モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 番外編「巡り縁2」

2.A.Noda

 

 

知らない男の子が、クラブでマヤのことを馬鹿にしていたんです。

 

それだけじゃなくて、三國さんや皇龍の人たちまで見下すようなことを言っていて……、わたしもう許せなくって……。

 

 

 

マヤ、とは俺の友人である三國翔吾の幼馴染兼恋人である女の子のことだ。そのマヤちゃんの友達が翔吾に前述の様なことを言いに来た時、俺もその場にいた。

 

話が進むにつれて表情が険しくなっていく翔吾を横目に、ひとまずこいつの恋人を馬鹿にしたという見ず知らずの怖いもの知らずには心の中で合掌しておく。

 

マヤちゃんの友達は問題の男について、背格好等の特徴を教えてくれた。名前は聞いていないとのこと。

 

襟足を伸ばした茶髪で、背の高いやせ形。自分イケてるとでも言いたげな透かした態度のその男。

 

最近よくクラブで見かけるようになったらしく、それだけ聞いて高校デビューでちょっと調子に乗りすぎただけの割とどこにでもいるガキなのだろうと推測する。

 

相手の出方次第にはなるが、見つけ次第軽く忠告する程度で十分な事案だ。皇龍を見下して自分が痛い目に見るのは自業自得なわけだから、上にもさらっと伝えておくだけでいいだろう。

 

それで翔吾の怒りが治まるかは全くの別問題なわけではあるが。

 

マヤちゃんの友達は自分もそいつを探すのに協力すると申し出てきたが、そこはやんわり断ってお帰りいただいた。

 

正直なところ、皇龍の幹部である翔吾の恋人というマヤちゃんの立場に嫉妬し、彼女の悪口を漏らす人間は少なくはない。

 

実害のない陰口くらいで動いてやれるほど皇龍も暇ではないし、そんな私情を挟んだことをしてしまえば問題になってしまう。

 

もしもお友達の言っていた男と縁があって俺たちがで巡り会うようなことがあれば、注意なり忠告なり警告なり、どうするべきかは相手を見て判断するだけだ。

 

いつもと変わらぬ結論に至り、表情に反して分別を持つ翔吾のもしぶしぶながらこの方針に納得した。

 

 

 

その時は問題の男について、俺たちは名前はおろかそいつが抱える闇の深さを知るすべなど、何も持ち得ていなかった。

 

 

 

人気のない路地で複数の男が、ひとりの男を寄ってたかってリンチしようとしている。

 

街に出て遊んでいた皇龍の下のやつから連絡が入ったのは、深夜1時に差し掛かるころだった。

 

皇龍の拠点であるクラブアークに詰めていた俺は、仮眠室で寝ていたがわざわざざわめきに起きだして面白そうだから付いて行くと言い出した皇龍幹部3年の櫻庭一輝さんとと共に現場へと急行することとなる。

 

慌てた様子で知らせをよこしたのは、今年から高校生となる最近皇龍に入ったばかりのやつだった。

 

一対多数の多勢に無勢。喧嘩を止めようにも連中が殺気立っていて話などできそうにないという。

 

ひとまず所在を聞き出し、そいつには絶対に関わろうとするなと命じておく。

 

 

 

「7人ほどです。……なんか、ひとりを引っ張っていたやつら、酒が入ってるみたいでろれつも回ってなかったんです。これ、まずくないですか?」

 

「だからといって、お前が仲裁を図ったところで場を収められるのか? 酒飲んで分別が利きそうになりやつらならなおさら手は出さずに黙って待ってろ」

 

 

 

電話でそんなやり取りをしてから現場にたどり着くまで、5分とかからなかったはずだ。

 

アークに近い位置だったからこそ、下のやつには静観しておけと命じたのだ。

 

到着したらまずは酔っ払いに囲まれているであろう男を保護し、事情を聴いて――と、今後のことを頭の中で考えながら足を動かす。

 

しかしながら、俺の組み立てた段取りは現場についた途端に根本的な土台からひっくり返されることとなった。

 

