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モノトーンの黒猫 皇龍編下6-3

6-3

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

22時を回ったところで、柳先生の喫茶店から俺と結衣は出た。

柳先生の調子のいい性格は相変わらずで、この人をやり込めるのは再会した瞬間に諦めた。無駄な労力は使いたくない。

櫻庭さんがこの人の域に達してなくてよかったと、改めて安堵した。

柳先生は頼まずとも夕飯を率先して作ってくれた。

この人の嫌がることは何なのかと、当人を前に結衣と真剣に話し合ったが結論には至らなかった。

そのまま3人でたわいない会話をしながら時間は過ぎる。

柳先生は俺たちの中学時代の思い出話を持ち出しても、武藤たちの話題には触れなかった。

ただ店を出るときに結衣にひとこと、仲直りできるといいなとこぼしただけに留まる。

気まずそうに目をそらした結衣は、何も言わずに深く頷いた。

繁華街を抜けたところで、結衣とは別れた。

後姿を見送り俺も家に帰ろうとしたとき、スマホが振動していることに気付く。

画面を見て確認すると、メールが届いていた。差出人は櫻庭さんだ。
歩道の端に寄って、内容を確認する。

 

 

 

『西の混乱は水口君の予想通り、日奈守の武藤春樹が制圧した。

それと同時に、武藤を中心としたチームが結成される。

チーム名は、モノトーン。

武藤とその周辺の情報を知りたい。

溜まり場に来れる日を教えてちょーだい』

 

メールの内容に、驚きはない。

いずれはこうなると予測も出来ていた。

櫻庭さんも武藤たちとやり合うために、情報を欲しているわけではないはずだ。

もしものとき、最悪の事態を想定しての動きだろう。

皇龍にはどこまで伝えるべきか。

若干の迷いが起こるのは、過去の出来事に起因している。

 

 

中学2年の11月。美術の授業でのことだ。

よく晴れた日の美術室。

季節は冬に移ろうとしているなか、気温は10月の中旬並みという暖かい日だった。

その日の授業内容はデッサン。

クラスを6つに分け、班ごとに机を突き合わせる。

それぞれの班の中心に置かれたワイン瓶を、鉛筆のみで模写していくというものだった。

色みのない作品が課題となっていたからだろう。

 

「結衣は真っ黒ね。グレースケールのグラデーションの、一番下。白みの一切ない漆黒よ」

「ふーん。じゃあ綾音はわたしの正反対、かな。灰色の気配さえない真っ白だよ」

 

教室後ろ側の真ん中の班、結衣と鈴宮綾音の会話である。

生徒のほとんどが集中して私語がなかったため、二人の声は大きくなくても斜め前の班にいた俺のところまで届いた。

話のテーマは、黒板に張られている帯状になって示された白黒のグラデーションのどこに、自分たちは当てはまるか。

という思い付きから来たものだった。

 

「ゲームとかでは、黒とか闇ってあまりいいイメージがないけど、結衣はそういうのじゃないわね。

どよみやむらのない、完全な黒。他の人には絶対に染められない、そんな意味の黒よ」

「綾音の白はイメージ通りの純粋さだね。といっても、何も知らない子どものような紙一重で怖い方にも取れる無垢って感じじゃない。

全てを知った上で包み込んでくれる、みたいな包容力の大きさとか。グレーも黒も受け入れてくれる。だけど綾音自身は何者に も染まらない――」

「もういいっ。結衣、それ以上はやめて!」

 

褒め殺しに耐えきれなくなった鈴宮の顔は真っ赤になっていた。

 

「ごめんごめん。でも本音だから」

「――っ、も――――!」

 

止めを刺された鈴宮がスケッチブックに顔を隠す。

いたずらが成功した結衣は、嬉しそうに笑っていた。

 

「菜月はどこになる?」

 

