モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下5-2

5-2

 

 

 

「まー吉澤先生が動くのなら何か必ず進展はあると思うよ―。なんだかんだで真面目な先生みたいだし」

「そうですか」

「結衣ちゃんとしては納得いかない? やっぱり自分の手で元凶は裁きたかったりするのかなぁ?」

「面白そうに聞かれても、わたしにそんな権利はありませんよ」

「あー、もう。つまんない! なーんか達観しちゃってるよねー、そういうとこ。

もうちょっと正義感にあふれていたり、逆にいろんなことに反抗したりとか。そういう思春期っぽいものあったりしないのかなぁ?」

「わたしの正義なんて、ちっぽけ過ぎて話になりませんよ。それに反抗期なら小学校3年で一度終わってます」

 

逃げるように家を出てしまっている今も、反抗期とは言えなくもないけど。

 

「小学校の3年って、早すぎない?」

 

わたしと櫻庭先輩の会話に、野田先輩が入ってきた。

 

「そこは個人差かと思われます」

「えー、気になる。何やらかしたのさぁ?」

 

なぜか櫻庭先輩がおしゃべり好きの女子にしか見えなくなってきた。

 

「同じクラスの気に入らない男子生徒を、わたしの一方的な正義で裁こうとしました」

「――へぇ」

 

言ったところでどうにもならない昔話だ。

彼らが知ったとしても、わたしが不利になることは何もない。

 

「当時、日本じゃかなり有名な会社の社長令息とクラスが一緒だったのですが、担任の先生がやたらとその男子生徒を贔屓にしていたんです。

だからわたしがちょっと懲らしめてやろうかと」

 

あの頃のわたしは、両親への不信感から家出して、ひとり暮らしをしていた涼君のところに転がりこんでいた。

親に反発しながらも愛されたいという矛盾を抱えながらも、気付かぬふりをし続けたあのころ。

自分の見聞きしたものだけが世界の全てだと、本気で信じていた。

そんな中で起こったのが、教師による生徒の差別問題だ。

小学校の校区には高級住宅街といっても過言ではない、裕福な家庭ばかりが住んでいると有名な地域があった。

そこに住む子どもはほとんどが私立の学校へと通っていたが、中にはわたしたちと同じ公立の学校に通わせる家庭も当然ある。

そういった金持ちの子どもを、教師という大人が無意識に優遇していたのだ。

 

「普通の生徒が宿題を忘れたら廊下に立たせるのに、その子の場合はひとこと注意するだけで終わったり。

教科書を忘れたときでも、いつもは授業中でも他のクラスに借りに行かせるくせに、その子が忘れたって言ったら自分の予備を渡してましたし。

わたしたち子どもから見て、明らかに不平等だったんですね。だから、その不平等の大元をわたしが正してやろう、みたいな思いでしたね」

 

行きすぎた。そして歪んだ正義を、わたしはその男子生徒にぶつけた。

 

「いじめちゃったの?」

 

櫻庭先輩の意外だと言わんばかりの驚いた顔を、初めて見た。

 

「物を隠したりとか、物質的なことは証拠が残るので何もしてません。ねちねちとクラスの面前で、その男子に対する不満を陰湿にぶつけ続けたんです」

 

反省させようとか、そんな深い考えはない。

ただ、彼の心を壊してやりたい。それだけだった。

贔屓を罰するという体裁で、自分のどす黒い感情を彼にぶつけていただけ。

男子生徒はそんなわたしに対して何も言わないし、見向きもしなかった。

それが癇に障って、どうすればあの男子を壊せるのか、わたしはそればかりを毎日考えるようになっていく。

 

「結果、わたしを先頭に置いてその男子生徒をいじめる側と、彼の取り巻き連中でクラスは完全に分断しましたね」

 

うわぁって、正面に座る二人が声に出さず顔で語っている。

 

「――それで、兄に怒られました」

「……話、跳んだね」

 

いいえ跳んでませんよ野田先輩。全て順序通りです。

 

「どうやったらその男子を懲らしめることができるのかって、ぽろっと兄にこぼしてしまったんです。そこからはもう説教の嵐で、泣いても喚いても許してもらえませんでした」

 

自分が正しいと信じて疑わなかったわたしは、涼君に助言を求めた。

そこから涼君は、小学校で起こっていることをわたしの口から聞き出して、それから。

 

「ガキのお前に人を裁く権利はない。そのひとことから始まって、後はいかにわたしの正義が歪んでいるのかを延々と。

しかも小学生だったわたしにも分かる言葉で言い聞かせてくるんですよね。反論しても、言い返してくる兄の言葉にわたしは何も言えなくなりま した。

癇癪起こして泣き喚いても、兄は逃げることを絶対に許してくれませんでしたし」

「……………」

「……………」

 

 

――そんなの綺麗事だよ!