 

 

「……明良さん」

 

 

 

その場を見守っていた報告者は俺たちが現れるなり、泣きそうな顔をしてすがるように俺の名前を口にした。

 

そいつの横を通り過ぎ、薄暗い袋小路でと一輝さんがみたもの。

 

死屍累々。アスファルトにはいつくばる複数の男と、それらを見下ろし表情なく佇む、細身の男。

 

地面に転がるやつらは腹を抱えてうずくまったり、尻もちをついて膝を震わせていたりと、何とも情けない状態だ。リンチのつもりが逆襲にあって痛い目を見たのだと、安易に想像がついた。

 

建物の窓から微かに漏れる明かりが、アスファルトにまき散らされたおう吐物を醜く光らせている。誰か漏らしたやつがいるのか、近づくにつれ悪臭がひどくなる。

 

酔った勢いで喧嘩を吹っかけるからそうなるんだ。

 

 

 

「すごいねえ。これ、君がやっちゃったの?」

 

 

 

嬉々とした一輝さんの言葉に、横目で俺たちを警戒していたそいつは本格的にこちらへと顔を向けた。

 

 

 

「ああ、俺たちはそこに転がってるのの加勢じゃないから。君の敵でもないし。ただちょっと事情は聞いておきたいから、すこーしだけ付き合ってよ」

 

「警察にも見えない、あんたらに俺が何かを話さなければならない理由はないだろう」

 

 

単調だがはっきりとした口調で、そいつは俺たちに言い切った。

 

地を這って呻く奴らに対して、興味どころか自分の意識からも消し去ったとでも言うかのような完全無視を決め込んで、細身の男はその場を立ち去ろうとする。

 

クッと、俺の隣で一輝さんが笑った。それはそれは、とても楽しそうな気配が伝わってくる。

 

 

 

「いいじゃん、ちょっとぐらいさあ。ケーサツじゃなくても、俺たち『皇龍』何だしさー」

 

 

一輝さんが言うと、細身の男は足を止める。俺たち――、というよりも、一輝さんに探るような視線を向けてきた。

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

何だ今の間は。

 

了承したようだったが、そいつの口調は相変わらず単調で、ものすごくめんどくさいそいう本音が言葉もなく伝わってくる口ぶりだった。

 

 

 

「へえ、面白いじゃん」

 

 

 

そして、一輝さんは感心したように呟いた。

 

 

よく分からないが、細身の男と一輝さんの間で壮絶な駆け引きが行われた気がした。

 

 

「じゃ、行こうか」

 

 

先導する一輝さんに、男が続く。

 

 

「待てよ!」

 

 

 

俺も一輝さんに付いてアークへ戻ろうとしたのだが、尻もちをついて震えあがっていた男が慌てて声を荒げてきた。

 

 

 

「あんたら皇龍なんだろ!? だったら、そいつは制裁対象だ!!」

 

「あ?」

 

 

うちが個人に制裁とか、よっぽどのことがなきゃ行われないんだが、本気で言ってんのかこいつ?

 

 

 

「俺のツレが言ってたんだ。そいつは偉そうなツラして皇龍を見下すようなことを言ってやがるって。だから――」

 

 

 

ああもう全部分かったわ。

 

だから調子に乗ったやつを自分たちが締めてやろうって形でお前たちが調子に乗って、挙句の果てにはぼこぼこにするはずだった男ひとりに返り討ちにされたと。馬鹿者としかいようがない。。

 

毎度毎度、こういうことに名前が使われることは複雑だ。要は皇龍に心酔しているように見せかけて、少しでも皇龍に異を唱えるやつをストレスのはけ口に使っているだけだろう。

 

呆れる俺とは対照的に、騒動を知らせてくれた新入りは馬鹿の言葉を鵜呑みにして細身の男を憎さ100倍で睨みつけていた。せっかく助けてやったのに、といったところか。

 

あー、こういうところも教育しなきゃ何ねーのかと、高校2年に上がったばかりの俺は初めてできた皇龍の後輩をいさめようとした。がーー。

 

