モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下3-4

3-4

 

 

空気を支配しろ。

主導権を握れ。

平気な顔を続けろ。

怯えていると思われてはいけない。

相手の有利を崩しにかかれ――。

金髪の男が襟元に手をかけてきた。

引きちぎるように、カッターの前立てを左右に開けられる。

ボタンがはじけて、コンクリートに転がった。

 

「これからヤられるってのに、ずいぶん余裕なツラしてやがんな」

 

男があらわになった腹部に触れた。

気持ち悪い。――顔に出しちゃいけない。

 

「言っとくけど、わたしは泣き寝入りなんかしないから。誘拐、暴力、強姦。あんたがやらかすことは警察からあんたの学校、親も、ありとあらゆるところにぶちまけるよ」

「言ってろ。――おい」

 

控えていた男に、金髪が命じる。

近付いてきた男はズボンのポケットから携帯電話を取り出して、背面をわたしに向けた。

 

「誰かに喋った時点で、てめえの強姦写真はネットに流す。てめえはここで泣き寝入りするしかねえんだよ!」

「ははっ」

 

腹筋に力が入ってしまい、殴られた箇所が痛い。

皮肉だ。声を上げて笑ったのなんて、いつ以来だろう。

 

「……何がおかしい」

 

ブラジャーと胸の間に入り込んだ男の手が止まる。

眉間にしわを寄せて、怪訝な顔で見てきた。

それでいい。わたしを異常に思え。普通じゃないと、自覚しろ。

 

「誘拐、暴力、強姦に脅迫が追加。さっきも言った。わたしは泣き寝入りなんてしない。

あんたがわたしの強姦写真を誰に見せようと、好きにすればいい。その時点で、お前は女の卑猥な姿を写真に撮って人に見せるのが趣味な変態だって、世間に認識される。

あいにくわたしは自分のプライドよりも、あんたを社会的に蹴落とすほうを優先するよ?」

 

笑え。嘲笑って見下し続けろ。

両手を拘束する男の手が微かに震えている。

携帯電話をわたしに向ける男は、明らかに顔を青くしていた。

――ちっ。

大きな舌打ちがした。

金髪の男がブラジャーの下にくぐらせた手で、胸をつかむ。

 

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……――笑え!!

 

口の端を釣り上げて、目を細くする。

 

「――っ、そんな目で見てくんじゃねえ!!」

 

男の平手が左の頬を打った。

脳が揺さぶられてがんがんする。

口内が切れて、血の味が広がった。

――大丈夫。意識はある。頭は動く。

まだ、笑っていられる。

 

 

にやり、と。

熱を持った頬を無視して嘲笑う。

息をつめた男は明らかに動揺している。

歯を噛みしめる男はそれ以上わたしの顔を見ようとしなかった。

胸を触れていた手が下に移動し、スカートをまくり上げる。

 

「おいこいつ、頭おかしいって」

 

頭上にいる男が、震える声で金髪に言った。

聞こえているはずの金髪は反応を返さず、臀部に触れてきた。

吐き気がする……耐えろ!

拘束している男の震えが、わたしの手にも伝わってくる。

天井を仰ぐように正面を向けば、頭上の男――わたしの手を拘束するそいつと目があった。

 

「――見ていただけ。自分はなにもしていない。なんて言い訳が通じると思うな」

 

笑うのをやめて、鋭くその目を睨んで宣告する。

 

「お前も同罪だ」

「――ひぃっ」

 

拘束するためしゃがんでいた男は尻もちをついて後ずさった。

手は放された。

手の平を床につけて体を支え、狙いを定めて右足を思い切り振り上げる。

馬乗りになっていた金髪の股間に、膝が容赦なく命中した。

股間に手を当てて呻く男の下からはい出て、床を見渡す。

さっき男が散りばめたペンケースの中身から、最も鋭利なもの――シャーペンをつかみ取る。

唖然として周りが固まる中、もだえる男に今度はわたしが馬乗りになった。

何も持たない左手の親指で、男の喉仏の下部を強く圧迫するように押した。

残りの指は首をつかむように回し、爪を立てる。

そして右手のシャーペンは握りしめるように持ち直し、男の左目に突き付けた。

痛みが引いて自分の置かれた立場を理解したのだろう。

首にある左手を男の手が掴んではきたが、力が入っていない。

 

「あんたの命なんてくだらないもの背負って生きるなんてことしたくないけどね。片目ぐらいなら笑って持っていけるよ」

 

シャーペンの先と眼球まで1センチもない。

男が少しでも動けば迷わず潰せる位置だ。

 

「まぶたには骨がないからねぇ。残念だけど、いくら目を閉じようと眼球は守れないよ?」

 

正真正銘、見下して笑えば、男の額から冷や汗が流れた。

視界の隅で、携帯電話を構えて立ち尽くしていた男がマヤに近付くのが見えた。

 

「動くな」

 

低く唸るような声は、建物に反響する。

 

「自分の行動の結果、こいつの片目から光が消える。――分かっていてその子に何かしようとしてるんだろうね?」

「……っ、やめろ。頼む、から!」

 

わたしの下にいる男の懇願に肩をずっと掴んでいた男も、マヤから離れた。

吐き気がひどく、胃が重い。

もう少しだけ、頑張ろう。

あと少しだから。

今弱みを見せたら全部が台無しになる。

 

「た、頼むから……止してくれ」

 

がくがくと、男の顎が震えている。

必死の懇願は、冷やかにあざけり笑った。

 

「さっきあんたがわたしの上にいたときに、わたしが『やめて』って言ったら、お前は行為を中断したか?」

「っ、頼むっ、俺が悪かった!」

「悪かったから、なに?」

 

とぼけるように首をかしげると、男は絶望の色を目に宿した。

しんとした建物に、踏切の音が遠くから聞こえた。

電車の音に混ざって、低く唸るような轟音が耳に届く。

遠ざかる電車に反比例して、重低音はどんどん大きくなる。

――やっと、か?

開きっぱなしのシャッターから、いくつものバイクのライトが差しこんだ。

 

「――あ、ああ」

 

希望の光を見たように、わたしの下にいる男は笑う。

 

「助けて、助けてくれ!!」

 

左目に突き付けられた切っ先などお構いなしに叫ぶ男に、ため息がこぼれた。

バイク集団の先頭にいた男がヘルメットを取って建物内に入ってくる。

見知った顔に、次にわたしがはいた息は安堵からくるものだった。

 

「時間切れ。あんたらの失敗で終わり」

 

左目からシャーペンを離して男から立ち退く。

5歩ほど離れると、我に返った男が立ち上がって向かって来た。

 

「こんの、アマァ!」

 

男の振り上げたこぶしはわたしに届く前に、瞬時に割って入った第三者の手中に吸収された。

その人は男のこぶしを握ったまま、長い脚を上げて男の鳩尾を膝で蹴り上げる。

蛙の潰れるような声がして、男は床に崩れ落ちた。

これは痛い。

 

「ずいぶん状況理解に苦しむものを見た気がしたが……」

 

気絶した男には目もくれず、バイクで駆けつけたその人――日暮先輩はわたしに言った。

 

 

 

続く


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