モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下3-3

3-3

 

 

首筋に電気が走るようにピリピリして、神経が過剰なまでに敏感になっている。

それなのに胃の下あたりにどんよりと重いかたまりを感じてしまい、周りに気を配れない。

ただそこにあるというだけで、嫌でもカバンの中を意識してしまう。

携帯電話は予想以上に強敵だった。

明らかに口数が少なくなったわたしに、マヤは何も言わなかった。

もともとよく喋るほうではないけど、今のわたしはマヤとも最低限の会話しかしない。

授業の10分休憩は机に伏せている状態が多くなり、マヤがよく髪を撫でてくれた。

わたしが変わったというだけで、周囲におかしなところはなく。

相変わらず、学校とバイトにいそしむ毎日が続いている。

唯一起こった事件といえば、水曜日の深夜に野田先輩が血相を変えてうちのマンションに来たことぐらいか。

どこで住所を調べたかなんて聞く間もなく、彼はわたしの無事を確認してきた。

こちらからしてみればここにいる野田先輩のほうが不思議だった。

野田先輩いわく、携帯電話の電源が切れた知らせがあったので念のため様子を見に来たとのこと。

携帯電話は常にスクールバッグの中に放置していた。

一度部屋に取りに行ってエントランスで待つ野田先輩に確認してもらったのだが。

原因はなんてこともない。ただ電池が切れただけだった。

すぐに下っ端の人が充電器を持って来てくれたのだが、これだけのため手間をかけてしまった野田先輩と下っ端の人にわたしのほうが申し訳なくなった。

こんなことなら、やはり携帯電話なんて持つべきじゃない。

土曜日はバイトが休みなので家にこもるとして、金曜日の放課後にはマヤを通じて皇龍に返却しようとその時決めた。

 

 

そして今日、木曜日の放課後。

バイトの時間が迫っているため、マヤに挨拶だけして早々に下校しようとした。

 

「西のほうの人たちが街に入り込んで、繁華街の西側の一部が荒れているらしいの。結衣も向こうに行くなら気をつけてね」

 

別れ際に、マヤは恋人を通して知った情報を教えてくれた。

 

「ありがとう。注意するよ」

 

わたしが行くのは駅近くだし、そうそう巻き込まれることもないはずだ。

そこまで気にも留めず、教室を出て階段を下りる。

 

「た、高瀬さん!」

 

1階の廊下を歩いているときに呼ばれて振り返ると、同じクラスの森本さんがいた。

走って追いかけてきたのか、息が少し乱れている。

 

「何?」

 

警戒してしまうのは仕方がない。

森本さんは原田さんのグループにいる人だ。

 

「あのね、ちょっと前になるんだけど、高瀬さんの下駄箱に手紙とか入ってなかった?」

 

後ろめたいのか、森本さんは下を見たまま目を合わせようとしなかった。

手紙、と言われて思い当たるのはひとつだ。

 

「あった、かもね。差出人も誰宛てかも書かれてなかったから、そのままゴミ箱に捨てたけど」

「えっ」

 

目を丸くした森本さんが顔を上げる。

 

「あれ、森本さんが入れたの?」

「えっ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「大事な用事だったならごめん。なんなら今ここで聞くよ」

「それならいいの。読んでないならなんでもないの」

「そう」

 

話が終わったのならもう行こう。

 

「あの、……高瀬さん!!」

「まだ何か?」

 

背を向けた途端呼ばれたけど、森本さんは口を開くだけで声を出そうとしない。

 

「用がないならもう行くよ?」

「……ええ。ごめんなさい、呼び止めて……」

「ううん。じゃあ」

 

再び歩き出す。

昇降口について靴を履き替えるときに廊下を見ると、森本さんはまだそこに立っていた。

 

 

 

バイト先に向かう途中、繁華街は普段より人が少なかった。

教室でマヤの言っていた言葉を思い出す。

すれ違う人や歩道でたむろしているひとの雰囲気も、なんだか物々しい。

 

「……おい、あいつ」

「ああ」

 

