特に人気の高い人なのだ。

 

 

そんな人の前で津月のことを虎の威を狩る狐、だと?

 

 

この街に来て日が浅いからといって、水口が言ったことを三國さんが許すとは思えない。

 

 

「お前がマヤの何を知っている」

 

 

怒気をはらんだ、地を這うような三國さんの言葉に体が震えた。俺ですらこんななのに、怒りの矛先が向けられている水口が平然としているのはどうかと思う。こいつには恐怖心というものがないのか。

 

 

 

「俺が知っているのは、津月マヤはクラブの初対面の男を遊びに誘うような女だということぐらいですね」

 

 

「は?」

 

 

 

いやいやいやいや。俺、同級生だし多少は知っているつもりだけど、津月ってそんなやつじゃないだろう。あいつも昔から三國さん一筋っぽいし。

 

 

つーか水口、お前火に油を注いでどうする。

 

 

 

「マヤがそんなことをするわけがないだろ」

 

 

 

案の定、三國さんは今にも水口を殴りかかりそうだ。

 

 

 

「あんたがそいつに抱いている印象なんざ、俺の知ったことじゃないでしょう。

 

少なくとも、俺がクラブで会って津月マヤと名乗った女は、三國翔吾の名前を盾に人をいいように扱おうとするやつだった。それだけです」

 

 

 

「ちょ、待て待て待て。お前それ、いつどこのクラブでの話だ」

 

 

一触即発な2人の間に、明良さんが割って入る。

 

 

クラブの名前、具体的な状況、交わした会話。そして、津月マヤの外見的特徴。

 

 

記憶をたどって質問に答えているであろう水口に嘘は見受けられない。

 

 

先程まであれほどうるさかった櫻庭さんが進行を明良さんに任せて静観しているのが不気味だった。今度は何を企んでいるのかと疑ってしまう。

 

 

 

「いや、うん。話は一応分かったけどな。俺の知っているマヤちゃんは、クラブで夜遊びをするような子じゃない、というか……」

 

 

 

動揺を隠し切れていない明良さんに対して、水口は冷たく口を開いた。実に面倒臭そうだ。

 

 

「それは俺が知る必要のあることですか?」

 

 

 

たとえ三國翔吾の恋人がクラブで男を誘うようなやつだったとしても、俺には関係ないことだろう。そんな態度だった。

 

 

「ああ、そうだよな。貴重な情報ありがとう」

 

 

冷静になった明良さんは、あっさりと水口を質問攻めから解放した。

 

 

三國さんは最後まで水口を睨んでいたが、今度こそ立ち去る水口を止める者はいなかった。

 

 

 

 

「……なあ」

 

 

「マヤがクラブで男を漁るはずがないだろ」

 

 

「うん。そこは俺も同感なんだけどな。ただ、水口の言った彼女の特徴が、まんまマヤちゃんと一致するってのはどういうことなんだろうな」

 

 

「マヤは男を誘うような笑い方なんてできるはずがない」

 

 

「いや、うん。俺もそんなことは分かってんだよ。つーか否定ばかりしてないでお前もちょっとは考えたらどうだ」

 

 

「偽物だろ、どうせ」

 

 

「だろうとは思うよ、俺も。ただ、そうなると目的がなあ。本当にお前の名前を盾にして男と楽しむためにマヤちゃんを名乗っているだけならば、まだ可愛いものだが」

 

 

「……マヤの名前を他人が騙る行為が可愛いだと?」

 

 

「あー、分かった悪かった失言だった。違げえよ、自分がちやほやされたいってだけで騙りに及んでいるならそいつはまだただの愚か者ってだけで済むだろう。

 

そこに皇龍がらみの目的があったら、対応も慎重にならざるを得ないわけで」

 

 

「そんなもの、本人とっ捕まえて全て吐かせればいいだけだ」

 

 

「まぁ、そうなんだけどな……」

 

 

水口がいなくなってから、三國さんと明良さんがあれこれ考え始め、退出の声をかけるタイミングを完全に失ってしまった。俺、いつまでここにいればいいんだ。

 

 

「肩甲骨くらいまで伸びた明るめの茶色の髪で、小柄。派手じゃない服装……って、あれ?」

 

 

