モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 番外編「巡り縁1」

1.T.Minakuchi

 

 

夜の街を歩くことに、理由らしい理由はなかった。
 
住んでいる家の居心地は良いとは言えないが、だからといって眩しすぎる光に溢れたこの場に居場所を求めているかと思うと、そうでもない。
 
派手に控えめにと、各々の個性を前面に押し出す夜の店の電飾は、誘蛾灯となって客を店の中へと誘う。
 
もうすぐ日付が変わるというのに、街中では未成年としか思えない若年層の人間が多々見受けられた。
 
ゲームセンターの音楽と、盛り上がる若者たちの興奮した声が耳につく。
 
都会というには天を見上げる建物が少なく、田舎というには緑が少ない。
 
ここは見た目は珍しくもない地方で発展した都市のひとつだ。
 
しかしながら、この街はかつて自身が住んでいたところと明らかに何かが違っていた。
 
若年層の活気。満ち溢れる自信。誇らしげな態度。ひとところに集中する妄信的なまでの、敬意――。
 
ひとつひとつは些細な違和感であっても、多くがそろえばもはや普通とは言えない。
 
3月末。越してきたばかりの街の以上に、この先の生活を憂えずにはいられなかった。
 
 
 
皇龍という、この街特有の文化ともいえる集団の存在を知ったのは、引っ越して間もなくのことだった。
 
18歳以下――つまりは高校生が中心となって形成される、治安維持を活動の主なる目的とした、この街最強のチーム。
 
「チーム」と称されるところからも察せられるとおり、皇龍は世間一般の言うところの不良の集まりでもある。それが皇龍だ。
 
不良が治安を守るなど、なんの冗談だ。初めて皇龍について聞かされたときは、本気でそう思った。
 
数日間街を歩き、周りの声に耳を傾け続けて、ようやくこの街にとって皇龍というものがどれだけ絶対的な存在なのかを思い知り、これまで生きてきた世界の常識が通用しないことに辟易した。
 
街を守る不良が集う皇龍という組織は、若年層にとっては強い憧れと羨望の対象であり、大人たちからは絶大な信頼を寄せられている。
 
皇龍を否定するようなやつは、どんな目にあっても文句は言えない。それこそリンチといった暴力での粛清や、無視や不当な冷遇を受けることすら当然のことと黙認されている。
 
ここに長く暮らすものにとって、もはや皇龍は疑う余地のない常識のようで。そして少なくともこれから高校を卒業するまでの3年間は、俺自身も街の人間となってしまうわけなのだが。
 
強大かつ絶対的な組織と関わらず、果たして無事に卒業までこぎつけるのか。
 
誤った方法をとると些細なことでもリアルに炎上する体質もをつ街に、これから起爆スイッチのようなやつが到来してくるのを知っている身としては、とにかく先が思いやられた。
 
皇龍については関わらないのが最良なのだろうが、万が一、有事が起こった際に情報がなく後手に回ってしまうのは避けたい。
 
夜の街を歩く行為に目的が付随する。そうなるまで、引っ越してからそう時間はかからなかった。
 
 
 
「ねえ、最近ここによく来るよね。ひとりみたいだし、あっちでわたしたちと喋らない?」
 
 
適当なナイトクラブでスタッフととりとめもない世間話をしていると、見知らぬ女が声をかけてきた。同時に女の両手が腕に絡みつく。
 
 
「離せ。話に行く気はない」
 
「いいじゃないちょっとだけ。みんなもいるし、きっと楽しいわよ」
 
 
話し相手が現れたと判断してか、カウンター越しにいたスタッフはそそくさと業務に戻っていく。
 
女が強引に誘おうとする先には広めのボックス席があり、俺とそう年の変わらない男女が10人ほど興味深げにこちらを見ていた。
 
 
「しつこいぞ」
 
 
遠慮のない手の引き方だが、所詮は細身の女の力だ。強めに腕を振りほどけば、驚いた女は軽く悲鳴を上げて手を離し、恨めしそうに上目づかいで見上げてくる。
 
面倒ごとはごめんだ。
 
カウンター席を立ち、店を出るべく人込みをかき分け出口を目指す。喧騒に混ざって、後ろからはわめく女の声が聞こえてきた。
 
 
「待ちなさいよ!」
 
 
店の外まで追いかけてくる女のしつこさには、さすがにうんざりとため息が漏れた。さっさと楽しい友人たちの元へ帰ればいいものを。
 
 
「わたしね、津月マヤっていうのよ」
 
 
そして勝手に名乗りだす始末だ。
 
 
「だから何だ」
 
 
一瞬目を見開いた女はすぐに気を取り直し、蠱惑的な笑みを浮かべる。明るめの茶色に染められた髪を人差し指に巻き付けながら、首をかしげてきた。
 
 
「知っているでしょ? 三國翔吾さんの幼馴染で、彼女の」
 
「……もう一度言うぞ。だから何だ」
 
 
女の態度に余裕が消えた。結んだ唇を震わせ悔しそうににらみつけてくる。
 
三國翔吾については、何度か耳にしたことがあった。皇龍に所属しているそれなりの立場にいるようで、有名な男らしい。
 
 
「あらいいの? わたしにそんな言い方しちゃって。翔吾さんに言いつけちゃおうかしら」
 
 
馬鹿が。
 
 
「お前のようなやつに権威を使わせている時点で、三國翔吾の程度が知れる」
 
 
言い捨ててやれば、絶句して女は固まった。
 
店に背を向けて歩き出す。今度こそこちらを止める声はなかった。
 
 
クラブのスタッフや適当に街であった男の話を聞く限り、この街は他社が見れば異常ともいえる文化の中でも、皇龍を中心として独自のシステムが成り立っているように感じたが。評価のし過ぎだったか。
 
あんな女にくだらないことで虎の威を借らせている時点で、三国翔吾もそいつを重要な立ち位置に置いている皇龍も、結局は井の中の蛙でしかない。
 
そんなチームなら、そのうち誰かが手を下す必要もなく内側から腐っていくだろう。
 
 
3月の夜。俺にとって、街の喧騒はどこまで行っても他人事で、皇龍との縁はまだ何もなかった。
 
 
――その時は。
 
 
 
 
続く

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