 

 

「俺がそれを言っているところを、お前は自分の耳で聞いたのか」

 

 

 

皇龍を前にして、己が皇龍を見下す発言をしたと言われているにも関わらずだ。恐怖や焦りひとつなく淡々と、そいつは言ってのけた。

 

空気に呑まれて、後輩の怒気が霧散する。

 

 

 

「う、うるせえ! 俺のツレが言ってたんだ! それが証拠だ!!」

 

 

酔っ払いはなおもわめく。見苦しいぞ。

 

 

細身の男が皇龍を見下す発言をしていたのなら、俺だって皇龍に名を連ねる者としていい気はしない。

 

だが、真偽は目下のリンチ未遂現場を処理するに当たってはどうでもいいことだ。そこは理性的に努めようと自分を律していたが、こうなると細身の男に同情の余地が出てきたな。

 

こいつが皇龍を悪く言ったというのが全くの濡れ衣で、デマを流されているとしたらもはや気の毒でしかない。

 

うずくまる連中をパシャリと写真にいちまい。顔を後で情報チームに照合するため念のためにスマホで撮って、表の道に出た。

 

先に言っていた一輝さんたちに追いつく。街灯の明かりによって、細身の男の容姿をはっきりと知ることができた。

 

喜怒哀楽が全く読めない無表情ながらも、目鼻立ちがはっきりした整った顔立ち。襟足が首にかかるまで伸びた、茶色い髪。

 

当然ながら皇龍にこんなやつは所属していないし、腕が立つ街の人間はある程度把握しているはずなのに、こいつに限っては全くといっていいほど思い当たる情報がなかった。

 

一体どこの誰なんだ。

 

男の横顔を密かに観察していると、頬のあたりが擦り切れて赤くなっているのに気付く。さすがにあの人数を相手に無傷とは行かないか。しかし自分の怪我に無頓着だな。

 

 

 

「ねえねえ、君って名前なんて言うのかなー。ちなみに俺は櫻庭一輝でー、そっちのが野田明良ねー。

 共に皇龍では結構なところにいるから、覚えておいてねー」

 

 

勝手に名前を教え出した一輝さんに、皇龍新参者の後輩は驚いた顔をする。俺もいろいろ引っかかった。

 

 

こちらの自己紹介など今更必要ないのでは言いかけて、一輝さんにも何か思惑がありそうなので押し黙る。

 

しかし街で特に若年層の中では絶対的な知名度を誇る皇龍幹部の顔と名前をこいつは知らななど、有り得るのだろうか。

 

 

最近になって昇格した俺はまだしも、一輝さんにいたってはこんな空気を読まない個性の塊のような人を知らないなんて、おかしいだろう。

 

 

いぶかしげに見守る俺たちを前に、そいつは一輝さんの紹介に「存じてます」の一言もなく。

 

 

 

「……水口」

 

 

 

――と名乗った。にしてもこいつ、皇龍幹部を相手にしてるってのに、全く動じないな。……って、あれ?

 

 

水口の容姿って、ひょっとして……。

 

 

 

「へえ、水口くんかあ」

 

 

一輝さんは面白そうに、水口と名乗った男に次から次に質問をぶつけていく。

 

しかし俺はそれどころではない。

 

襟足を伸ばした茶色い髪。痩せているとまではいかなくても、筋肉質とはとても言えない細身の体型。そして何より、終始冷静なこの態度――。

 

こいつまさか、マヤちゃんの友達が言っていたやつなんじゃねえの。

 

俺たちは現在、水口から酔っ払い連中に絡まれるに至った事情を聞くという体裁でアークに向かっているわけなのだが……。

 

ああ俺、この前一輝さんにマヤちゃんのお友達の話してたこと言ってしまったんだっけな。

 

つーか一輝さん、どう考えても何か企んでるだろ、これは。

 

面倒なことにならなきゃいいが……。

 

 

頼むから翔吾。今だけはアークにいるんじゃないぞ!

 

 

 

続く


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