モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下4-3

4-3

 

 

3限目が終わって、4限目が始まる。

泣きはらしたまぶたは重いが、気分は朝とは比べ物にならないくらいはれていた。

 

「……落ち付いた」

「そうか。だったらとっとと手を離せ。腕と肩が痛い」

「すみませんでした」

 

名残惜しかったが。握りしめる凍牙の手をほどく。

凍牙は肩をまわして、二の腕をもう一つの手で揉んでいた。

無理をさせて本当にごめんなさい。

 

「次があるなら、問答無用で武藤に連絡するからな」

「もうないと思うので本気でやめてください。反省するし、無理は二度としないから」

「この世で一番信用ならない発言だ」

「いや、確かにわたしも自分で言っていて思ったけど。ひとりでできる限界は、今までよりかなり近いところにあるってちゃんと分かったから。しんどくなったら、愚痴ぐらいは付き合って下さい」

 

普通に学校へ通っているだけなら、こんなトラブルに遭遇するほうが珍しいだろうし。

わたしのあんな一面を見たマヤと、これから一緒にいられるかなんてわたしには判断がつかない。

マヤがわたしを今までと違う目で見てくるのは少し悲しいけど、もう仕方がないと割り切れている。

 

「あたってしまってごめんなさい。怒ってくれてありがとう」

「……ああ」

 

凍牙の顔はわたしからは見えない。

彼が何を思っているか、わたしの知るところでないのは当然だけど。

わたしの中に常にあった貸し借りとか、見返りとか、そんな言葉はこの場で出てこなかった。

4限目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

忘れて過ぎ去ってしまいたい、昼休みになってしまった。

わざわざわたしは説教を聞きに、今から吉澤先生の元へ向かうのか。

先生を怒らせた原因は100パーセントわたしなので、平謝りは決定だ。

しかしそれだけで、あの先生は許してくれるのだろうか。

 

「いくら鬼のような人でもあの人は教師だ。教師は人間、公務員。昼休みといえど勤務時間。生徒は生徒として接する義務が絶賛発生中」

「何の呪文だ?」

「吉澤先生に謝りに行く自分を勇気づける呪文だよ」

 

立ち上がってスカートの埃を払う。嫌なことはとっとと済ませよう。

 

「放課後、皇龍のたまり場に行くぞ。櫻庭さんが話を聞きたいから連れてこいだと」

「それって凍牙の仕事なの?」

「他に任せるより確実だと思ったんだろ。俺も特に用事はなかったから受けただけだ」

「わたしひとりだと来ないと思われているんだね」

「それ以前に、皇龍のたまり場がどこにあるかも知らないだろ」

 

おっしゃる通り。

 

「案内をよろしくお願いします」

「ああ」

 

購買に行く凍牙と、肩を並べて歩き出す。

斜め下で自然と揺れている凍牙の手を、もう一度握りたいと思ったのは内緒にしておこう。

 

 

凍牙と別れて、ひとり職員室のドアを開ける。

 

「失礼します。吉澤先生はいらっしゃいますか」

 

昼休みの職員室は、昼ご飯を食べる先生で数ある机のほとんどが埋まっていた。

1年を担当する教師の机は奥のほうに割り当てられているが、そこに吉澤先生の姿はなかった。

わたしの声に反応して昼食を中断したのは、1年学年主任の横江先生だ。

日に焼けた坊主頭の、テニス部顧問を務める熱血先生である。

席を立って、入口の方へと近付いて来る。

出入り口は邪魔になるので、廊下の端へと二人で移動した。

 

「高瀬だな」

「そうですが」

「吉澤先生は少し用事で外されていてな。話は月曜日の放課後にすると伝言を預かった。後これを渡しておいてほしいと頼まれた。提出期限は来週の期末テストの数学がある日、だそうだ」

 

横江先生に渡されたのは、束になった数学の問題集。

1枚ずつページが打ってあり、最後のページには50と書かれていた。

容赦ないな。

そして来週が期末テストって、すっかり忘れていたよ。

 

「ありがとうございます」

 

横江先生に何を言っても仕様がないので、素直に頭を下げて職員室を後にした。

にしても、吉澤先生め。

いてほしくないときに出現したくせに、腹をくくって会いに行ったら不在とか。

どれだけわたしと合わない人なんだ。

そしてなぜ、中学時代のわたしを知っている。

あまり話したくないけれど、早めに理由を聞いて納得しておきたい。

情報源にあまりいい予感はしないが、考えたところでどうにもならないので、ひとまずこの件は置いておこう。

やるべきことはほかにもある。

先程危うくあたり散らしそうになってしまった榎本君に謝るため、わたしは教室へと足を進めたのだった。

 

 

続く


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