時々繁華街にいる集団がわたしに反応するのも、もう慣れた。

いつもと同じ道を似たような時間に通っているので、最近ではめったにないのだが。

信号待ちで止まっていると、フルスモークの白いワゴンが赤信号を無視して後ろから通り過ぎていく。

車は50メートルほど進んだ後、歩道に寄せて停車した。

青信号に変わり、進み出した人の波にまぎれてわたしも足を進める。

いつもと比較すれば人は少ないのだろうが、学校帰りや仕事終わりの人々でそれなりに街は賑やかだ。

信号無視した白いワゴンの横を通り過ぎようとしたときだった。

ワゴンのドアが開いたと思ったら、出てきた男に手を引かれる。

驚いて振り払おうとしたが、助手席から降りてきたもう一人の男に口を塞がれ腰に腕を巻かれた。

拘束した男に引きずられるように、白いワゴンへと詰め込まれる。

最初に手を引いた男が乗り込むと、車は急に走り出した。

猛スピードで繁華街を抜けていくワゴンの中。

サイドにある出口は両隣りに座る男たちによって阻まれている。

左右を占拠する男も、車を運転している男も、カッターシャツに同じ色のズボンを着用している。

どう見ても学生だ。

ということは……。

 

「……無免許?」

「ああ? んなことどーでもいいだろうが」

 

ハンドルを握る男が振り返って馬鹿にしたように笑った。

いいわけあるか。

頼むから、前を見て運転してほしい。

 

「何が目的なの?」

 

冷静を装って問いかけると、右隣にいた男がにやにやしながら親指で後ろを示した。

 

「――、マヤ!?」

 

わたしと同じで、両サイドを男に固められた後ろの座席の真ん中には、マヤが座らされていた。

 

「……どこでかどわかされた?」

 

さすがに余裕がなくなる。

考えろ。この組み合わせが意味するのはなんだ?

 

「学校の、校門前で」

 

怯えながらも、マヤはちゃんと答えてくれた。

 

「恋人さんは?」

「騒ぎの沈静に行ってて、迎えを、待ってたら……」

 

使えない。

わたしに電話を持たせて気を配る前に、この子の安全を確実にすべきだろうが。

 

「なにー、きみって彼氏いるのー?」

「かわいそうにねー、もう顔向けできないかもよ?」

 

ギャハハハと、不快な笑い声が車内に上がる。

 

「……目的はなに?」

 

さっきの質問の、明確な答えをまだ聞いてない。

 

「さあなぁ。付いたら分かるさ」

 

右隣の男はにやにや笑うだけだった。

繁華街を過ぎ去って、車はなおも疾走する。

片道3車線ある大きな道路をしばらく進んで、脇道にそれた。

一方通行の標識を無視して入り組んだ住宅地を抜けた先、踏切を越える。

やがて車は、トタン屋根のさびれた建物の前で止まった。

 

「降りろ」

 

背中を強く推されて、車から出た。

建物は入口である中央の大きなシャッターが開いた状態だった。

鉄板でできた外壁は大部分が錆び付いていて、長い間使用されていないようだ。

地面のコンクリートも、所々にひびが入っている。

シャッターの中はしんとしていて、人の気配がない。

――敵は車にいた5人とみていいか。

マヤと並んで、建物の中に踏み入れた。

窓から西日が差しこみ、中は思いのほか明るかった。

作業所の跡地か、天井の高い建物の窓が付いた壁には、腰ぐらいの高さまで鉄の棒が積み上げられて放置されている。

それ以外には何もない、閑散とした広い空間だ。

窓のある壁の反対側にはドアが3つ並んでいた。

「事務所」「応接室」――ドアの上にかけられた古びたプレートはそのままになっている。

そして一番奥にあるプレート「W.C」を見るのと同時に、マヤの手を引いてわたしは走り出した。

いきなりのことに男たちは出遅れる。

そのすきにマヤを「W.C」のドアへと押し入れて、わたしも中へと滑り込む。

W.C――トイレの内鍵を閉めて、背中でドアを抑えた。

 

「ふざけんじゃねえぞ、てめえ!」

「さっさと出てこいや!!」

 

