モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下6-2

6-2

 

 

 

午後7時。

夏至を迎えて間もないこの時期、夜とはいえ周囲が見えるぐらいにはまだ明るい。

繁華街からそれた場所にあるこの公園も、遊具や木々の位置はしっかりと確認できる。

初めて来たが、人工池もあるかなりの規模の公園だ。

中央にある大きな噴水の前に、目的の人はすでにいた。

皇龍総長、日暮俊也。

さらには野田先輩や大原先輩、櫻庭先輩に――三國翔吾も同行していた。

 

「遅くなりました。お呼び立てして、すみません」

 

皇龍の人たちに軽く礼をする。

わたしの後ろには、ここまで案内してくれた凍牙が控えていた。

 

「先週のお誘いの返答をしに来ました」

 

日暮先輩の空気に流されないよう、自分を保つよう心掛け、口を開く。

 

「わたしは、皇龍には入りません」

 

目の前にいる日暮先輩の顔が少しだけ険しくなった。

 

「どうして?」

 

疑問を口にしたのは、野田先輩だった。

はっきりと、迷いのない口調を心掛ける。

 

「まず理由が不純すぎます。自分を制御できないから皇龍に入るなんて、そんな志もなければ目的もないことはしたくありません。それならわたし個人で自分を止める方法を探します」

 

利害関係がなければ共闘出来ない所属の仕方なんてしたくない。

皇龍に対する思いの違いで、いずれ私が彼らの団結を破壊しかねないから。

そして、理由はそれだけじゃない。

 

「マヤが、来て欲しいと言っている」

「だからです。わたしはマヤの居場所を奪いたくありません」

 

三國省吾の呟きに、反射で答えてしまった。

 

「奪うって」

 

大原先輩が何を言っていのだと言いたげな顔をした。

大げさすぎると、そんな見解なのだろう。

 

「仮にわたしが皇龍に入ったら、あなたたちのお役にたてる自信はありますよ。物事を有利に運びたいときに、この口は便利ですから。でも、それじゃあだめなんです」

「……どういうことだ?」

「大原先輩、わたしは男じゃないんです。女子は同性に嫉妬します。そして、周囲の口と目にはことさら敏感です。友達であっても、友達だから、つい自分の価値と比べてしまう。

幹部の恋人としてそこにいる自分と、皇龍として活動するわたしを、マヤが比較して しまうのなんて分かりきってます」

「マヤは――」

「そんな子じゃないなんて言わせません」

 

三國翔吾の言葉をさえぎり、言葉尻をとらえて畳みこむ。

 

「周囲に流されてあなたと別れ話で揉めたのだって、ついこの間でしょう。マヤだって女の子です。周りの声で一喜一憂します。彼女に彼女の生活がある限り、あなたひとりの言葉を信じて生きるなんてこと出来ないんです」

 

次第に顔が渋くなる三國翔吾だが、ここで引くわけにはいかない。

 

「あなたは真っ先に、わたしが皇龍に入ることを反対すべきでした。マヤが大切で、あの子の居場所を守りたいなら、なおさらに――」

「でも、それだけのことで……」

 

それだけというのは、何を指して言ってるんだろうね、野田先輩。

わたしが皇龍の役に立つ。

そのことを「それだけ」のひとことで片付けてしまうなら大きな間違いだ。

 

「わたしはかつて、たったそれだけのことで、何年も一緒にいた大切な人たちの絆を壊しかけました」

 

わたしだって何も想像だけで言っているわけじゃない。

 

「野田先輩が言ったのと同じで、あの時のわたしはその程度のことだと軽くとらえてしまっていました。それがいけなかったんです。

周囲の評価もわたしや仲間が気にしなくても、彼女の心には負の感情として溜まっていった。

彼女の恋人が雑事にわたしを使うたび、彼女は無力感にさいなまれていった。……もうあの時の二の舞いはごめんです」

 

黙り込む一同を前に、さらに続ける。

 

「マヤは、こんなわたしでも、一緒にいたいって言ってくれたんです。わたしも、マヤと一緒にいたいです。あの子の不安要素にはなりたくないし、あの子の居場所を、わたしは壊したくありません」

 

腰から深く、日暮先輩に頭を下げた。

 

「お願いします。マヤと、友達でいさせてください」

 

言い終わった余韻を残して、体勢を戻した。

伝えるべきことはちゃんと言った。

頭ひとつ分以上背の高い日暮先輩を見上げて、言葉を待つ。

 

彼が口を開くまでの間、緊張で手が汗ばんだ。

やがて日暮先輩は冷静な表情を崩すことなく、ゆっくりと口を開く。

 

 

「お前が壊れるようなら容赦なく皇龍で押さえ込む。街の秩序が危ぶまれるものなら皇龍が総力を上げてお前を街から排除する。それを忘れるな」

 

ためらいの一切ない宣告に安堵した。

情によって動かない日暮先輩の割り切った態度が、わたしのような人間にはちょうどいい。

 

