モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下4-1

4-1

 

 

眠りたいのに、眠れない。

何度も寝返りを打って眠りに付こうとしても、目が冴えて時間ばかりが過ぎて行く。

空が白くなり始めるころようやくまぶたが重くなり、目を覚ますと朝の7時15分だった。

ぬるま湯のお湯でシャワーを浴びて、制服に着替える。

昨日カバンの中に放置したまま忘れていた弁当箱を念入りに洗った。

朝食を食べる気にはなれない。

昼のおかずを作るのも億劫だったので、母がくれたフルーツのミックス缶とフォークを新しく出した弁当袋に入れてカバンに詰めた。

いつもより格段に早い時間だが、マンションを出て学校へ向かう。

8時少し前に着いた学校は、わたしの予想に反してとても賑やかだった。

グラウンドから聞こえるかけ声。

校舎内からは楽器の音。

部活動の朝練習か。

なんとなく話には聞いていたけど、これほど活気があるとは。

知らない世界をちょっと覗いた気分になった。

学校のどこにいてもなにかしらの音は聞こえたが、1年4組の教室に人はいなかった。

3つほど、カバンが置かれた机があるので、登校して部活に行っている生徒はいるようだ。

しばらくはすることもなく自分の席に座っていた。

だけど次第に騒がしくなっていく廊下と、隣のクラスから聞こえる笑い声にどうしようもない疎外感がして、カバンを持って教室を出る。

階段を下りる途中でクラスメイトとすれ違ったけど、気付かないふりをした。

人のいないところ――第二体育館へ行くと、すれ違いで柔道着や袴を着た生徒が出て行くところだった。

なにくわぬ顔でゆっくり歩いて、裏側の非常階段の踊り場にしゃがみ込んだ。

予鈴が聞こえて、5分後に本鈴が鳴っても、わたしはそこを動かなかった。

高校に入学して初のサボりとなる。

反省文の内容を考えているうちにショートホームルームが終わったようだ。

膝に顔をうずめて小さくなっていると、急激な眠気が襲ってきた。

睡眠欲には素直に従い、心地良い風を感じながら眠りに落ちた。

 

 

どれだけ眠っていたのか。

突然体がびくっとなって、一気に覚醒した。

時間は分からないが、静けさからして授業中なのだろう。

立ち上がって階段を下りる。

第二体育館の正面に回って入口の時計を見ると、針は9時15分を示していた。

まだ1限目だったとは驚きだ。

もっと長くぐっすり寝ていたと思ったのに。

金曜日の1限目は国語。乱入するにはちょうどいいか。

国語の先生とのやり取りを考えながら校舎に向かっていると、前から男子生徒が歩いてきた。

男、というだけで警戒してしまうわたしは、まだ昨日のことを引きずっているらしい。

遠くにいてもすぐに分かるほど、見慣れた人のはずなのに。

――友達とまで自分でいえた凍牙にもこんな反応をしてしまうなんて、これはもう末期としか言いようがない。

 

「えらい顔になってんな」

 

はち合わせ開口一番、凍牙に言われて頬がはれていることを思い出した。

痛みはあるが、慣れてしまえば気にならない。

それにしても、嫌なタイミングで出くわしてしまったものだ。

 

「事故にあってね。収拾付けるためにもこれからちょっと重役出勤してくるよ」

 

悪いことなんてしていないのに、罪悪感が押し寄せる。

いつも通りの自分を装って、凍牙の横を通った。

 

「おい」

 

説明に納得していない凍牙が引きとめようと伸ばした手に、昨日の男が重なる。

悪寒が足元から背中へと駆け上り、息が止まった。

気付いたときには、凍牙の手を容赦なく叩き落としていた。

 

「……何があった」

「たいしたことじゃない。誰かに話すようなネタにもならない、くだらない事態に遭遇しただけ」

「顔はらしている時点で大事だろ」

「それは一番どうでもいい」

 

むしゃくしゃする。無関係者が口出しするな。

くだらない闘争心に支配されていく自分がいる。

小さな疑念が攻撃材料としてひっきりなしに湧き出てくる。

 

「――あのさあ、西が荒れてるって前に皇龍の人たちが言ってたけど、そこに前わたしたちの住んでたとこは含まれてるの?」

 

こんなこと言いたいんじゃない。

心配しなくていいって、一言口すればいいだけなんだ。

 

「あの街、日奈守が荒れたとき、春樹たちが皇龍のようなチームを作って、他の不良たちみたいにこの街に攻めてくる。凍牙はそんな予想してるの?

