モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下5-5

5-5

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

俺の作ったカルボナーラを完食して、高瀬は立ち上がった。

約4カ月ぶりに会った高瀬の目は、相変わらず濁っていた。

残酷なまでに何に対しても無関心で、それを自覚しながらも正そうとしない。

行動の選択を間違えればすぐにテロリストになってしまうような危うさ。

縄が切れかけたつり橋の真ん中に、今も高瀬は立ち続けているように俺は感じた。

落ちれば人でなくなる。おそらく高瀬にとってそれは悩みがなくなる楽な道だ。

ここで踏ん張り続けているのはやはり、あいつらを思う気持ち故、なんだろうな。

 

「高瀬、お前にこんなことを言っても仕方がないと分かっている」

 

帰り際の高瀬を、ヨッシーが止める。

天井をぼんやりと見つめたまま、ヨッシーはひとりごとのように呟いた。

 

「お前と津月は、俺の生徒だ。そんでもってなあ、原田も、俺にとっては守るべき生徒だったんだ」

 

ヨッシーは歯を食いしばった。

こんな形で終わりたくなかったという、後悔と未練がにじみ出ている。

そんなヨッシーに高瀬は笑う。

喜怒哀楽を持たずに、ただ表情筋を動かしただけの笑みだ。

 

「知ってますよ。吉澤先生はわたしたちの担任ですから」

 

なんてこともないように高瀬は言い放ち、店を出て行った。

その言葉に意味はないのだろう。

ただ、言われたから返しただけ。

高瀬はなにも、変わっていない。

ヨッシーはちびちびと飲んでいた2杯目のビールを一気にあおる。

俺は3杯目を出さず、ヨッシーの前に水の入ったコップを置いた。

 

「教師失格だと、笑いたきゃ笑え」

「うーん。んなこと言われても、俺もう教師じゃねえし」

「俺はお前から高瀬の話を聞いて、少なからず期待していた。あいつなら、原田をなんとかできるんじゃないかとな」

 

確かに高瀬がその気になれば、女子生徒ひとりと仲良くなるのは簡単だったはずだ。

ただ、今のあいつは――。

 

「鈴宮 綾音(すずみや あやね)と咲田 菜月(さくた なつき)」

「……前に聞いた名前だな」

「俺が高瀬の担任をしているときの、あいつのたった二人の女友達の名前。そんでもって、高瀬にとって優しさの基準だったやつら。

二人のうちどちらかがヨッシーのクラスにいて、問題の生徒と仲良くなりたいと望めば、高瀬はひと肌もふた肌も脱いでただろうな」

 

まあでも、あいつらも仲間至上主義なところがあったからなあ。

もしもここに高瀬の仲間内がそろっていたら、問題の生徒が高瀬に手を出してしまった時点で今以上の阿鼻叫喚な地獄絵図に陥ってしまう可能性の方が高いか。

 

「なんでそいつらも一緒に入学させなかった」

 

駄目だよヨッシー。飲んでるとはいえ人に責任なすりつけちゃ。

 

「なんでって言われてもなあ。そいつらと離れるために、高瀬は当初と違う高校を志望したわけだし。それに高瀬はあいつらと離別するために、本気でいろいろやらかしたからなあ」

 

思い返せばあの混乱は、全て高瀬の望んだものだったんだろう。

高瀬たちが中学3年の3学期。

あいつらの関係がぎくしゃくしているのに乗じて、あるうわさが学校中を駆け巡った。

 

――高瀬結衣は鈴宮綾音に嫉妬して、陰でいじめている。

 

高瀬や鈴宮は昨年10月まで生徒会役員を務め、校内でも有名な存在だった。

だからこそ、うわさは全校生徒に瞬く間に広がっていく。

馬鹿馬鹿しいと聞き流した当事者たちをよそに、高瀬は仲間の知らないところで笑ってそのうわさを肯定した。

――優しいあいつらのことだ。わたしがそんなことしたって知っても、許してくれるよ。

そう言って挑発し、生徒たちの正義感に火をつけたのだ。

1月の中旬、全校生徒からの高瀬に対する制裁という名のいじめが始まった。

いかに高瀬を武藤や鈴宮たちから遠ざけるか。

いかに高瀬が仲間と呼ぶ連中に知られないように制裁を加えるか。

ゲーム感覚で、生徒たちは誰ひとり罪悪感を覚えることなくそれは実行されていた。

教師だった俺がそれに気付いたのは、2月の終わりごろ。

体育館倉庫に閉じ込められた高瀬が、一晩をそこで過ごしたのが発見されたのだ。

偶然が悪い方に重なった。

その日は全体職員会議のため授業は午前中で終わり、大掃除の後部活動で生徒が校内に残るのも禁止されていた。

体育館掃除に行った高瀬はそこで館内最奥の、グラウンド側の校舎に一番遠い倉庫に閉じ込められる。

教室にあった高瀬のカバンは別の生徒によってゴミ箱に捨てられ、高瀬は掃除の後のホームルームをさぼって帰宅したものとされた。

高瀬は次の日、朝練習に来たバスケ部員により見つけられる。

すぐさま病院に運ばれたが、手袋やウインドブレーカーを着用していたのが不幸中の幸いで、大事には至らなかった。

公立高校の受験を控えた学校は高瀬の希望通り、全てを運の悪い事故で片付けた。

だからこれは、俺が独自に生徒たちに聞きまわって知った事実だ。

それ以来、高瀬は卒業式の夜まで中学に一度も登校していない。

全てがあいつのシナリオ通りに進んだのだろう。

全校生徒を利用して、高瀬は仲間と接触する機会を完全なまでに拒絶した。

 

「壊れてるどころじゃねえ。狂ってやがる」

 

俺の話を聞いたヨッシーが忌々しげに漏らした。

今の発言、しらふに戻ったら絶対自己嫌悪に陥るだろうなこいつ。

 

「だいたい、ことの発端となっている高瀬とその仲間のけんかの原因はなんなんだ!?」

「さあなあ。そこまでは詳しく知らない。言えることがあるとすれば、高瀬は自分が仲間から離れることが、仲間のためになるって判断したってことだけだ。その為に、あいつは手段を選ばなかった」

「……とんでもないもん押しつけやがって」

 

ヨッシーが前髪をかき上げる。

ごめん。俺もまさかこうなるなんて思ってもみなかったよ。

 

「ま、なんにせよ水口君が野心家じゃなくてよかったね。もし彼が皇龍を落として街の頂点に立とうとしたら、十中八九高瀬は協力しただろうし」

「お前本気でふざけんな。その可能性を分かっていて二人を同じ高校に入れたのか」

「いやー大丈夫だって。水口君はそんな子じゃないって俺は信じてた」

 

うん。まじで。

何かあったときに高瀬を止められるのは、仲間のほかに水口君以外思いつかなかったし。

 

「あいつらがもし街でなんかやらかしたら、収拾付けるのに問答無用でてめえも巻き込むからな」

「おっ、それはいいね。面倒事は大好きだ!」

 

ぐっと親指を立ててウインクすると、ヨッシーは頭を抱えて脱力した。

本当に苦労性だなあ、ヨッシーは。

もうちょっと肩の力を抜いてもいいのに。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

続く


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