 

一人前を気取って言ったわたしに対し、涼くんは容赦がなかった。

 

綺麗事ってのは、俺の言ったどこの部分を指してんだ。

んでもって、お前は綺麗事じゃない正しい答えが具体的に言えるのか?

格好付けてそんなひとことで終わらせようとしてんじゃねえ。

俺の意見が間違ってるってんなら、俺を納得させてみやがれ。

 

「晩御飯のときに始まった説教は、日付が変わってわたしが眠気に襲われたので一時中断しました。次の日の朝起きたらすぐ、第2ラウンド開始です」

 

今になって思い返せば、涼君はわたしが逃げた父と母の代わりをしてくれたのだろう。

 

「そのときに全部叩き込まれましたよ。わたしは人を裁けない。それは親であったり、学校や警察といったしかるべき機関のすることだ。

不平や不満を口にする権利は誰にでもあるんだから、相手にはちゃんと言葉で向かい合って伝えること。ただし伝えたところで 当人がそこからどうするかは、わたしの自由にできない領域になる。

親や学校が動かないなら賛同者を増やして、動かざるを得ない環境作りから始めていけなど、大人の戦い方もいろいろと」

「お兄さん、最強だね」

「野田先輩の言う通りです。今でも強く出れません。

まあ、そんなことがあったからでしょうね。もし本当に原田さんがあの男たちをけしかけた張本人であっても、わたし自身が彼女にどうこうしようとは思っていません。でも学校側には、しかるべき措置を取ってもら います」

 

そして、この先わたしが彼女の味方になることもないだろう。

もし彼女がわたしと同じような目に合ったとしても、同情もせず他人事として聞き流す。

わたしはそういう人間だ。

達観しているわけじゃなくて、仲間に言わせれば人に対してどこまでも冷めているらしい。

――親しい人と、そうでない大勢とでは心の寄せかたの落差が激しすぎると前に言われた。

 

「そういうわけで、わたしにもちゃんと反抗期はありました。子どもながらに間違った正義を振りかざして、おかしな道に進みかけたこともちゃんとありますよ」

「ええー、そこで締めくくっちゃう感じなの? その後学校で男の子とどうなったかとか、すごく気になるんだけどー」

 

そんなことを言われても、わたしの気持ちの変化という分には話はここで終わる。

その後のことを伝えるなら、涼君はわたしの親代わりを最後まで務めてくれた。

怒涛の説教が終了してわたしが間違いに気付いた後は、自分の気持ちと向き合うことに付き合ってくれたのだ。

そして、分かった。

わたしが気に入らないのは、問題の男子生徒を特別扱いする先生の態度と、特別扱いを受けながら先生に何も言わない彼のその部分にあったのだと。

 

「男子生徒には、今までのわたしの言動を謝罪した後、先生の不公平に甘んじているのが気に食わないのだと伝えました。

そうしたらげんこつ一発でこれまでのことは水に流してくれましたし、彼とはそこから仲良くなっていきました」

 

もとから話せば気が合ったのだろう。

よく行動を共にするようになって、放課後家に帰ってからも一緒に遊ぶようになるまで、そんなに時間はかからなかった。

彼も優遇を受けるたびに、それは違うと先生に発言するようにもなっていった。

 

「そうなると黙っていないのが、彼の取り巻きと、彼をいじめるためにわたしを担ぎ出していた生徒たちですね。

わたしと彼、VS、その他クラスメイトみたいな構図が出来上がって、夏の教室に吹雪が吹き荒れました」

 

後に「真夏のブリザード」と呼ばれて語り継がれる、前代未聞の大騒動の始まりだ。

 

「それ、勝ったの?」

 

戦々恐々と野田先輩は聞いてくるが、答えは当然――。

 

「もちろん。わたしと彼が締め上げました。といっても、前の反省もあるので突っかかって来る連中に、言い返してこなくなるまで正論をぶつけ続けただけですが」

 

ただこの騒動は、教室内だけで留まらなかった。

 

「もともと家庭の経済力からくる生徒に対する優遇は、教員内で黙認されていたところがありましたし。裕福な家の子とされる生徒も、それを甘い蜜とする人や、他の生徒と馴染めない嫌な待遇とする人などいろいろでした。