「ご迷惑をおかけしないよう気をつけます。わたしが自分から目的を持って行動することは、滅多にありませんよ」

 

何といっても皇龍は、マヤが大切にしているものだ。

手を煩わせるような真似はできるだけ避けたい。

日暮先輩は凍牙を見据えた。

 

「何かあれば連絡を入れろ」

 

凍牙は軽く手を挙げて応じる。

 

「行くぞ」

 

公園を去る日暮先輩に、同行した人達が続く。

大原先輩はわたしを見てため息を漏らした。

野田先輩は納得がしきれない不満げな顔をしていた。

三國翔吾はわたしへの憤りを隠さず、それでいてどこかほっとしている、複雑な表情だった。

 

「結衣ちゃん」

 

わざとゆっくり歩いて日暮先輩たちと幅を開けた櫻庭先輩が止まった。

 

「俺は諦めないからね」

 

やめてくれ。

冗談なのか本気かの判断が容易にできない。

ただ揺さぶりたかっただけなのか、わたしの返事も聞こうとせずに櫻庭先輩は帰っていった。

 

「それが原因か」

 

沈黙を貫いていた凍牙が静かに言った。

 

「そうだよ。本当に、たったそれだけのこと。

気付く機会はいくらでもあったのに、ずっと目をそらし続けた結果。わたしにとっては心配するに値しないことでも、綾音にとってはどうしようもない不安なことだった。それに、わたしは最後まで気付けなかった」

 

中学3年に上がるクラス替えで、わたしと春樹は同じクラスに編成される。

片や春樹の恋人である綾音は、仲間内で誰とも同じクラスにならなかった。

 

「生徒会で顔を合わせていた前期はよかったよ。10月あたまで任期が終わってから、少しずつ、いろんなものが崩れていった」

 

そして12月の終盤、わたしたちの絆は、壊れた。

後悔しても戻れない、苦い経験だ。

あのときどうしていれば……なんていくつも考えたけど、結局いまだに正解は見つかっていない。

そんな状態で仲間と共にいることができなくて、ひとまずの最善策としてわたしはみんなから離れた。

それが一番簡単で、得策だったにすぎない。

苦い経験だったけど、次には活かせる。

マヤに、綾音のような思いはさせない。

――二度と同じ轍は踏まない。

 

仲間たちに対する見つからない答えは、探し続けているのが現状である。

言えることがあるとするなら、みんなが、そして綾音がどんなにわたしを疎んでも、わたしは綾音が好きだ。

ずっと、何年たっても、この気持ちは変わらない。

それでもこの街に来て凍牙と再会して、そしてマヤと出会って、わたしの中で変化した気持ちもある。

 

「凍牙に言っておきたいことがある」

 

すっかり暗くなった公園で、歩道に等間隔で立っている灯りがわたしたちの影を長く伸ばす。

 

「この前、もしもわたしと凍牙が敵対したらって、そんな話をしたよね。あの時の返事を、訂正させて」

 

一呼吸おいて、まっすぐに凍牙を見つめた。

 

「もしも、春樹たちと凍牙が敵対するようなことになっても、わたしは凍牙の敵にならない。わたしが、和解の道を探す。

交渉や譲歩できるラインの探り合いできな臭くなっても、争いにだけはしない。憎しみや負の感情をぶつけ合うことなんて、絶対にさせない。――だから、敵にはならない」

 

夜のぬるい風が走り抜ける。

虚を突かれたように、凍牙は動かない。

 

「……というのじゃ、だめかな?」

 

反応がなさ過ぎて不安になり、つい弱気な付け足しをしてしまった。

 

「自分の首を絞める決意表明なんざしてんじゃねえ」

 

盛大なため息の後、凍牙の手がわたしの頭にのびた。

くしゃりと、軽く髪を握ったその手は下へと進む。凍牙の指の間をわたしの髪が過ぎていく。

 

「まあ。ほどほどに期待しておく」

なんともわたしに逃げ道の残る返答をされてしまった。

しかし拒絶されなかったことは喜ぶとしよう。

ほどほどの期待であっても、わたしは全力で応えたい。

 

「それより、お前これからの予定は?」

「とくにない、けど」

「だったら付き合え」

「どちらまで」

 

駅前の道へと抜ける出口へと歩きだした凍牙に慌てて追いつく。

 

「柳先生のいる喫茶店までだ」

「やっぱり怒った?」

「今の高校に不満があるわけじゃないが、手のひらの上で転がされたのは気に食わない」

 

まっすぐ前を見据えながら、凍牙は言い足した。

 

「腹いせに晩飯をおごらせるから協力しろ」

「よしきた」

 

そういうことならお安い御用だ。

あのお祭り男にどれだけのダメージを加えられるかは不安だが。

 

むしろ率先して夕食を作ってくれそうだけど……。

 

なにはさておき凍牙と柳さんが衝突するようなら、わたしは凍牙に味方する。

そして前回聞きそびれた店の名前も、忘れずに確認しなければ。

 

 

 

続く


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