怪訝に眉をひそめた明良さんが、おい、と表情をそのまま改めて三國さんを呼ぶ。

 

 

「先日、俺たちに相談に来たマヤちゃんの友達って、そんな感じの女じゃなかったか?」

 

 

「そうだったか?」

 

 

「違ったか?」

 

 

「覚えていない」

 

 

「そこは記憶しとけって。確かに俺もうろ覚えではあるけれど、染められた髪が傷んでるのが印象に残ってて、脱色に無理してるんだろなーと思ってたんだよあの時」

 

 

空気が変わった。途端。

 

 

「まあ、それは君たちが勝手に動けばいいことだし、ひとまずは置いておこうねー」

 

 

そしてようやく掴みかけた流れは櫻庭さんによって容赦なくぶった切られた。

 

 

ソファの上でふんぞり返るこの人は、不敵に笑って意味不明なことを宣言してみせた。

 

 

「彼、皇龍に入れるからね」

 

 

「……やっぱりそうなりますら」

 

 

やっぱりって何だ。真っ先に反対すると予想していた明良さんが諦めたように肩を落とす。驚愕なんてものじゃない。

 

 

彼ってのは水口のことだろう。どうしてあんな奴を皇龍に? 一体何の冗談だ。

 

 

俺が必死に努力してようやく所属を許されたこの場所に、あんな得体のしれないやつがいともたやすく入ろうとしているなど納得できるわけがない。

 

 

「危険でしょう。あんな反抗的なやつを、皇龍に入れるなんて」

 

 

「実力は申し分ないだろう。水口にはすぐに手を出そうとしない理性もある。

 

それに、反抗的で得体が知れないからこそ近くに置いておくにこしたことはない」

 

 

 

明良さんに諭すように言われてて、頭の中では分かったつもりになっても、そこに感情を伴わせることができない。俺はさぞかし不服そうな顔をしていることだろう。

 

 

「そーいうこと。それになーんかありそうなんだよねえ、彼。ま、これは根拠のない俺の勘なんだけどー」

 

 

「あなたの勘ほど怖いものはそうないんですけどね」

 

 

「とりあえず、総長には俺から言っておくねー。面白そうなのが外から来たって」

 

 

「あれを面白いと言えるのはあなたぐらいなものですよ。ていうか、どう考えても水口の件はあなたの担当ですし、責任もってきっちり働いてくださいね」

 

 

「えー、あっくんちょっとは手伝ってよー」

 

 

「お断りです。生憎俺はこれから別件で走り回らなければならないみたいなんで」

 

 

「けーちー」

 

 

どっちが年上なのかわかりゃしない。

 

 

散々わめいて気が済んだのか、櫻庭さんは最後はあっさり店の2階へ行ってしまった。

 

 

「あの、俺もこれで」

 

 

「ああ、ご苦労さん。今日は災難だったな」

 

 

明良さんが苦笑してねぎらってくれたので、ようやく俺は肩の力を抜くことができた。やっぱりこの人は気さくで器が大きくて、人として尊敬する。

 

 

三國さんと明良さんはまだ話すことがあるようで、ソファスペースを動こうとしない。おそらく津月を騙る偽物についての対策を立てるのだろう。

 

 

「不服だからといって、街で見かけても喧嘩は売るなよ」

 

 

去り際に三國さんから忠告を受ける。

 

 

「お前が言うな」

 

 

すかさず明良さんがつっこんで、三國さんが言っているのは水口のことだと遅れて理解した。

 

 

「不用意に敵意をぶつけて、対立されても今後がやりにくいからな。仲良くしておいて、皇龍に損はないだろう」

 

 

「……分かりました」

 

 

水口に対する嫉妬で意地を張りそうになる自分が情けなく、ろくに明良さんの顔も見れずに店を出た。

 

 

あいつを危険因子だと判断しつつも排除ではなく懐柔しにかかる皇龍幹部の人たち。

 

 

櫻庭さんと普通に会話し、三國さんに胸倉を掴まれすごまれても常に冷静だった水口。

 

 

この数時間に自分の未熟さを痛いほど思い知らされた。

 

 

この一件によって、いつか自分もそうなりたいと憧れてやまない皇龍幹部との距離が一段と遠のいた。

 

 

 

続く


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