モノトーンの黒猫

モノトーンの黒猫 皇龍編下3-1

3-1

 

 

6月の下旬になると、本格的に夏の気候となってきた。

梅雨は明けなくても、日差しは日増しに強くなっていく。

からっと晴れた昼の空には入道雲がたちのぼり、校庭にある池では水連が花を咲かせた。

チェーンメールの一件、バイトのほうは店長の耳に入る前に皇龍が情報を訂正してくれたため、クビにならずに済んだ。

だけど以前に比べて、バイト先のわたしへの心象は格段に下がってしまった。

火のないところに煙は立たない。

もしも次、わたしに対するおかしなうわさが街で流れでもしたら、その時は迷うことなく解雇だと店長の態度が語っている。

まさに首の皮一枚で繋がっている状態だ。

それでもこの先、わたし自身が皇龍と関わらなければ、少しずつでも信用は取り戻せるのでは……、と小さいながらも希望を持っていたのに。

 

 

「やあ、こんばんは」

 

 

……なんであなたが出てくるんですか、野田先輩。

 

 

 

 

日曜日の夜10時過ぎ、バイトの帰りで高校の前を通ったときだった。

日中は開いている校門の前に、人影が3つあった。

近付くにつれ輪郭がはっきりしていくが、どれもどうやら若い男のようだ。

わたしとの間隔が狭くなっていくと、街灯によって彼らの顔が鮮明に見えてくる。

――男たちのうち2人の顔を確認した瞬間、回れ右をしてこの場を通らなかったことにしようか本気で迷った。

もう関わらないと思い込んでいた皇龍の人が、なんでこんなところにいるのだ。

繁華街ではないとはいえ、こんなところ人に見られたらもうわたしは街で暮らしていけないよ。

 

「やあ、こんばんは」

 

わたしが心の中で頭を抱えていることなんてお構いなしに、3人の中のひとり、野田先輩は前に出て手を振ってきた。

出くわしてしまった時点で不運を嘆いたのに、声をかけてくるとは何事か。

 

「こんばんは」

 

努めて平静を装って、彼らの前を通り過ぎようとした。

 

「あ、ごめん。用事があるの、結衣ちゃんなんだ」

 

どうやら皇龍は組織ぐるみでわたしの平穏を消し去りたいらしい。

 

「あー、うん。この時間ってほとんどここは人通らないし、多分大丈夫だと思うよ」

 

わたしは相当嫌そうな顔をしていたようだ。

頭をかきながら弁明してくるけど、大丈夫なんて保証どこにもない。

文句を言うべきか。

それともわたしに用事があっても、人目を忍んで気を使ってもらえたと大目に見るべきか。

 

「なぜわたしがここを通ることを知っていたんですか?」

「水口に聞いた。ちなみに時間は結衣ちゃんが働いてるバーガーショップの店員に、ちょっとシフトを見せてもらった」

 

――嫌な人脈を持ってやがるな。

そして凍牙、人の個人情報をなに勝手に漏らしてやがる。今度覚えていろ。

 

「それで、こんな時間に皇龍の幹部の方がふ……3人も、わたしに対して何の御用でしょうか?」

「今最大限に空気読んで言い直したけど、幹部が2人って言おうとしたよね?」

 

セーフかと思ったが、知らない男の人に指摘された。

野田先輩やもうひとり――大原先輩に比べたらものすごく小さく見えるその人。

数え切れない耳のピアスがやたらと目立っているが、見たこともない人なのでどうしようもない。

 

「うわー、話には聞いてたけど軽くショックだなー。どうせ幹部じゃないって思われたのって俺でしょ?」

 

猫目を細めてにんまりと笑いながらその人は言った。とてもショックを受けているとは思えない。

 

「気にしたら負けだ。俺だって知られてなかったんだ」

「知ってますよ。大原武先輩でしょう」

「この間教室に行ったときは、誰とも分からず俺と喋ってたろ、お前。教室から出てすぐ俺の名前を叫ぶ男の声が聞こえてきたぞ」

 

 

……榎本君のあほう。

 

「俺はね―、櫻庭一輝ってんだー。ここの高校の3年で、皇龍では一応幹部でーす!

そんでもって、君みたいに皇龍じゃない危険分子や他のチームとの繋がり役の責任者をしてまーす!」

 

――ひとまずこの人が櫻庭先輩というのは分かった。

わたしを危険分子と称して、こちらがどう反応するかを見たいのだと予測も付く。

だけど、その前に、だ。

 

「もう少し小さな声で喋ってください。これでそこらへんの家の人が出てきてこの場を目撃でもされたら、さすがに恨みますよ」

「おっと、ごめんごめん」

 

ちっとも反省した様子はないが、声のボリュームは下げてくれた。

 

「でも本当に、俺のこと知らなかったんだぁ。外見こんなに目立たせてるのに。

ひょっとしなくても、まだまだ皇龍の有名どころほとんど知らなかったり?」

「かもしれませんね」

「えー、この街に住んでるのにそれってどうなの? 今度君のために皇龍講座を開いてあげようか」

「そういうものは希望者のみの自由参加でお願いします」

「……来る気ないでしょ」

「1ミリも」

「うわぁ俺、スリーアウトチェンジ。あっくん後はよろしく―」

 

そう言って櫻庭先輩は野田先輩の後ろに隠れてしまった。

この人は何がしたかったんだ?

