モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下5-1

5-1

 

 

榎本君に頭を下げて、そのまま昼休みは教室で過ごした。

態度が先程と打って変わって大人しくなったわたしを、榎本君は責めたりはしなかった。

昼休みの終了間際には凍牙が教室に立ち寄って、凶器となった国語辞典は回収された。

6限目が終わった後のショートホームルームに、吉澤先生は来なかった。

代わりを務めた横江先生が、テスト勉強はちゃんとするようにと伝えただけでクラスは解散する。

今日一日――といってもまともに授業を受けたのは昼からの2限だが、教室にいてわたしは原田さんと一度も目が合っていない。

ホームルーム後も、すぐに彼女は誰とも話さずカバンを持って帰ってしまった。

原田さんが、昨日の男たちと繋がっているなんて証拠は何もない。

だからこうして、昨日の今日でも平然とした顔で登校してみたのだが。

結局はわたしのほうがもたなかったし、よく分からないまま一日が終了した。

結果としてわたしの変人っぷりが、クラス内で堅実になってしまっただけだ。不本意だが、自分でやらかしたことである。

そしてわたしは凍牙の案内のもと、皇龍の拠点であるクラブに向かう。

木製の建物に足を踏み入れたところで、皇龍の仕事を押し付けられたくない凍牙はさっさと帰ってしまった。

開店前の店内で、カウンターの掃除をしていた男性のスタッフに声をかける。

話が通っていたのか、わたしが来たことをすぐに内線で伝えてくれた。

数分もしないうちに2階から下りて来たのは、感情にまかせて思わずチャラチビと名づけてしまった櫻庭先輩だった。

あれはごめんなさいと、心の中で謝っておく。

失言をしてしまった代わりに、学校はどうしたなんてことは聞きませんから。

櫻庭先輩はこの季節で、なぜか黒の革のジャンパーを着用していた。

見ていて暑い。

 

「やっほー、5日ぶりくらいかな。 俺のこと覚えてる?」

「櫻庭一輝先輩ですよね」

「オッケーオッケー。水口君は?」

「帰りました」

「あー、彼ほんとぬかりないよねー。ちょうどお願いがあったのにー」

 

口を尖らせているけど、ちっとも残念そうに見えない。

 

「ここで話すのもなんだから、上行こっか」

「あ、ちょっと待ってください。できたら下で話がしたいです」

「んー、なんでー?」

「店の2階は皇龍所属者専門で、上がった瞬間から否応なく仲間扱いされてしまうと凍牙が言ってました」

「ほんっとうにぬかりがないねぇ、彼」

 

苦笑した櫻庭先輩はスマートフォンを取りだした。

 

「おれー。ちょっと結衣ちゃんが上行くの嫌がってるから、下りてきてくんない?」

 

一方的に話して電話を切った先輩は、店の奥の衝立に隠れたソファスペースに誘導してくれた。

 

「先輩それ、着ていて暑くないんですか?」

 

どうしてもジャンパーが気になってしまう。

 

「んーっとねぇ、アークで革ジャン、イコール俺だから。どうしても我慢できなくなったら店の空調下げてもらうから大丈夫だよ」

 

訳が分からないが、どうやら櫻庭先輩は地球環境には優しくないよだ。

 

「何か飲む? 営業時間外だけど作ってもらえるよ?」

「有料のものはいいです。お冷があればお願いできますか?」

「それも水口君からの受け売り?」

「そうですね」

「君たちタッグを組むのやめない? 俺ホントに気が気じゃないんだけど」

 

うなだれる櫻庭先輩が演技なのかは、怪しいところである。

 

「すみません。遅くなりました」

 

衝立の向こうから現れたのは、野田先輩だった。

 

「まさか今日、登校してるなんて思ってもみなかったよ」

 

わたしを見るなり野田先輩は呆れた顔をした。

 

「学校のほうには、今日は結衣ちゃん欠席しますってこっちから連絡してたんだよー。きみ、連絡手段ないだろうから」

 

立ち直った櫻庭先輩が補足してくれる。

これは初耳だ。ということは、わたしは反省文を書く必要がなくなる可能性がある。

 

「ひとまずあっくんも座りなよ。昨日の夜のことから順に話していくから」

 

野田先輩がわたしと対面する形で、櫻庭先輩の隣に座る。

店のスタッフに飲み物を頼んだところで、櫻庭先輩が昨日わたしの帰った後のことを教えてくれた。

 

 

 

わたしとマヤを拉致した男5人はあの後皇龍の人間によって尋問されて、彼らの通う学校へと連絡を入れられた。

隣街にある男たちの通う高校までは、皇龍のOBの人が車で連れて行ってくれたらしい。

そこにはわたしたちの高校の代表として、吉澤先生も駆けつけたという。

すなわち今日の吉澤先生は、わたしに何があったかを把握していたのだ。

5人の通う高校の教頭や関係職員は知らせを受けて、すでに帰宅していた人も学校へと集まった。

さらには男子生徒5人の保護者も。

そこで彼らは皇龍監視のもと、仕出かした罪を自分たちの口から白状させられた。

自動車の窃盗に始まり、無免許運転、他校生の拉致、暴力、強姦未遂――。

言い訳と釈明は同行していた日暮先輩と、話を聞くにつれ鬼になっていった吉澤先生が許さなかったとか。

そして――。

 

「マヤちゃんもね、その場に一緒に来てくれたんだ」

 

櫻庭先輩はそう言った。

 

