モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下5-3

5-3

 

 

休日は吉澤先生の希望通りにテスト勉強に明け暮れた。

唯一の外出は、日曜日の夕方にスーパーまで買い物に行っただけである。

途中駅に立ち寄って、無料の求人情報誌を持って帰ろうとした。

置き場まで行って、あれは毎週月曜日に発行だったと思い出す。

求人情報誌はすでに1冊も残らずなくなっていた。

明日出直すことにしてマンションへ帰った後は、ひたすら数学の問題集と戦った。

まさかと思ったが、これは吉澤先生のお手製のようだ。

問題の出し方がえげつない。

応用問題で第1問が始まったと思えば、途中で基礎問題が脈絡なく出てくる。

おかげで妙に勘ぐってしまい、解くのにやたらと時間がかかった。

数学のテストは火曜日。

これさえ間に合えば、他はなんとかなるだろう。

 

 

月曜日、期末考査が始まった。

2限で終了したその日の放課後、わたしとマヤと、クラスの女子生徒数名は吉澤先生によって教室に残された。

用のないクラスメイトは早々に教室から追い出され、蒸し暑い中でも他者が入らないようドアは閉められている。

集められた女子の中に原田さんはいない。

というよりも、今日のテストに原田さんは登校していなかった。

わたしたち生徒は教室の前にある教員用机を囲うように立っている。

吉澤先生は椅子に腕を組んで座っていた。

わたしとマヤを覗いたここにいる女子はみんな、原田さんのグループにいる人たちだった。

 

「おら、言うことがあるならとっとと言っちまえ。後に俺がつかえてんだ」

 

互いに目を合わせて顔色をうかがい合っていた彼女たちの肩が揺れた。

吉澤先生に急かされても、誰も口を開こうとしない。

わたしとマヤ、吉澤先生以外の全員が下を向いてしまい、教室に重い空気が流れる。

 

「……あ、あの………」

 

しばらくして、先日わたしに声をかけてきた森本さんが話し出した。

目を泳がせながらも、必死で言葉を探している。

 

「あ、あたしたち、知ってたの。マユが高瀬さんと津月さんに何かしようとしてるって。絶対に痛い目見せてやるって、ネットで怖い人たちと友達になったって、何回も自慢話を聞かされてたわ」

「話は聞いていたけど、まさかマユが本気だったなんて」

「そう。マユがいろんなこと自慢してくるのなんていつものことだし、まさかこんなことになるなんて思ってなくて」

 

次々に喋り出す彼女たちに、どういうことなのかはよく分かった。

わたしの考えは当たっていた。

マヤは彼女たちの言葉を、唇を噛みながら聞いている。

次第に吉澤先生の眉間のしわが深くなっていった。

 

「お前らは言い訳をするためにここに残ったのか?」

 

ぴたりと、声が止まる。

テスト中のような静けさだ。

 

「ごめんなさい」

 

森本さんが頭を下げた。

 

「あたしたちがマユを止めていたら、二人とも危険な目に合わなかったかもしれない。もっと早く、先生にも相談すべきだった」

「わたしも、ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

みんなが一斉に、森本さんに倣う。

 

「――そういうことだ」

 

吉澤先生の声に、全員が頭を上げた。

彼女たちの目が、わたしとマヤに集中する。

吉澤先生までもが、「何か喋れ」という視線を送ってくる。

いや、今わたしが発言したらこの雰囲気が台無しになるから。

ようやく鎮火しかけた火にガソリンを注ぐことになってしまうよ。

ここの役目は、わたしじゃない。

わたしには、そんな優しさは備わっていない。

沈黙を通していると、マヤが口を開いた。

 

「あんたが三國翔吾さんの品位を下げてるって分からないの?
みんなが、三國さんがかわいそうだって言ってるの、まさか知らないわけないよね――って、原田さんに言われたの」

 

淡々とした、感情のこもらない声だった。

 

「それから、原田さんとあなたたちと、わたしは相容れないものだって、ずっと思っていたわ。それでいいんだって。でも、今回のことがあって考えたの。

もしもわたしが少しでも、あなたたちに分かってもらえる努力をしていれば、何かが変わったんじゃないかって、思えて仕方がないの」

 

ほらね。

マヤは優しい。そして、強いから。

 