 

「なんかもう、いろいろごめん。本来なら結衣ちゃんに会うなんて、互いに危険なことしたくなかったんだけど。

ちょっと、状況が状況になってしまってね。これも水口に頼みたかったけど、断られてしまったし」

 

言いにくそうに、野田先輩は街の現状を話し出した。

 

「今ね、西の街の治安がものすごく不安定なんだ。

なんというか、西のほうにある高校で徒党を組んでチームを作るのがブームになってて。しかもその数が半端なくて、学校に1コとかじゃ止まらずもう1クラス1チームぐらいで続発して力を競っていてね。

しかもそいつら、皇龍のまとめるこっちの街にまで手を出してくるから始末に負えない」

 

吉澤先生がいつかのホームルームで言っていたのはこれかと、他人事のように思った。

……他人事、でいいんだよね。

 

「一度大勢で攻め込んできた時にこてんぱんにしたから懲りたと思ったんだけど、また最近になってちょくちょくこっちに手を出すようになってさ」

「そちらの事情は分かりましたが、それとわたしの関係が分かりません」

「――くだんのメールが、西の連中にも出回ってしまってんだ。メールの写真の女は誰かって、うちの学校の生徒を西のやつが脅して聞いていたという情報もある」

 

大原先輩が面倒そうに説明してくれた。

 

……勘弁してください。

 

 

「大方のことは理解してくれたと思うけど。それでね、もしものときのためにこれを渡しておきたいんだ」

 

野田先輩が差し出したのは、2つ折り式の黒い携帯電話だった。

 

「…………いりません」

 

いやもう、確実に。全力で拒否する。

わたしにこれを持てって、軽く拷問だよ。

 

「本当は俺たちの連絡先を教えようとしたんだけど、マヤちゃんから携帯持ってないって聞いたし」

 

……持っていないのにもそれなりの理由があるのですがそれは。

 

「チームで使ってるのだから遠慮はいらないよ。なんならマヤちゃんと好きに連絡取り合ってくれても大丈夫だから」

「や、遠慮とかじゃなくて、ほんとにいりません」

「別に俺たちと連絡し合おうって言ってんじゃねえんだ。何かあったときにそれがあったらお前の場所が分かって便利だろ」

 

プライバシーもへったくれもないな。

それって何もない時でもわたしの居場所がそちらさんに筒抜けだってことだろ。

 

「何かがあると決まったかけじゃないでしょう。仮に襲われたとしてもあなたたちの責任になんてしませんから」

「結衣ちゃんが責めなくても、この街で起こったことに俺たちが動けなかったら、チームの威信に関わってしまうんだよ」

「皇龍のブランドネームに傷がついてチームの箔が落ちたら、この街も荒れんぞ。そうなったらてめぇ、それこそ責任取れんのか」

 

野田先輩と大原先輩に揃ってまくし立てられる。

そうは言われても、わたし自身納得がいかない。

長身の先輩2人と睨みあっていると、野田先輩の後ろからシンプルな電話の音がした。

 

「総長からのメールでーす」

 

スマートフォンを持ってひょっこりと櫻庭先輩が前に出る。

 

「えーっとねぇ、さっき結衣ちゃんが携帯はいらないらしいって送ったところ……、携帯を取るか、ここにいる3人のうち誰かが護衛兼監視に付くか、好きな方を選ばせろ。ってさ」

「……総長さんとやらに話があります」

「ここには来れないらしいよー。あ、その携帯、総長の連絡先も入ってるよ」

 

遠まわしにさっさと受け取れと言われてるのは気のせいか。

 

「ちなみに俺は君みたいな聞かん坊たちをなだめるので忙しいから、護衛はパスね。武かあっくんに任せた」

「俺だって下の連中躾けるので忙しいっつの。受け持つとしたら明良、お前だろ」

「あいにく俺は翔吾の目付け役でいっぱいいっぱいです」

 

 

わたしだって全員願い下げだ。

 

 

「期間は、いつまでですか」

 

ここはもうわたしが譲歩しないと終わりそうにない。

譲った分だけわがままは通すが。

 

「まさか一生これを持てなんて言いませんよね。明確な期間を今ここで設定していただかないと、それ、敵とかあなたのファンにでも気の向くままに売り飛ばしますから。もうひとつ言うとわたしは一週間が限界です」

「……短いね」

「今日受け取って明日返すと言わない分だけまだましかと思いますよ、一輝さん」

 

意外にも野田先輩がフォローしてくれた。

一週間。来週の日曜日までには西の街の不良連中をなんとかする。

いさかいが解決しなくても、あのチェーンメールがただの勘違いメールだという情報を西の街にも浸透させる。

電話もメールも出ないし、かけない。あくまでもただ持っているだけ。

約束をもぎ取って、わたしはしぶしぶ野田先輩から携帯電話を受け取った。

 

「くれぐれも肌身離さず携帯しておくようにね」

「………………………」

「あ、電源は切ったらだめだよ。通信が切れたら皇龍の溜まり場に知らせが入るから、圏外なところに行く場合は連絡入れてね」

「………………………」

「……携帯自体は悪くないんだから、そんな親の仇みたいに睨まないでよ」

 

いや、こいつの存在自体が全ての元凶だろう。

 

「携帯電話を正規と逆向きに曲げることを、逆パカと言うそうですね」

「よく知ってるね。やっちゃだめだよ、絶対に」

 

釘を刺されたけど、一週間たってもしこの人たちが返却の受け取りを拒否したら、こいつは逆パカだ。

絶対する。

 
 
 
 
続く

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