モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下5-4

5-4

 

 

教室に2人きりになったところでわたしがすることはひとつしかない。

 

「金曜日はすみませんでした」

 

先手必勝とばかりに謝った。

 

「どこの部分に対しての謝罪だ」

「先生の授業を中断してしまったことに対してです」

 

即答したものの、吉澤先生は腕を組んで椅子に深く座り直し難しい顔でため息をついた。

他に何かやってしまったか?

思い返しても心当たりがない。

 

「……この件はもういい。それよりも、お前はよかったのか。原田の処遇についても、あいつらの謝罪も、俺には津月に合わせて発言したように聞こえたが」

 

当然だ。実際マヤに合わせたのだから。

 

「先週木曜日の夜から金曜日にかけては混乱していて、どうにかしないとって考えが強くなってましたけど。冷静になると、今回のことはわたしにとってあまり気にする必要がないものだったとでもいいますか」

「……………」

「彼女たちの謝罪はそこまで重要に考えてません。許す許さないよりも前に、怒ってはいませんし。
これは原田さんにも言えることです。だから自分の意見よりも、はっきりした意思のある津月さんに合わせました」

「お前はクラスメイトに危害を加えられたんだぞ」

「直接手を出したのは彼女たちでも原田さんでもありませんよ。
それに、クラスメイトだからといって全員が友達というわけにはならないでしょう。恨まれもしますし嫌われることだって当然のことと想定しています」

 

みんな仲良しでいられるほどわたしの懐は広くないし、我慢強い人間じゃないことは自覚済みだ。

こんな話、先生にするべきじゃないんだろうな。

せっかくわたしたちのために動いてくれた、先生の努力を否定してしまっているし。

でも、最近はマヤに感化されてしまっていたけど、これが本来のわたしだ。

 

「聞いていた通りに壊れてやがんな」

「その情報源は、一体どちら様ですか?」

 

どう考えても中学のわたしを知ってるよね。

そこのところをそろそろ詳しく教えて欲しい。

面倒臭そうにゆっくりと先生は椅子から立ち上がった。

 

「知りたかったら付いて来い。10分後に職員駐車場だ」

「先生今就業時間でしょう」

「午後から半休取ってんだよ。言っておくが、今日だけだ。来るかどうかはお前次第でいい」

 

吉澤先生はわたしを置いて教室から消えた。

――10分というのは、わたしに与えられた迷う時間なのか……。

いいや、あの先生のことだ。

自分が帰る準備をして駐車場に行くまでの時間とみるほうが頷ける。

考えていても埒が明かない。

水筒と筆記具しか入っていない軽いカバンを持って、ゆっくりとした足取りでわたしは職員駐車場に向かった。

職員駐車場は、生徒の通用門と反対の位置にある。

その為吉澤先生の車に乗るわたしの姿は、誰にも見られていないはずだ。

車の行き先が繁華街方面だったのは少し焦った。

しかしすぐに大通りから道はそれて、狭い裏路地を進む。

いくつか角をまがった先にあった喫茶店の前で、車は止まった。

先生はわたしを降ろして、車を止めるためどこかへ行ってしまった。

先に入っていろと言われたものの「close」となっているプレートに、ドアを開けていいのか悩まされた。

1階建てのこじんまりとした小さな店だ。

道沿いの壁にある窓はわたしの背より高い位置にあるため中がうかがえない。

窓の上には、古い看板がかかっている。

喫茶『―――』。

筆記体のうえにぼやけていて、店名が読めない。

鍵が閉まっていたらその時だと言い聞かせて、ドアノブに手をかける。

突っかかる手ごたえもなく、ドアはあっさり開いた。

外装からは想像がつかないぐらい、店内はモダンな装いだった。

外のレトロ感はどうした。ギャップがあり過ぎるぞ。

乳白色のタイル張りの床に、窓際には背の高い観葉植物の鉢が並んでいる。

客の座るところはカウンター席だけで、テーブル席はない。

カウンターの椅子は太い金属チューブの土台とスケルトンの座面でできていた。

真っ白のカウンターによく栄える。

 

「お、やっと来たか」

 

立ち尽くして店内を観察していると、キッチンからひとりの男が姿を見せた。

 

…………………。

 

 

どうやら二度と合わないと高をくくっていた危険人物に出くわしてしまったようだ。

 

 

 