そんなところからかねてより溜まっていた生徒の不満が、わたしたちのクラスを着火剤にいろんなところで爆発しまして。学年を通り越して学校全体を巻き込む大問題に発展しましたね」

 

「…………………」

「…………………」

 

「果てには教育委員会やPTAの偉い人まで出てきて、臨時の保護者総会も開かれました。きっかけが子どものけんかでも、もともとは教員が生徒を贔屓していたのが原因だったので、問題として取り上げられたのはそこだけでしたが」

 

騒動の後、学校の教職員が大きく変わっていく。

わたしたちのクラスの担任も、2学期からは交代となった。

 

「きみ、小学校のころからそんなことしてたの?」

「小学生だから歯止めが利かなくて行くところまで行ってしまったんですよ。今ならちゃんとストップがかけられます」

「言い換えれば、当時より磨きがかかっているということですよね」

「おっそろしい子だねぇ」

 

そこ、前2人でこそこそ話しているつもりか。

ばっちり聞こえているよ。

 

「わたしの反抗期はそこで一度終わりましたが、内容が濃かっただけにいろいろ学びましたよ」

 

わたしに対して本気で怒ってくれた涼君。

わたしの陰湿で歪んだ正義に、最後まで壊れなかったあの男の子。

二人がいなかったら、今のわたしはもっと、それこそ手遅れなくらいに腐ってしまっていただろう。

大げんかの末に、気の合う仲間も見つかった。

そこで心にゆとりができたから、父や母とも向き合えるようになって家にも帰れた。

両親に本当に聞きたいことは、いまだに話せていないけど。

 

「――その男の子って、水口君?」

「はずれです。凍牙とはそのとき出会ってもいません」

 

やたらと櫻庭先輩が食いついてきたのは、その考えがあったからか。

残念。的外れな推理で終わったよ。

 

「ふぅん。その男の子のこと、今でも好きなの?」

 

――愚問だ。

 

「好きですよ。とはいっても、恋愛感情はありませんが。わたしにとって、今でも、これからも、ずっと大切な人です」

「ふーん」

 

腑に落ちない顔をされても、真実しか言ってないからどうしようもない。

店が開店したのか、衝立の向こうが騒がしくなった。

無数の足音が響いて、若い男の盛り上がる声が聞こえる。

 

「長く話しすぎましたね。本題の顛末は月曜日に吉澤先生に直接聞いてみます」

 

ソファから立って野田先輩の横を通り過ぎる。

 

「あ、待って! マヤちゃんの家、連れて行こうか?」

「遠慮しておきます。三國翔吾さんと一緒なんでしょう?」

「……そうだけど」

「だったらわたしは必要ありませんよ。わたしの顔を見てあの時のことを思い出しても嫌ですし。失礼します」

 

今度こそ帰ろうと一歩踏み出せば、衝立を挟んだソファに日暮先輩と大原先輩が座っていた。

いつからいたんだ。

 

「お前の家のDNAってどうなってんだ?」

 

呆れて口にした大原先輩。大分前からわたしの話を聞いていたのだとよく分かった。

 

「失礼します」

「待て」

 

話しには乗らず帰ろうとしたら、日暮先輩に止められた。

 

「……何ですか?」

 

日暮先輩は立ち上がり、わたしと向かい合った。

嫌な感覚だ。

 

――この人の雰囲気が、さっき話に出ていたあいつに似ているからか。

見下ろす日暮先輩が口を開いて、低く落ち着いた静かな声でわたしに告げた。

 

 

「自分で自分を制御できないなら、皇龍に入れ」

 

 

有無を言わせないその口調にわたしは返事をすることができず、逃げるように店を後にした。

「皇龍に入れ」なんて言われて、その場ですぐに断らなかったのは失敗だ。

どうかしていた。というよりも、日暮先輩の空気に呑まれてしまって抜け出すのが精一杯だった。

しばらくはあの人の顔も見たくない。

いつまでも逃げるなんてできないだろうし、テスト明けには面と向かって断ろう。

わたしは皇龍に入れない。

あそこを居場所としてはいけない。

 

 

――一度、皇龍のたまり場に来てみない?

 

そう言ったマヤの笑顔に、

 

――結衣にわたしの気持ちなんて分からないよ!

 

 

わたしの大好きなあの子の泣き顔が、重なった。

 

 

 

続く


BACK  TOP  NEXT

Loadingこのページに「しおり」をはさむ