モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下3-2

3-2

 

 

不本意にも携帯電話を手にしてしまった次の日の朝、いつもより5分早く登校した。

本鈴ではなく予鈴が鳴る時間にわたしが教室に入るって、どんな奇跡だよ。

全てはカバンの中に入っている、黒い機械のせいだ。

 

「おはよう、マヤ」

 

すでに席についていたマヤに、携帯電話を差し出した。

 

「おはよう。どうしたの?」

 

携帯電話とわたしを見比べながら、マヤが首をかしげる。

 

「お願いします。本鈴が鳴るまでにこれを音のしない設定に変更してください」

 

こんな恐ろしいものを持って、吉澤先生のショートホームルームなんて出られない。

せめて昨日、説明書も一緒に渡してほしかった。

自分でいじくって調べればいいのだろうけど、変なボタンを押して知らない人と繋がるなんて死んでもごめんだ。

携帯電話を持ったマヤは画面を開いて一言。

 

「もう、サイレントのマナーモードになっているから大丈夫よ」

 

…………そういうことは渡されたときに言ってほしかったよ。

 

 

「機嫌が悪いな」

 

昼に第二体育館の非常階段で弁当を食べていたら、後から来た凍牙にそう言われた。

誰のせいだ。

 

「よくも人の行動範囲を教えてくれたな」

「……誰にだ?」

「皇龍にだ。おかげでとんでもない物を押し付けられた」

「――ああ」

 

思い出しはしたようだが、凍牙は気にせず階段に腰掛けた。

 

「俺が言わなくても皇龍なら普通に調べ上げているだろ。むしろ家には押し掛けない方がいいと助言した俺に感謝しろ」

 

つまりはあそこの待ち伏せに失敗してたらあの人たち、マンションまで来てたってことか。

 

「そういう個人情報って、学校が漏らしてるの?」

「さあな。俺もそこまでは詳しくない」

 

否定しないところからして、あり得ない話じゃないということか。

何が「先生お勧めの学校」だ。

少しだけ中学2年の担任を殴りたくなった。

 

「お前、携帯の何が嫌なんだ?」

「存在自体」

 

人が使っているのにはなんとも思わないけど、わたしが持つとなると話は別だ。

 

「電話もメールも、相手の顔が見えないコミュニケーションなんて怖くて信用できない。ただでさえ面と向かい合って人と話しても、伝わらないことだってたくさんあるのに」

 

電話の向こうにいる相手が、本当に本人なのかという証明はどうやってすればいい。

声音を真似た別人かもしれない。

電話番号という数字だけで、その人と断定して話していいものか。

声だけで、話し相手の気持ちはどれだけ読み取れる?

メールにしても同じこと。

筆跡もなく、決められた字体、設定したアドレスだけで送られて来る文章。

目の前に当人がいないのに、その文面だけで送り主の思いはどれだけ知り得るというのだ。

送信したほうは「伝えた」つもりになっても、受信側に100パーセント思いを届けるなんて出来るものなのか。

疑わずにはいられないのなら、機械の向こうにいる人を信じられないなら――持たない方がいい。

自分でそう決めた。

 

「もうひとつ言えば、携帯電話って持っているというだけで世界中、善人から犯罪者から老若男女際限なく繋がってしまっているんだよね」

 

持っている者同士、番号で、電波で。

無差別に、平等に――。

 

「考えただけでぞっとする」

 

恐怖の元凶がカバンの中にあるというだけで気持が悪い。

早く一週間がたってほしいものだ。

 

「んなこと考えているのはお前ぐらいだろ。全世界、これを利用する人間はそこら辺を意識することなく割り切ってるだろ」

「社会人になるとさすがに仕事とかで必要かもしれないけど、わたしの場合学生のうちはいらないよ」

 

これがわたしの割り切り方だ。

携帯電話に対する論争なんて、価値観が違う時点で平行線になるのは明らかだ。

それに関しては凍牙も同意見らしく、早々に切り上げて弁当を完食した。

……今日の塩鮭は辛すぎた。

 

「そういや少し前になるが、女が来たぞ」

「わたしと関係ある人?」

「お前が第二理科室に誘導したやつと、そのツレ」

「ああ、原田さんたちね。一緒にいるところ見られたからねえ」

 

わたしの話題で手間を取らせたなら申し訳ない。

 

「ずいぶんと格下に見られているようだったな。あれだけお前にいろいろ言われてよく牙を向けられるな、あの女」

「さっきも言ったよ。向かい合って話しても伝わらないことはある」

 

一生分かり合えないことだって、めずらしくもなんともないのだろう。

 

「話を聞いていて不快だった」

「そこは巻き込んでごめんなさい」

「謝んな。証人になったのは俺の意思だ」

「……うん。決めつけてしまった位置関係を認めて修正するのは、勇気がいることだからね」

「何の話だ?」

「原田さんの話」

 

彼女がわたしを下に見ている限り、わたしとの間に摩擦が生じ続ける。

わたしにとっての原田さんは、同じラインに存在する人。

かといって彼女の感覚に口出しする権利がわたしにないのは当然のこと。

わたしが彼女を上に見て合わせない限り、原田さんとは分かり合えないだろう。

原田さんに、わたしと同じ目線で見てもらう努力をしてまで、分かり合いたい人でもないのだから――。

 

「害がないなら、今のままでもういいよ」

 

向こうが突っかかって来ないのならば。

 

彼女が何もしない限り、わたしが何かを仕掛けることはないだろう。

 

 

 

続く


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