色素の薄い肌に、ひょろっと細長い体型。

ノンフレームのメガネと、茶色い天然パーマの長い髪。

あの髪は天然か人工かという賭けを、かつて仲間内でしたものだ。

白いシャツに黒のカフェエプロンを腰に巻いたこの男の名前は、柳 虎晴(やなぎ こはる)という。

面倒事、厄介事が大好きで、自分が面白ければ何でもいいはた迷惑な年中無休のお祭り男。

何を隠そう、わたしの中学2年の担任だった人だ。

 

 

 

昨年の年末、急に進路先を変えたいと言い出したわたしに、3年時の担任だった先生は当然ながら困惑した。

なんとかしてわたしを思い留まらせようとしていたが、こちらの意思は固く、話し合いは平行線をたどる。

そんな中声をかけてきたのが、同じ職員室でわたしたちの話を聞きつつデスクワークに勤しんでいた、柳先生だった。

柳先生はわたしに味方して、担任の先生の説得に加わってくれた。

――そしてわたしが現在通っている高校を、代わりの進路先に勧めてきた。

遠くに行けるならどこでもいいと深く考えずに進路を決めてしまったが、よくよく思えば柳先生が何の意図もなくひとつの高校を推すなんてありえないことだ。

やられた。というよりも、今まで気付かなかったわたしがどうかしている。

 

「……吉澤先生とはどういうご関係で?」

「ああ、ヨッシーとは高校大学が同じだった腐れ縁だな」

 

わたしの引きつった顔がそんなに楽しいか。

にやにや笑う柳先生には悪意はない。だからなおさらたちが悪い。

 

「あなた、2年前のわたしたちの担任が教師1年目って言ってませんでした?」

「言った言った。俺、大学卒業して一回証券会社に就職したからなあ。えっ、ひょっとしてお前、俺のこと新卒だと思ってた?
まあ確かに俺って若づくりだし、ヨッシーは老け顔だもんなー」

 

そんなことまで聞いていないし、吉澤先生は決して老け顔ではない。

勝手にひとりで納得してうんうん頷かれても、わたしにどうしろと。

 

「今日は平日ですよ。学校はどうしたんですか」

「ああ俺、昨年度末で教師辞めた」

「…………」

「いやー、1年目にお前らの担任してこれは面白いって思ったけど、2年目はてごたえがなくてつまらんのなんの」

 

教師の風上にも置けない人だ。

 

「少しは吉澤先生を見習ったらどうですか」

「いやいや、俺はヨッシーが頑張ってるから教師は楽しいのかと思って採用試験を受けたんだって。俺はヨッシーを尊敬してるし、見習って崇めてたてまつってるさ」

 

何か、話の方向がずれて行っている気がする。

 

「あ、ちなみに水口凍牙君は去年俺が担任した」

 

……ということは……。

 

「うん、あれは大変だったよ。工業高校行くかヨッシーのいる高校行くかで揺れてた水口君をさりげなくヨッシーのほうに誘導するのは。彼も勘のいい子だったし、もーばれないかドッキドキ」

「つまり柳先生。いや、柳さん、あなたは――」

「こいつは自分の中学にいた問題児を、俺に押しつけやがったんだよ」

 

いつの間にか吉澤先生が店の中にいた。

着いてすぐのはずなのに、げっそりしちゃっているよ先生。

 

「やあヨッシー。車はちゃんと置けたようだね」

「……ああ」

 

吉澤先生はカウンターの一番右端に座った。

 

「高瀬も座れ。久しぶりに会ったんだ。昼飯ぐらいはおごってやるぞ」

 

言われてわたしは左から2番目の席につく。

吉澤先生とは3つ席が離れている。

柳さんはキッチンへと消えた。

 

「ずいぶんな人とお知り合いのようですね」

「いくら切ろうとしても切れない縁だ。あいつのやることはもう天災として諦めた」

「ご愁傷様です」

 

学校で見る吉澤先生よりも、威厳が感じられない。

あったとしても柳さんの前では無意味に疲れるだけなのだろうが。

 

「あれ、ということは柳さんも皇龍設立に携わった人なんですか?」

「……ああ。まぁ、そうなるな」

 

めずらしく吉澤先生のはぎれが悪い。

柳さんがカウンター越しに現れて、わたしの前にオレンジジュースを置いた。

吉澤先生には昼間っからのビールだった。

 

「おや、その様子だと高瀬は皇龍について詳しく知らないみたいだな」

 

悪だくみを思いついた柳さんは、吉澤先生に口を挟む隙を与えない。

 

「実はヨッシーの本名、吉澤コウリュウっていうんだぞ」

 

おおっと。

 

「ま、漢字はチームの皇龍じゃなくて、人偏に幸せって書いて倖龍、だけどな」

「……それは」

「黙れ、何も言うな」

 