「結衣ちゃんに全部頼りきってしまったから、これぐらいはするって。全てを見ていたわけだから、あいつらが少しでも事実を隠そうものならちゃんと訂正してくれたよ。ホント、翔くんが側にいるとマヤちゃんは強いね」

 

さっさと帰ってしまったわたしを咎める口調ではない。

それにしても皇龍の行動力には目を見張るものがある。

マヤにもちゃんとお礼を言おう。

男子生徒5人は、退学は免れないだろうとのこと。

皇龍の治めるこの街にも、二度と立ち入ることができないだろうと野田先輩が続けた。

 

「ぬるいと思う?」

 

わたしを試すように、櫻庭先輩が聞いてきた。

 

「いいえ。自分で警察まで被害届を出しに行かなければと考えていたので。そこまでしていただいたのが予想外でした」

 

警察に行くとなると、わたしの親にも昨日のことが伝わってしまいかねない。

心配はしてほしくないので助かった。

 

「えー! 仕返しは倍返しじゃなきゃ! とか、自分の味わったのと同じ恐怖と痛みを受けろー、とかはないの?」

 

不服そうに櫻庭先輩が頬を膨らます。全く可愛くない。

恐怖なら、皇龍に尋問された時点で十分味わっているだろう。

普段粋がっている連中なら、親や教師を前に自分たちのやらかしたことを打ち明けるのが、どれだけ屈辱だったことか。

 

「わたしが何かをしなくても、これからの人生で彼らはこの代償を払い続けるでしょうし。そこまで執着して仕返しをしたいと思うほど、わたしの意識は彼らにありません」

 

だからどれだけなし崩しとなった悲惨な人生を彼らが歩んだとしても、同情はしない。

逆に開き直って幸せを掴んでいても、わたしにはどうでもいいことだ。

 

「ふーん」

 

櫻庭先輩は実につまらなそうだったが、野田先輩はどこかほっとしているみたいだった。

 

「インターネットのSNSで知り合ったらしい」

 

話を切り替えたのは、野田先輩だった。

 

「連中にとっては、最初はこの街の情報を仕入れる手段として使っていたらしいけど。『ミィ』っていう、俺たちと同じ高校に通う女子生徒とネット内で知り合ってから、事態は変わったんだって」

「ミィちゃんは結衣ちゃんとマヤちゃんにいじめられてて、仕返ししてくれたら今度オフでデートしようって連中のひとりが約束してたらしいよー」

「それ、あの5人は信じてたんですか?」

「割と本気で張り切ってたみたい。きみたちが悪女だって思い込んでたから、ためらいも少なかったんだろーね」

 

SNSって、顔も見えない文字だけのコミュニケーションだよね。

馬鹿だ。何を根拠に信じたんだそいつらは。

 

「まぁ、あの5人のことは置いておくとして、問題はそのミィちゃんがどこの誰かってことなんだよねぇ」

 

猫目を線のように細くして、櫻庭先輩が笑う。

 

「結衣ちゃん、実はもう誰か分かってるんじゃないの?」

「――ええ。だから今日は少し揺さぶってみようと登校しました」

 

失敗してしまったけど。

 

「……原田、繭?」

 

野田先輩が一段と低い声で聞いてくる。

 

「やっぱこういうのって、日ごろの接し方が大きく出ちゃうよねー。もし違ってたらかわいそうにねぇ。気に食わないって態度を取り続けただけで容疑者だよ」

 

櫻庭先輩は相変わらず軽い口調だ。

だけど言っていることとは裏腹に、彼の眼はどこか確信を得ているように見える。

 

「っていうか結衣ちゃん、そのために学校行ったの?」

 

野田先輩は驚いた様子だった。

 

「痛めつけたはずの人間が平然と学校に来たってのは、加害者にとっての精神的ダメージも大きいかなと」

「……………」

「もしわたしの考えが外れていて彼女が何もしていないのなら、ただわたしが変人扱いされて終わるだけなので。この方法なら濡れ衣を着せた責任も取らなくて済みますし」

 

少し頑張ってみようとしたのだが、わたしのほうが先に限界になってしまった。

吉澤先生も、事情を知っているならそっとしておいてほしかったよ。

 

「SNSのやり取りは、男のほうから全部データをコピーしてる。詳しくないけど、IPアドレスから個人の通信媒体は特定できるらしいんだけど……。そうなるとやっぱり警察に協力をお願いしないといけないしね」

「皇龍内で得意なやつはいるんだけどねぇ。そいつを犯罪者にするよりもケーサツ行くほうがリスクも少ないしね―」

「そりゃそうですよ」

 

そんなぽんぽんと人の個人情報が盗まれてたまるか。

モラルは大事だ。

 

「ケーサツに行こうにも、なんか吉澤先生が待ったをかけてきてさー。この件に関しては月曜まで動くなって、結衣ちゃんにもきつく言うよう言付かっちゃったよ。テスト勉強に集中しやがれ、だってさ」

 

吉澤先生の威光は皇龍にも通じるらしい。

 

「なんかすごいですね、吉澤先生って。皇龍差し置いて街で一番の権力者なんじゃないですか?」

「知らなかった? あの人、皇龍創設者のひとりだよ」

 

野田先輩、それ初耳です。

 

「今は皇龍の抑止力みたいな感じで街に君臨してるよねー。あの先生が一言皇龍は解散って言ったらもう、俺たちこの店にもいられないしねぇ。もーこっちは見捨てられないように必死だよ」

 

櫻庭先輩、わたしはとんでもない人にけんかを売ってしまったようです。

 

 

 

続く


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