だからあの夜、もしもわたしと凍牙が敵になったら、なんて言ったの?

春樹たちがこの街を落とそうとしたとき、わたしも皇龍の敵になる。そう思ったの?

そうなった場合、凍牙が皇龍に味方したら、確かにわたしたちは敵同士だもんね」

 

凍牙は何も口出ししない。

否定の言葉が出てこないのに、無性に腹が立った。

 

「見くびらないでよ」

 

違う。

 

そんな風に伝えたいわけじゃないのに。

 

 

「馬鹿みたいなくだらない理由であいつらがこの街を荒らしに来るなら、バケツの水ぶっかけてでもわたしが止める。

なにもかもすること全部に賛同してほいほい協力するような、薄っぺらい仲じゃないんだよ。

あいつらがそんなことするなんて、万に一つもないと思う。

でも、あいつらの中で何かが狂ってもしそんなことが起こってら、縁切り覚悟してでも、絶対わたしが止めるから!」

 

言いきって、逃げた。

呼び止められても聞こえないように、必死で校舎へと走る。

追いかけてこない凍牙にほっとしつつも、どこかで落胆している自分がいた。

どれだけわたしは自分勝手なのだ。

昇降口の時計は授業終わりの5分前を示す。

時間的に申し分ない。

息を整えるようにゆっくりと階段を上る。

これからを想定して、冷静であるよう心掛ける。

感情に走った時点で目的を見失い終わってしまう。

3階の教室に着くと、後ろのドアを無視してあえて前のドアに手をかけ大きく開けた。

国語の先生がいると思ったのだが、いきなり出鼻をくじかれてしまう。

目の前の教壇に立っていたのは、吉澤先生だった。

黒板を見る限り、授業は数学のようだ。

金曜日の数学は、2限目のはずだが。

いきなり教室に入ったわたしに、吉澤先生は授業の手を止めた。

クラスメイトも全員わたしに注目している。

 

「……遅刻だ」

「そうですね。遅れてすみません。昨日少々、心の事故にみまわれまして、登校が遅くなりました」

 

こうなったら自棄だ。

もうどうにでもなればいい。

 

「顔がはれているのは肉体的に起こった事故じゃないのか?」

「これはどうでもいいです。

こちらに関しては当事者含め関係者各位ありとあらゆるところまで明るみに出して、しかるべき処分に踏み切ってもらいますので、今はどうでもいいです。

そんなことより今この時間に、なぜこの教室で数学の授業が行われているのかのほうがわたしには気になります」

「国語担当の先生が急な出張で、俺の時間が空いていたから1限貰ったんだよ。なんか文句でもあんのか」

「いいえ、これといってありませんよ。強いて言うなら2限連続で数学はしんどいなぁ、と」

「……文句は大ありみたいだな」

 

いつもはこんなに食いつかないのに。

わたしはなんでこの人に突っかかってしまっているのだろう。

クラスメイトがかっちこっちになっている。

 

「だから文句じゃないですって。だってわたし、1限目受けてないですし」

 

タイミングよく、授業終わりのチャイムが鳴った。

チャイムの音に負けないぐらい盛大に、吉澤先生は舌打ちをした。

 

「10分後、真面目に授業を受けやがれ」

「そうします」

 

吉澤先生は教卓に荷物を置いたまま、手ぶらで教室を出て行く。

ざっと教室を見渡したが、マヤは登校していなかった。

まあ当然といえば当然か。

クラス中の視線を集めながらも、自分の席に行こうとした。

 

「それ、ほんとどうしたの?」

 

途中田所さんに止められて、右ほおを指された。

 

「見知らぬ男に拉致られて、強姦されかけたから抵抗したら殴られた」

「はあっ!?」

 

ざわりと、教室が揺れた。

 

「なんて言ったらどうする?」

「……あんた、たちが悪いわね」

「それはどうも」

 

ため息をついた田所さんを置いて席に着く。

こちらを見てくる目はあっても、直接聞きに来る人はもういないみたいだ。

机に伏せて、2限目が始まるのを待った。

 

 

 

続く


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