「原田さんのしたことは一生忘れないし、簡単には許せない。でも、原田さんひとりを責めて全てを終わらせるのも、きっと間違いよ」

 

マヤの瞳が、鋭く彼女たちを射抜く。

 

「あなたたちがわたしを置いていた位置に、次に原田さんを置くのは絶対違う。それだけは、分かってほしいわ」

 

マヤの言葉に、彼女たちは再び俯く。

繋がり合うための共通の否定材料を奪われたのだ。

ここでマヤに反発したら、さっきの謝罪の意味が消えてしまう。

 

「わだかまりは残るかもしれない。だけど、せっかく向き合えたのだから、もっとこう、悪いところをつつきあうとかじゃなくて。普通のクラスメイトとして接していきたいの」

 

最後のほうは小さくなっていくマヤの声。それでもこれだけ近いと、全員に聞こえたはずだ。

 

「――高瀬は、どうなんだ?」

 

どうと問われても、マヤがここまで導いてくれたのなら答えはひとつだ。

歩み寄ろうとしているマヤの葛藤を、わたしが壊していいわけがない。

 

「わたしも、津月さんと同意見です。きっかけは津月さんにあったとしても、原田さんをあおったのはわたしですし」

 

わたしの言葉を受けて、吉澤先生は全体を見渡す。

 

「――誰かほかに、言っときたいことはあるか?」

 

全員何も答えない。

 

「話が終わったなら、高瀬と津月以外は帰れ。くれぐれも明日の数1は落とすんじゃねぇぞ」

 

吉澤先生の指示に、森本さんたちはカバンを持って退出して行った。

再度静まり返った教室で、吉澤先生がわたしとマヤに向き直る。

 

「――原田は、学校を辞める」

 

眉間のしわをそのままにして、先生はわたしたちに伝えた。

 

「先週の金曜日に、今帰ったやつらが俺のところに相談にきた。冗談だと笑い飛ばしていたことが、登校した高瀬のはれた顔を見て事実だったと知り、怖気づいたんだと」

 

吉澤先生の説明によると、彼女たちの話を聞いたその日のうちに、先生は原田さんの家まで訪問して真実を問いただした。

原田さんの両親と、原田さん本人。そして吉澤先生で面談のような話し合いとなったが、彼女はあっさりと自分のしたことを認めたという。

 

「やらかしたことから考えて、原田はお前らへの謝罪の後短期間の停学処分になるだろうと原田の親に伝えた。インターネットに悪口を書き込んだ程度じゃ厳重注意に留まるが、実際お前らは巻き込まれて事件になってしまったからな。

そうしたら原田の母親が、 原田は学校を転校させると言ってきた。もうお前らには関わらせない。家族そろってこの街から消える。だから頼むから警察にも行かないでくれと懇願された」

 

苦虫を噛み潰したように、吉澤先生の顔がゆがんだ。

 

「停学で内申に傷がつくのを怖がるよりも先に、親が子どもに教えることがあるだろうが」

 

吉澤先生のぼやきは、ばっちりこちらにまで届いている。

 

「懇願はされたが、被害届を出すも出さないもお前らの自由だ。俺が口出しできる所じゃねえ。原田の件はテストが終わるまで伏せておけ。クラスのやつらが意味もなく混乱するのは避けたい」

「分かりました。そうします」

「――警察は行くのか?」

「行きません。これ以上大ごとにするつもりもありません」

「……わたしも、結衣と同じです」

「――そうか」

 

先生の小さな呟きは、どこかほっとしたように聞こえた。

 

「津月の話は終わりだ。後は高瀬、てめえとは白黒つけねえとなあ?」

「…………」

 

どう考えても授業妨害を根に持っているとしか思えない。

事情を知らないマヤはおろおろと、わたしと吉澤先生を見比べている。

 

「あれは津月の迎えだろ。お前はとっとと帰れ」

 

先生が顎で示した先、廊下側の窓に男子生徒の後姿があった。

長身くせ毛の金髪――三國翔吾だ。

はっとしたマヤは吉澤先生に礼をして、自分の席にカバンを取りに行く。

 

「じゃあね、結衣。また明日」

 

 

または、あるのか?

 

あって、いいのかな――。

 

手を振ってきたマヤに、わたしは苦笑して首をかしげることしかできなかった。

 

 

 

続く


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