気を取り直す手助けか、結衣が仲間の名前を出した。

――咲田菜月。

鈴宮と同じく結衣の数少ない女友達の一人で、あいつらの中では唯一の常識人だ。

おずおずとスケッチブックから頭を出した鈴宮が、咲田を窺う。

何巻き込んでいるんだと、咲田の目が語っていた。

 

「ちょうど真ん中より少し黒みより、かしら。常識ってそれぐらいの気がするから。それで、ナル君が真ん中より少し白みより、ね」

 

咲田の反対に位置づけられた男。

――市宇 成見(いちう なるみ)

笑って毒を吐ける愉快犯は、悪魔と陰で呼ばれている。

咲田を誰よりも愛する市宇は、どこに根回ししたのかいつでも席は咲田の向かいか隣にいる。

本日も二人は向かい合わせで座っていた。

 

「菜月は普通にいい人だけど、ナル君はいい人そうに見えるだけの人ってとこから、白に近くしてみたわ。あくまで、見た目ね」

「光栄だね」

 

にっこり笑う市宇は自分の評価を確実に聞き流している。

光栄なのは、咲田の反対側という関連性を鈴宮が示したからだろう。

 

「洋人(ひろと)は?」

「んー、限りなく黒に近いグレーかしら」

「推理小説に出てきそうな言葉だな」

 

鈴宮の解釈に武藤が突っ込む。

乗っかるかたちで結衣が付け足した。

 

「作中で一番怪しいけど結局犯人じゃなかった。みたいな人だね」

「……もっといいたとえはねえのかよ」

 

口を挟んできたのは話題に上った本人――岩井 洋人(いわい ひろと)。

けんかっ早い性格と腕っ節の強さには定評がある。

猪突猛進で容赦のないところから、あいつらの中では脳筋鬼というあだ名が付いている。

 

「リアルでも容疑者になっていそうなところが笑えないね」

 

笑顔で市宇が便乗する。

 

「周囲の弁護が完璧だから、めったなことじゃしょっ引かれないわよ」

 

フォローとも言えないフォローを入れたのは咲田だった。

 

「てめえら」

「有希(ゆき)は?」

「んーと、そうねえ」

 

怒りすらもスルーされ、結衣と鈴宮は次へ行く。

 

いつものことだ。

有希という男は、俺の隣の席にいた。

あいつらの会話に加わろうとせず、真面目に鉛筆を動かしている。

――蔵元 有希(くらもと ゆき)。

あいつらの言うところの、良心だ。

 

「有希君は、ここって決められる場所がないわね。極端な話、白と黒以外ならどこでもいけるわ」

「状況によってグレーの度合いが変わるってこと?」

「そういうこと」

 

主にあの個性的すぎる集団と教師の繋ぎ役をしている蔵元には、順当なところである。

話が聞こえているはずの蔵元は、何の感想も返さずひたすら授業に取り組んでいた。

最後に残された武藤を、結衣と鈴宮が観察する。

すぐにさじを投げたのは結衣だった。

 

「難しい。綾音に任せる」

「春樹は、有希君の真逆ね。白と黒。両極端を両方持っている。でもそれは、水と油みたいなもので決して混ざり合ったりはしないの」

 

なるほどと、結衣が何度か頷いた。

 

「例えるならどういうものかしら」

 

咲田がそう言ったのに、他意はなかったはずだ。

ありふれた疑問に、話を聞いていたクラス中が考え出した。

皆が武藤のイメージを思い描く。

完全に分離された黒と白。

今年の10月で生徒会長になった武藤はまさに学校のリーダーだ。

それにふさわしもの――。

 

チェスの盤面と駒。スペードのエース……。

 

ありきたりなものをクラス中が思い浮かべる中、テンプレートに当てはまらないやつらが口を開く。

結衣と、脳筋鬼岩井だ。

「……ダルメシアン?」

「乳牛だろ」

――ぐっ。

教室内で爆発しそうになる感情をとっさに抑える者たちが続出した。

笑いの渦に飲み込まれそうな自分を抑制しようと、やつらは必死に唇に力を入れた。

 