男たちの怒声が聞こえる。

鍵はすぐに壊されるだろう。

ドアに全体重をかけながら、持っていたカバンをあさる。

借り物の携帯電話を取り出して、ファスナーを閉じた。

 

「これ、見えるように持っておいて」

 

小声で鋭く言うと、マヤは携帯電を受け取った。

男たちがドアを蹴っていて、背中が痛い。

 

「何もしなくていい」

 

お守りのように携帯電話を握りしめるマヤに、早口で告げる。

 

「時間稼ぐから、何があっても絶対喋らないで」

 

どん、という鈍い音がして、大きな衝撃が背中にきた。

蹴るのを諦めて、体当たりを始めたようだ。

長くはもたない。

わたしの言葉はマヤに聞こえているはずだ。

この子は恐怖が勝って頷くことすらできずにいる。

 

「返事!!」

「はいっ!」

 

目を合わせて強めに言うと、マヤは肩をビクつかせながらも了承した。

――これでいい。

ドアから距離を取る。

すぐにアルミ製のドアは勢いよく開け放たれた。

 

「舐めたまねしやがって」

 

トイレに入ってきた男に、襟首を掴まれる形で外へと引き出される。

建物の中央に立たされ、4人の男がわたしたちを囲む。

ひとりは逃走防止のためか、入口付近で待機していた。

車内でわたしの右隣に座っていた、体格のいい金髪の男。

他の4人に命令しているところを見ると、こいつがリーダーなのだろう。

マヤを背中にそいつの前に立っていたが、男はわたしを押しのけてマヤへと歩み寄った。

 

「残念だったなぁ。恋人に助けを求める余裕もないだろ」

 

男はマヤから携帯電話を奪い取る。

数回見せびらかすように開閉を繰り返し、そして開いた状態のまま両手で握り、逆方向へと折り曲げた。

ごめん、野田先輩。

わたしがしなくてもあの携帯電話は逆パカで終わったよ。

 

「ほれ」

 

壊した携帯電話を床に投げ、男はわたしに手の平を向けてきた。

 

「なに?」

「携帯だよ。てめえのもよこしやがれ」

「……持ってない」

「ああ? んなわけねえだろ」

「なんて言われてもないものはない。高校生が誰しも携帯電話を持てるなんて思ってんじゃないよ」

「――ちっ」

 

舌打ちした男はわたしのカバンと、一緒に持っていた体操服入れのトートバックを取り上げた。

外ポケットに手を突っ込んで、ファスナーを全開にする。

宿題のために持ち帰った教科書にノート、弁当袋までもがカバンから出されて床にほられる。

果てにはペンケースの中身まで、ひっくり返されて地面に落とされた。

そんなところにあるわけないだろ。

体操服と私服の入ったトートバックも荒らされた。

触られるのが嫌だったので、スカートのポケットは自分で袋布をひっくり返して男に証明してみせた。

 

「だからないって言ったろ」

「ちっ、聞いた通り生意気で偉そうな女だ」

「――誰に聞いたの、それ」

「はっ、てめえには関係ない話だ」

「拉致られた本人が関係ないって、あんた馬鹿――っ!」

 

言い終わる前に、男が拳を鳩尾に入れてきた。

鈍痛が腹部を襲う。

たまらずコンクリートの床にうずくまった。

 

「あんまり調子乗ってんじゃねえぞ」

 

頭上から男の声が聞こえた。

大丈夫、意識はまだある。

ちゃんと頭も動いている。

男がわたしの肩を蹴りあげた。

倒れ込んだところを仰向けにされ、腹の上に乗り上げてくる。

 

「おい、こいつの手押さえてろ」

 

金髪の男の命令に、別の男がわたしの手を頭の上でひとまとめにしてコンクリートに押し付けた。

馬乗りになった男の奥に、マヤが見えた。

近くの男に肩を掴まれ立ち尽くし、目に涙を溜めている。

わたしとの約束を守るためだろう。

顔を震わせながらも両手で自分の口を抑え込んでいた。

これなら大丈夫だ。場を壊される心配はない。

わたしは目の前の男にだけ集中すればいい。

 

 

 

続く


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