なーるほど。

 

桜庭先輩たちの言っていた吉澤先生の影響力の謎が解けた。

 

それにしても自分の名前をチーム名に、ねえ。

 

「そんでもって思考も止めろ。頭ん中でおかしなこと考えてんじゃねえ」

 

 

わたしが何を考えようとそれはわたしの自由ですよ。吉澤先生。いや……。

 

「だから何も考えんなっつってんだ!
張り倒したくなるから俺をそんな目で見てくんじゃねえ!!」

 

 

ああ、必死なのが痛々しいほど愉快に思える。

 

 

「――まあ落ち着きましょうよ、倖龍さん」

「てめえ本気で蹴り飛ばすぞ!!」

 

 

学校での威厳はどこへやら。

 

この人を俺様属性だと勘違いしていたわたしもまだまだ観察眼が足りないようだ。

 

 

「……っ、く、くく。高瀬お前、グッジョブ」

 

カウンターに突っ伏して肩を震わせて笑う柳さんの頭を、吉澤先生は手加減しながらも普通に殴っていた。

 

 

 

約10年前、この街は警察の手が付けられないほどに荒れていた。

犯罪が横行する無法地帯。

そんな街で、当時高校生だった吉澤先生は向かってくる人間を片っ端から締め上げて行ったそうだ。

次第に先生の周りには仲間が増え、気付いたときには先生を中心としたひとつの集団が出来ていた。

きっかけは吉澤先生を、仲間が「倖龍」と呼んでいたことだった。

もともと名前のなかった集団は、敵や周囲に「倖龍のチームの」、「コウリュウのところの――」と言われるようになる。

そして知らぬうちに吉澤先生が率いた集団はチームとされ、名付け親は不明のまま街で「皇龍」と呼ばれるようになっていった。

柳さんの回りくどい説明を要約すると、そういうことらしい。

 

「それでさあ、皇龍が街のてっぺん取ったら、あろうことか今の今まで腰が引けていた警察どもがでかい顔して皇龍を取り締まってきたんだよなあ。あれは本気でうっとうしかった」

 

いや、それは治安が安定してきて警察の活動が目に見えるようになっただけでは?

 

「うっとうしかったから、ヨッシーのひとことで皇龍は一回解散したんだよなー?
そしたら街はまた荒れる荒れる」

 

…………………。

 

「見かねたヨッシーがもう一度皇龍を再結成したんだけど、次は警察も教師も口出ししてこなかったよな?」

 

確認するように柳さんは吉澤先生に話を振るが、先生は全く無視してビールをあおっていた。

吉澤先生の伝説はよく分かった。

 

「改名しようとかは考えなかったんですか?」

「あーダメダメ。俺らが卒業するときに一回やったけど、そしたらまた治安が悪くなった。ネームバリューっていうのか、名前にある価値は大事みたい」

 

「皇龍」の重要性も、よくよく分かった。

 

「でも、教師になってまで先生がこの街に居続ける必要はあるんですか?」

 

素朴な疑問だったのだが、吉澤先生はジョッキのビールを飲み干して答えてくれた。

すでに柳さんが2杯目のビールを用意している。

 

「3年前に、今の高校で俺らがいたころから校長をしていたおっさんに呼び出されたんだ。その時の皇龍は権力に溺れて、自分らで率先して街を荒らしてやがった。てめえが創めたんならてめえで責任もって管理しろと。次の年には今の高校の赴任が決まっていた」

 

……お疲れ様です。

 

「さらに言えば、県内の公立高校で教師をしているとあの校長に教えやがったのは、酒飲みながら料理しているあの馬鹿だ」

 

話を振られて、柳さんはこちらにピースサインを向けた。

吉澤先生が苦労人にしか見えなくなってきた。

しばらくして出てきて、柳さんお手製のカルボナーラは文句なしでおいしかった。

さすがは県下で唯一、男性の家庭科教員だっただけはある。

 

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

 

食事が終わったわたしは、早々に店を立ち去ろうとした。

ここにきていろいろなことが分かったけど、もう足を踏み入れたいとは思えない。

柳さんに関わって、第二の吉澤先生になるのだけは勘弁願う。

 

「お、帰るのか? またいつでも来いよ」

「おー、帰れ帰れ。そんでもってテスト勉強に励め」

「そうします」

 

吉澤先生は酔ったのか、少し顔が赤い。

帰りに駅に寄って、求人情報誌だけは貰って帰ろうと決めた。

 

 

 

続く


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