「あはははははははははっ」

 

そんな中、悪魔市宇がひとりで高らかと笑う。

 

「……てめえら」

 

武藤の低い声にも、結衣と岩井は悪びれない。

クラス全体がとても授業どころではなくなっていた。

 

「注意しなくていいのか?」

 

我関せずを貫き通す蔵元は、あいつらに見向きもしない。

 

「先生も笑ってらっしゃるんだ。俺の出る幕じゃない」

 

蔵元に言われて前方にいる教師を見ると、確かに無言で震えていた。

顔はスケッチブックに隠されているが、明らかに笑っている。

教員が困っているようなら注意したのだろう。

こいつは仲間内でなく、あいつらが周りと合わせるために動ける良心だ。

 

「にしても、グレーの中全部とか、白と黒両方ってのはピンポイントじゃないわね」

「あくまでイメージだから、ルール無用でも問題なしよ」

「それもそうね」

 

連想ゲームのようにただ遊んでいるだけなので、咲田も鈴宮の言葉に納得していた。

 

「色彩入れたらピンポイントでいけるんじゃない?」

 

結衣の提案に、再び鈴宮が考え出す。

 

「そうね。そうなってくると……。春樹は鮮やかな黄色。有希君は若草色。菜月はオレンジで、ナルくんは藍色。ひろ君は、朱色……かしら」

「綾音は薄い桃色で――」

「それ以上は言わせないわよ。結衣は……やっぱり」

「黒だろ」

 

武藤が鈴宮に続く。

 

「まあ妥当かな」

 

市宇ものっかかるが、当の本人は不本意そうだった。

 

「もうちょっとひねろうよ」

「お前なんざひねろうが絞ろうが、腹の中まで真っ黒だろうが」

 

ばっさりと岩井にそう斬られ、結衣が口をへの字に曲げた。

 

「色がつくと早かったね」

「選択肢がそれだけ増えるもの」

 

しばらく考え込んだ結衣が、おもむろに口を開く。

 

「でもなあ。やっぱり白黒のほうがいいかも。わたしだけどっちも黒なのに、なんだか色みが入るとみんなが遠くなる」

 

…………………。

 

クラス中が信じられないと言わんばかりに、結衣に注目した。

俺の隣にいる蔵元ですら、初めて手を止めて結衣を凝視している。

 

「……なにさ」

 

元凶である結衣はむっとしてクラスを見渡した。

隣の鈴宮に助けを求めて顔を見合わせる。

刹那、フリーズしていた鈴宮が結衣に抱きついた。

 

「なんでもない!

でも今の結衣は超絶にかわいい!!」

 

バランスを崩して椅子から落ちそうになる結衣にも、鈴宮はお構いなしだ。

 

「久しぶりに甘えたわ」

「確かに。最近じゃレアになったね」

 

目を丸くする咲田に、市宇も同意する。

いつの間にか授業に戻っていた蔵元だが、うっすらと静かに笑みを浮かべるその表情が、まんざらでもないと語っていた。

 

「春樹、お前はどっち派だ?」

 

驚いた表情のまま、岩井が武藤に振った。

授業どころでなくなった教室で、武藤はため息交じりで言い放つ。

 

「どうでもいい」

 

ぶっきらぼうに返しながらも、結衣とあいつに構い倒す鈴宮を見つめる目は優しいものだった。

 

 

 

あのころ。

先に起こる決裂など、あいつらは誰ひとり予測していなかったはずだ。

ふざけあい、笑いあい、支えあう――。

寄り添う仲間が、結衣の隣にあるのが当然だったころ。

 

あいつの幸せは、確実にそこにあったんだ。

 

 

―――モノトーン。

 

 

それがお前たちのこたえ、なんだろ――?

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

皇龍編 下  END

モノトーン編へ続く


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